須貝 龍という人間

「僕、自分が楽しいと思ったことや、自分がやると決めたことを反復するのはすごく得意なんです。自分なりに分析して仮説を立ててトライしているので、何回も反復しないと検証ができないから。他人に言われたことは、自分の頭でしっかり考えてやってきたことや実証したこととは重みが違う。そういう意味で、僕、あんまり人の意見を聞かないんだと思います(笑)」
須貝の所属するチームクレブを立ち上げ、アルペン時代から須貝をサポートしてきたクレブ代表の岸野大輔氏はこんなふうに語った。
「須貝選手がすごいのは、常に客観的に自己を分析し、必要なことに向かって工夫し、自ら行動する点。自己のマネジメントを徹底して確実に課題を達成するだけでなく、高いレベルで設定目標を超えること。そして、とても家族や仲間想いで人間性が高くて、アスリートとしてだけでなく人としてカッコイイ。自然とみんなが応援したくなるんです」
その原動力

「シーズンインまでにどれくらい体を造れるかが重要なポイント」と夏に語っていた須貝。五輪イヤーを迎えた’25-26季は、シーズンの立ち上がりから好調を示し、W-CUP第2戦では4位入賞。仕上がりの良さをうかがわせた。
そんななか、2025年12月19日、イタリアで開催されたW-CUP戦で激しくクラッシュし、左股関節脱臼、大腿骨頭骨折というアクシデントに見舞われてしまう。オリンピックまであと2ヵ月というタイミングでの大怪我は、普通に考えれば悲劇でしかない。しかし須貝には絶望などという言葉は通用しない。「オリンピックまでには必ず復帰する」と決意表明。当時の自身のInstagramにはこう綴られていた。
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こうして厳しいリハビリを積み上げて、いままさにコルティナでコースに立とうとしている。
何があっても最後まであきらめない。ここまで須貝龍を強くしてきたものはなにか。
「北京での1回戦敗退が本当に悔しくて、それを晴らすためにこの4年間やってきた。怪我を乗り越えてでも自分はパフォーマンスを出せる、それを証明したいという思いが原動力の一つだったと思います」
須貝を突き動かす原動力は、他にもある。
「高校生のとき、大学にいった先輩たちを見ていたら、自己管理をしなきゃいけない世界に入るタイミングで、それに失敗してスキーが遅くなった選手がたくさんいた。それがカッコよく見えなかった。僕はこれからも自分の思うカッコいい位置にいたいと思ってヨーロッパに行くことを選択してやってきた。カッコよく速く滑れる選手でありたいというのは高校生のときに思った純粋な思いで、それがずっと原動力になっています。今でも。
怪我もあったし、トレーニングが思うように進まない時期も長かったけど、昨年の世界選手権では自分を信じて滑りきることができた。高校生のときに思った理想の自分にはまだ完全には到達できていないかもしれないけど、そのライン上にはいられてるんじゃないかなと思っています。
もちろんミラノで金をとりたいし、W-CUPの総合優勝もしたい。優勝を重ねていく選手にもなりたい。目標はたくさんあります。手に入るかわからないものに挑戦するのは楽しい。
僕、実は努力するという言葉はあまり好きじゃないんです。『情熱は努力に勝る』と思っているから。心からこれをやりたい・好きだって気持ちは、努力だと思ってするより強いなと。情熱があれば夢中になったり、情熱があれば大変なことも工夫して楽しいことに変えられる。息子たちにもそういうことのできる強い子になってほしい」

愛息の話になるとパパの優しい笑顔がこぼれる。
「子どもたちにはいつも癒されてパワーもらっています」と嬉しそうだ。大切な家族のためにも、応援してくれるたくさんの人々のためにも、須貝龍は、いよいよ決戦の舞台へと挑む。
協力:クレブスポーツ 『AndSnow Vol.4(2025)』
Profile
須貝 龍 Ryo SUGAI

1991年生まれ、新潟県胎内市出身。クレブ所属。海外を拠点にFISアルペンレースを転戦後、2019年にスキークロスへ転向。 W-CUPで何度も表彰台にも上がり、2025年世界選手権銅メダル獲得。世界の頂点を争うトップアスリート。
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