
「健全な精神は健全な肉体に宿る」なんて言葉があるように、健康と精神・感情にはいくらかの関連があるのかもしれません。
ブラジルのゴイアス州連邦大学(UFG)の研究チームは、体力の高さとストレスへの耐性の関係を調べました。
その結果、心肺持久力が高い人ほど、不快な刺激にさらされたときの不安や怒りの増加が小さい可能性が示されています。
本研究は2026年2月6日付の『Acta Psychologica』に掲載されました。
目次
- 体力は感情の「揺れ幅」に関わっている
- 高い心肺持久力は「感情の増幅」を抑える可能性
体力は感情の「揺れ幅」に関わっている
怒りや不安は誰にでも生じる自然な感情です。
しかしそれが慢性的に高い状態になると、心血管疾患や睡眠障害、生活の質の低下と関連することが知られています。
不安障害では怒り発作が併発することもあり、感情の調整は個人の問題を超えて公衆衛生上の重要な課題になっています。
これまでの研究では、運動が不安症状を軽減することや、身体活動がストレス耐性を高めることが報告されてきました。
ただし多くは「運動をしたかどうか」を扱う研究であり、実際の体力レベルそのものがストレス下の感情反応にどう関わるかは十分に検証されていませんでした。
そこで研究チームが注目したのが「心肺持久力(全身持久力)」です。
これは心臓や肺がどれだけ効率よく酸素を取り込み、全身に送り届けられるかを示す体力指標で、最大酸素摂取量(VO₂max)によって評価されます。
いわば、息が上がるような運動をどれだけ続けられるかを表す能力です。
実験には18〜40歳の健康な男女40人が参加しました。
研究者はVO₂maxを推定式で算出し、参加者を「平均以上の心肺持久力を持つ群」と「平均未満の群」に分類しました。
そのうえで2回の実験セッションを行います。
ある日は日用品などの中性画像を、別の日は事故や暴力場面などの不快画像を30分間提示しました。
画像を見る前後で、状態不安と状態怒りを測定し、さらに日常的な不安傾向や怒り傾向も評価しています。
この実験の結果、まず確認されたのは、不快画像は確実に感情を高めるということでした。
参加者全体で見ると、不快画像の後には不安も怒りも有意に増加しました。
一方、中性画像ではほとんど変化は見られませんでした。
そして重要なのは、心肺持久力による違いです。
心肺持久力が低い群では、不快画像後の不安と怒りの増加が、高い群よりも大きかったのです。
特に不安については、低体力群では「中程度」から「高水準」の不安に移行する確率が、高体力群よりも約8倍高いという統計結果が示されました。
この違いについて、より詳細な点を次項で見ていきます。
高い心肺持久力は「感情の増幅」を抑える可能性
まず日常的な不安傾向についてです。
心肺持久力が高い人ほど特性不安が低いことが統計的に確認されました。
低体力群の特性不安の平均は44点、高体力群は38点で、有意な差がありました。
つまり、心肺持久力が高い人ほど、日常的な不安の高さがやや低い傾向にあることが示唆されます。
一方で怒りについては、心肺持久力との明確な関連は強くありませんでした。
体力が高いからといって、もともと怒りっぽくないとは単純には言えないのです。
しかし本研究の核心は「ストレスを受けたときの変化量」にあります。
不快刺激後の怒りの増加量は、心肺持久力が低いほど大きいことが示されました。
また、怒りを外に出しやすい傾向を持つ人ほど怒りの上昇が大きくなることも分かりましたが、心肺持久力が高いとその増幅は抑えられる傾向にありました。
不安についても同様に、低体力群では不快画像の後の不安の上昇幅が大きく、「中程度」から「高水準」に分類される人の割合が高体力群よりも多くなっていました。
つまりこの研究が示しているのは、「体力が高い人は怒らないし不安にもならない」ということではありません。
正確には、ストレス刺激に対する感情の増幅が小さい可能性がある、ということです。
研究者はこれを感情的レジリエンスの高さと関連づけています。
レジリエンスとは、ストレスに直面しても過度に動揺せず、時間の経過とともにうまく立て直す力を指します。
なぜ心肺持久力がこのような違いを生むのでしょうか。
論文では既存の研究を踏まえ、「心肺持久力が高い人ほど心拍のゆらぎ(心拍変動)が整っており、自律神経の働きが安定しやすい」と説明しています。
こうした”安定しやすい状態”が、ストレスからの回復の速さやレジリエンスの高さにつながっている可能性があるのです。
ただし本研究には限界もあります。
参加者は40人と小規模であり、一人ひとりの体力と感情の状態を「その時点」で比べているだけなので、心肺持久力が感情の安定を生み出しているのか、もともと感情が安定している人が運動を続けやすいのかまでは、はっきりとは分かりません。
今後は、より大規模な研究や実測による体力評価、生理マーカーを併用した検証が求められます。
それでも本研究は、体力が単なる身体的健康の指標にとどまらず、ストレス下の感情反応の「揺れ幅」に関わっている可能性を示した点で興味深いものです。
日々のストレスにどう向き合うか。
その答えの一端は、もしかすると心肺持久力という身体の基礎的な力の中に隠れているのかもしれません。
参考文献
Being physically fit may keep you calm under pressure
https://medicalxpress.com/news/2026-02-physically-calm-pressure.html
元論文
Cardiorespiratory fitness is associated with lower anger and anxiety and higher emotional resilience
https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2026.106371
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

