
当然ながら、今の日本に野生のライオンは存在しません。
しかし、もし約7万年前の日本列島を歩いていたら、あなたは“ライオン”と出会っていたかもしれません。
これまで日本各地から見つかっていた大型ネコ科動物の化石は、「トラ」のものだと考えられてきました。
ところが、デンマーク・コペンハーゲン大学(University of Copenhagen)らの最新研究で、それらの化石はトラではなく、絶滅種の「ホラアナライオン(Panthera spelaea)」であることが明らかになったのです。
研究の詳細は2026年1月26日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。
目次
- トラではなかった? 化石の正体をDNAで再検証
- 日本は「最後のライオンの島」だった可能性
トラではなかった? 化石の正体をDNAで再検証
後期更新世(約12万9000年前から1万1700年前)には、ユーラシア大陸にライオンとトラの両方が広く分布していました。
一般に、ホラアナライオンはより北方に、トラはより南方に生息していたと考えられています。
ただし両者の分布は一部で重なり、「ライオン―トラ移行帯」と呼ばれる地域がユーラシアに広がっていました。
その東端に位置する日本列島からも、大型ネコ科動物の亜化石が見つかっています。
形態的特徴から、これらは長らくトラと判断され、日本は「後期更新世のトラの避難地」とみなされてきました。
しかし今回の研究では、日本列島各地から出土した26点の化石を再検討。
ミトコンドリアDNA解析、核DNAのターゲット解析、古タンパク質解析、さらに放射性炭素年代測定を組み合わせた総合的なアプローチが取られました。
日本は温暖湿潤な環境のため、古代DNAの保存状態はきわめて悪いとされています。それでもチームは、5点の標本からほぼ完全なミトコンドリアゲノムを回収することに成功しました。
解析の結果、日本産の「トラ」とされていた標本はすべて、ホラアナライオンの系統に属することが判明したのです。
加えて、骨に残るタンパク質のアミノ酸配列を比較したところ、トラではなくライオンに一致する特徴が確認されました。
DNAとタンパク質の両面から、「日本の古代トラ」は実はホラアナライオンだったと結論づけられたのです。
重要なのは、今回の解析では、後期更新世の日本列島にトラが存在した証拠は得られなかったという点です。
従来の常識が、大きく塗り替えられました。
日本は「最後のライオンの島」だった可能性
では、ホラアナライオンはいつ日本にやってきたのでしょうか。
チームは、最終氷期に海面が低下したことで北日本とユーラシア大陸を結ぶ陸橋が形成され、その時期にライオンが渡来したと推定しています。
分子年代推定などから、進出時期は約7万2700年前から3万7500年前の間と考えられています。
放射性炭素年代測定が行われた1標本は、約3万1000年前のものと推定されました。
【ホラアナライオンが日本に入ってきたルートの画像がこちら】
さらに別研究で報告された約2万1000年前の大型ネコ科亜化石が同系統と確認されれば、日本のホラアナライオンはユーラシア大陸での絶滅後も、少なくとも2万年以上生き延びていた可能性があります。
日本列島は、氷期ごとに大陸とつながったり切り離されたりするという独特の地史を持っています。
この断続的な接続と隔離が、遺存個体群を長期間維持する“避難地”として機能した可能性が指摘されています。
実際、日本オオカミは大陸側の個体群が絶滅した後も、完新世まで日本で生存していました。
ホラアナライオンもまた、そのような“島の時間”の中で生き延びていたのかもしれません。
当時の日本列島には、オオカミやヒグマ、ツキノワグマ、そして初期の人類集団も存在していました。
ホラアナライオンは、そうした動物たちと共に後期更新世の生態系の頂点に立つ存在だったと考えられます。
日本史のページに「ライオン」が加わる
日本にライオンがいたという事実は、にわかには信じがたいかもしれません。
しかし、分子遺伝学と古タンパク質解析という最新技術によって、その姿は確かな輪郭を持ち始めました。
今回の研究は、日本列島が単なる“辺境”ではなく、氷期のユーラシアにおける重要な生物地理学的舞台だったことを示しています。
約7万年前の日本を想像してみてください。人類がまだ列島に到達し始めたばかりの時代、森と平原のどこかで、巨大なホラアナライオンが静かに歩いていたかもしれません。
参考文献
Japan’s ancient ‘tigers’ were actually cave lions, DNA evidence shows
https://phys.org/news/2026-02-japan-ancient-tigers-cave-lions.html
元論文
The Japanese Archipelago sheltered cave lions, not tigers, during the Late Pleistocene
https://doi.org/10.1073/pnas.2523901123
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

