●こぼれ話
世界に存在する創業100年以上の長寿企業のうち、約4割を日本企業が占めている。愛知県海部郡にある側島製罐も、間もなく120周年を迎える長寿企業だ。3年前に親子間の事業承継で6代目の代表に就任した石川貴也さん。明治創業の老舗製缶メーカーに、36歳の代表が誕生した当時の状況をイメージできるだろうか。
業績はコロナの影響を受けて低迷。石川さんに寄せられる期待、抵抗感、課せられる業績回復、社員を守る使命。石川さんはスーパーマンなのだろうか、経営の軸は何なのだろうか。さまざまな思いを馳せながら、名古屋から電車を乗り継いで会いに行った。
業績の立て直しにはさまざまな手段があり、策を講じてこられたことは確かであったが、石川さんはもっと根源的な「働くとは」や「生きるとは」に向き合って、抜本的改革を進めてきたことが良く分かった。とはいえ、結果的に大胆な改革になっただけで、みんなを信じることを貫き通した結果、積み上げられた今であるにすぎないのだろう。
石川さんは、お気に入りの品で「アートオブラビング(愛するということ)」を紹介してくれた。経営の軸というよりも、もっと上位概念にある「愛する」という信念が、石川さんの思考を豊かに、そして強くしておられることが鮮明になった。
日本に長寿企業が多い理由として、外国からの侵略が少なかったり、江戸時代から読み書き、そろばんなど教育水準が高かったりといった歴史的側面と、「家」制度や「三方良し」の事業観など文化的側面が挙げられる。環境や文化は確かに大きな要素なのだろう。しかしそれだけではなく、経営的な側面で継続的に価値を提供し続けられる理由が存在しているはずだ。
石川さんとの対話を通して、その解の一つは、時代を超えて通用する独自のコア能力を自身で見いだし、それを大切にすることだと実感できた。側島製罐のコア能力は、難しい要望を吸い上げ、擦り合わせる能力と実現させようとする愚直さだと考えている。それが、本質的なコア能力だからこそ技術が付き、設備が充実して、顧客価値を創出し続けられているのだと思う。そのコア能力を、対話によって石川さんを含め社員が気付き、「世界にcanを」というミッションに昇華したことは、側島製罐の成長と継続に大きな意味を持った。
バトンを受け取った身として、重ね合わせ考えることも多い対話となった。「そうそう、大変ですよねー」と共感し合うそんな会話もあったが、お互いに前を向いていることは確か。それぞれの地で、それぞれの強みで、独自の貢献を果たしていこうと思いを新たにした対談であった。(奥田芳恵)
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
<1000分の第387回(下)>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

