
「生命はどうやってこの地球に現れたのか?」という問いに、新しい“コア部品”が見つかりました。
イギリスのMRC分子生物学研究所(MRC LMB)で行われた研究によって、長さわずか45文字のRNA分子「QT45(キューティー45)」が、自分の仲間である多様なRNAたちをコピーする「コピー酵素」としての機能を持つだけでなく、そのコピー機能を自分に適応して自己複製も可能なことが示されました。
ある意味で「自分をコピーできるコピー機」として働ける複製コアとも言えるでしょう。
これまでにも、ほかのRNAを作れるRNAコピー酵素は知られていましたが、自分自身とその相補鎖の両方を「フルサイズで合成」できるRNA分子は確認されていません。
この小さな分子はQT45と名付けられ、非常にコンパクトな作りでも、生命の基礎となる複製コアの役割を果たせる可能性を示しています。
「生命のスタートを切るには巨大で複雑な分子が必要」というこれまでの常識を大きく揺さぶる結果です。
研究内容の詳細は2026年2月12日に『Science』にて発表されました。
目次
- なぜ「コピー機」がなければ生命は始まれないのか?
- 6兆回のガチャで「自己複製コア」を見つけ出した
- 生命創造はまだだけど複製コアはどうにかなりそう
なぜ「コピー機」がなければ生命は始まれないのか?

私たちの日常は「コピー」に支えられています。
スマホの写真、宿題のデータ、クラウドのバックアップ。
もしコピー機能がなければ、少しのミスや事故で情報はすぐ消えてしまいます。
実は、生命も同じです。
体の中では、細胞が自分のコピーを作り続けているから、私たちは生き続けています。
では、最初の生命はどうやって「コピー機能」を手に入れたのでしょうか。
DNAやタンパク質が登場する前、もっと原始的な時代には、RNA(リボ核酸:遺伝情報を運ぶひも状の分子)が情報の保存と化学反応の両方を担っていた、という考えがあります。
これが「RNAワールド仮説(生命はRNAだけの世界から始まったとする説)」です。
この仮説では、どこかのタイミングで、RNAの鎖にコピー能力がうまれ、それが遺伝子の自己複製サイクルを回し始めたと考えられています。
ところが、これまで見つかってきたRNAコピー酵素たちは、どれも150〜300文字クラスの「分厚い仕様書」のような分子でした。
さらにこれらの大型コピー機は、肝心の「自分自身のコピー」はできません。
しかも、そんな巨大で複雑な分子が、原始の地球で自然にできるとは考えにくい、という大きなツッコミもありました。
実験室や鉱物表面などで自然にできたと報告されているRNAは、もっと短い鎖が中心だからです。
現在存在している生命たちが複雑なRNAを製造できる最上級のフランス料理シェフだとしたら、原始の地球環境が作れるRNAは「おにぎり」程度の単純なものに過ぎなかったわけです。
この「フルコース問題」をどう乗り越えるかが、RNAワールドの最大の弱点でした。
そこで研究者たちが考えたのは、「最初からフルコースを狙うのをやめて、とにかく一番小さな“おにぎり級コピー機”を探そう」という方針です。
言ってみれば、原始スープの中で無数の配列が生まれては消える「ガチャ」を、試験管の中で再現したようなものです。
しかし、そんな偶然に任せた製造法で、複製酵素的に働きつつさらに自己も複製できる複製コアのような配列はできるのでしょうか?
6兆回のガチャで「自己複製コア」を見つけ出した

偶然にまかせて複製コアのような配列はできるのか?
その答えを得るために、研究者たちはまず「ガチャの箱」を用意しました。
具体的には20文字・30文字・40文字のランダムなRNA配列を、あわせておよそ約6兆通り用意しました。
そしてそれぞれのランダムなRNAに小さな断片を接近させ「その相手を伸ばせるか?」というテストを行いました。
何の意味を持たないRNAの鎖ならば、隣に小さなRNAが来ても何の反応も示しません。
しかしそのRNAが隣にやってきた小さなRNAに反応してその相手を伸ばすような反応を示したのならば、そのRNAには素質アリと判断します。
RNAはAUGCの4種類の塩基が連なるだけの鎖ですが、繋がり方が奇跡的に何らかの効果を持つものになり、その効果がごくまれに「材料を拾って近くにいるRNA鎖を伸ばす」という結果になる場合があったのです。
そんな奇跡はまず起きませんが、研究では奇跡を必然にする「兆」レベルの候補を集めました。
人間で言えば、ランダムに集めた100人程度の中にノーベル賞級の天才を期待するのは難しいですが、6兆人集めれば、ノーベル賞級の天才が含まれるのは必然となります。
(※あえてソーシャルゲームに例えるならば、自己複製コアのようなとんでもないレアでも「兆」の単位でガチャを回せば必ず当たるのと同じです。ちなみにMRC LMBの研究費の多くは国の財布から出ています。)
研究では、隣にやってきた相手の鎖を伸ばしたRNAを特定し、他のRNAは捨ててしまいます。
そして特定されたRNAを増やして、また新しい相手の鎖を近づけさせ、同じように「伸ばせたものだけを残す」という作業を何度もくり返していきました。

この試験管内進化(試験管の中で進化のような選抜をする手法)を続けるうちに、いくつかの有望なコピー役RNAが生き残り、そのうちの一つが「QT51」という51文字のRNAコピー酵素でした。
そこからさらに、不要そうな足や飾りを少しずつ削り落としていき、「必要最低限のコアだけ」に絞り込んだ結果、それでもほぼ同じ働きを保ったままの45文字版「QT45」が生まれました。
研究ではこのQT45をシャーベット状の塩氷の中に入れて、そこに、コピーしたい様々なRNAとRNA材料(三つ組ヌクレオチド)を一緒に入れてみました。
するとQT45は、その鋳型となるRNAを読み取りながら、新しいRNA鎖を作成できる様子がわかりました。
しかも単純な鎖だけでなく、ヘアピン状に(くるっと)折りたたまれた構造をもつRNAや、「ハンマーヘッドリボザイム」と呼ばれる別の酵素RNAも、少ないながら作り出せることが確かめられました。
そしてクライマックスが、このQT45自身をめぐる実験です。
研究者たちは、RNA材料と一緒にQT45自身(またはQT45の鋳型となる相補鎖)を入れた場合に何が起こるかを、それぞれ調べました。
つまりRNA材料とQT45自身(+鎖)、そしてQT45の相補鎖(−鎖)という最低限度の状態で、新しいQT45を作れるかどうかを確かめたのです。
すると、72日反応させると、収率は約0.2%、つまり1000本に2本ほどというレベルですが、「自分自身」と「相補鎖」という、自己複製に必要な2つのコピーを作成することに成功したのです。
また相補鎖を作る際の正確さは94%となっていました。
これらの結果は、QT45は条件がそろえば、自分とは異なる配列のRNAを作れるだけでなく、自分自身も作れる「自分をコピーできるコピー機」のような存在であることを示しています。

