
イタリアのパドヴァ大学(UNIPD)およびCERNなどで行われた研究によって、宇宙の大部分を占める「暗黒物質の正体が、なんと“別の宇宙のカケラ”かもしれないという新理論が打ち出されました。
また研究ではその別宇宙が原始ブラックホールと呼ばれる内部に存在している可能性が示されています。
研究者たちはこのアイデアを「DM from eternity(永遠から来た暗黒物質)」と名付けました。
もしこの理論が正しいなら、別宇宙は意外に身近な場所にあるのかもしれません。
研究内容の詳細は2026年2月10日にプレプリントサーバーである『arXiv』にて発表されました。
目次
- ブラックホールの中には別の宇宙がある?
- 暗黒物質は別宇宙に由来するかもしれない
- 無数の別宇宙が、黒い点となって夜空にぶら下がっている
ブラックホールの中には別の宇宙がある?

夜空の写真を眺めると、そこにはたくさんの星や銀河が写っています。
けれども、天文学者がそれらの動きを詳しく調べると、「見えている星の重さだけでは、どう考えても引力が足りない」という結果が何度も出てきました。
高速で回転する銀河がバラバラにならずにまとまっているには、目には見えない“余分な重さ”が必要なのです。
こうして名前だけ先に付けられたのが暗黒物質です。
しかし、その正体については、いまだに決着がついていません。
これまでの有力候補の一つは、「WIMP(ウィンプ:弱い力でしか他と反応しない新しい粒子)」のような、まだ見つかっていない素粒子でした。
加速器実験や地下実験で、その粒子を直接とらえようとする試みが世界中で行われていますが、いまのところ決定的な手がかりは得られていません。
そこで研究者たちは「理論に合うように新しい粒子を想定する前に、そもそも宇宙の膨張そのものが持つクセを、もっとちゃんと使ってみてはどうか」と考えました。
そのクセとは、インフレーションと呼ばれる時期にあります。
インフレーションは、宇宙誕生直後に宇宙がとてつもないスピードでふくらんだ、とする仮説です。
このとき、宇宙は完全に一定ではなく、場所ごとに少しずつ膨らみ方が違っていました。
その違いが、のちの銀河や星のタネになったと一般的には考えられています。
ところが、インフレーションにはもう一つ、あまり表に出てこない顔があります。
量子ゆらぎ(とても小さなレベルの偶然の揺れ)のせいで、一部の場所では「膨らみが止まらず、いつまでも続いてしまう」ことがありえます。
これが永遠インフレーションと呼ばれる状態です。
インフレーションのエンジン役である場のゆらぎが、通常の進み方より大きく暴れてしまうと、その場所では膨張が止まらないまま取り残されてしまうのです。
宇宙の特定の領域がインフレーションをずっと続けるわけです。
ではこうして残った永遠インフレーションの領域を、外側の「普通の宇宙」から眺めるとどう見えるでしょうか?
その有力候補のひとつが原始ブラックホールです。
これは、星の死骸としてできるブラックホールとはちがい、宇宙がまだとても若く、一面が熱いプラズマだったころに、密度が高すぎる場所がつぶれてできたブラックホールだと考えられています。
永遠に膨らみ続ける別宇宙のようなパッチが、私たちからは原始ブラックホールという真っ黒な点に見えてしまう、というわけです。
永遠にインフレーションを続ける「別の宇宙」があるなら、いつかブラックホールから飛び出てきて私たちの宇宙を飲み込んでしまうように、直感では思えるでしょう。
しかし「中の空間そのものが膨張する」と「その領域の境界が、外側の空間を押しのけて大きくなってくる」というのは、必ずしも同じではありません。
一般相対性理論では、中にいる観測者にとっては、空間がどんどん広がる「自分たちの宇宙」で、外にいる私たちにとっては、「地平線の中から何も出てこない黒い塊」というこの二つが矛盾せずに同時に成立し得るのです。
地平線の内側にどれくらいの“空間の体積”が折りたたまれているかは、ブラックホールの大きさとイコールで結べない複雑な問題であり、場合によっては、外から見える半径は変わらないのに、中で歩き回れる空間だけがどんどん増えていく、という時空の形が許されます。
では、エネルギー的にはどうなのでしょうか?
直感的には、「中でインフレーションが続いてエネルギーが増えれば、もっと巨大なブラックホールに育って、周りを飲み込みそうだ」と思ってしまいます。
しかし、ここで効いてくるのが、「外側から見たブラックホール」は、外側の世界のほうの方程式でほぼ決まってしまう、という点です。
中で起きているインフレーションは、あくまで「その塊の内部で物差しの伸び方がどうなっているか」を変えているだけで、外側の大きさや重さのパラメータを自由に更新するスイッチにはなれません。
もう少し別の視点から言えば、「膨張が周りを飲み込むかどうか」は、インフレーションの勢いと、重力による時空の曲がりのどちらが勝つかで決まります。
宇宙全体でインフレーションが起きているときは、膨張が支配的なので、どこまでいっても空間が伸ばされていきます。
しかし、永遠インフレーションの“島”が、小さな高エネルギーの泡のようなものとして低エネルギーの宇宙の中にぽつんと存在するときには、重力のほうが勝って、泡の周りにブラックホールの地平線が形成されます。
すると、その泡は外側の宇宙を押し広げる「侵略者」ではなく、自分自身の内側に閉じこもる「独立した宇宙」としてふるまい始めます。
外から見れば、それは単に「一定の大きさのブラックホールがそこにある」だけで、その大きさの分だけ空間が切り取られている、ということになります。
そこで今回の研究者たちは、「永遠に膨らみ続けるパッチが、実際にどれくらいの確率で生まれるのか」「その一つひとつがどれくらいの重さを持ち、宇宙全体でどれくらい集まるのか」「そのとき、どのような重力波(時空のさざ波)が出てくるのか」を、インフレーションの理論を使って具体的に計算しました。
そして本当に、宇宙にある物質の8割近くを占める暗黒物質を「別宇宙のカケラ」で説明できるのかどうかを探ろうとしたのです。
もしこれがうまくいくとしたら銀河のまわりを取り巻く見えない重さは、未知の粒子ではなく、ビッグバンで生まれそこねた別宇宙の破片だった、という物語が浮かび上がります。
暗黒物質は別宇宙に由来するかもしれない

別の宇宙のカケラが暗黒物質の正体なのか。
この大きな問いに近づくために、まず研究者たちがやったのは、「どれくらいの頻度で“別宇宙パッチ”が生まれるのか」を見積もることです。
ここでいう別宇宙パッチとは、インフレーション(宇宙の超高速膨張)がたまたま止まらず、永遠に続いてしまった領域のことです。
インフレーションの終わりごろ、宇宙には「ふくらみ方のムラ」があります。
そのムラがふだんより少し大きくなる時間帯があったと仮定して、「もしこの時期だけ宇宙がいつもより“ガタガタ”していたら、どうなるだろう?」と考えます。
そのうえで、インフレーションの間に生まれる無数のムラが生み出す領域を、「巨大なくじ引き」のように考えます。
ひとつひとつの領域にランダムにゆらぎの大きさを割り当て、ある決まった値、つまり「時空のでこぼこが1を超える」という条件を超えたものだけが「永遠にふくらみ続ける領域」になる、というルールです。
ゆらぎが大きいほど当たりを引きやすくなりますが、それでも全体の中ではごくまれな出来事にとどまります。
論文では、この“当たり”の出る割合を、山なりの確率分布(釣鐘型の分布)を使ってきちんと計算し、「永遠にふくらむ領域」が全体の中でどれくらいの割合になるかを求めています。
次に、その永遠にふくらむ領域ひとつぶんの「重さ」を見積もります。
インフレーションが終わる直前のエネルギーの濃さや、宇宙のふくらむ速さをもとに計算すると、その領域にふくまれる質量は、計算上の目安として太陽の一兆分の一くらい、つまり小惑星ほどの重さになることが分かります。
これは、今の観測ではまだはっきりと絞りきれていない質量帯であり、原始ブラックホールが暗黒物質の候補として生き残っている“すき間”の領域です。
「外から見ると小惑星くらいの重さなのに、中では永遠インフレーションなんて大げさではないか?」と思うかもしれませんが、先ほど触れたように「外側から見た重さ」と「内側で起きていること」は、一般相対性理論(重力を時空のゆがみとして扱う理論)の世界では別物として振る舞います。
ふつう私たちは、容器の外側の大きさを見れば、中に入る量もだいたい見当がつく、と考えがちです。
しかし、時空そのものが曲がっている世界では、「外から見たサイズ」と「内側を歩いたときの距離」は、必ずしも素直に対応しません。
たとえば、長い廊下をぐるぐる折りたたんで、意外と小さな建物の中に全部収めてしまうことを想像してみてください。
建物の外から見れば、せいぜい数十メートル四方の箱にしか見えないのに、中に入って廊下を歩くと、何百メートルも進んでも出口に着かない、ということが起こりえます。
時空が曲がった世界では、これとよく似たことが、空間そのものの形として起きます。
外からの重力の強さや「地平線」の大きさは、境界付近の情報だけで決まってしまい、内部にどれくらい“折りたたまれた空間”が続いているかまでは反映されないのです。
永遠領域の出る割合と、一つあたりの重さが分かれば、それらを掛け合わせることで、「永遠領域がつくる原始ブラックホール」が宇宙全体にどれくらい存在するかを見積もることができます。
論文によると、インフレーション中のゆらぎの強さと、それが続いた期間をある程度うまく選ぶと、こうして生まれる原始ブラックホールの総量が、ちょうど今私たちが測っている暗黒物質の量と同じくらいになる条件が、条件付きで見つかるといいます。
つまり、個数と重さの両方の意味で、「暗黒物質=別宇宙のカケラとしての原始ブラックホール」というシナリオが、机上の空想ではなく、ちゃんと数字の上でも成り立ちうると示されたわけです。
研究者たちはさらに、これまでよく研究されてきた「放射が特に濃い部分が自分の重さでつぶれて原始ブラックホールになる」という従来の仕組みとも比べました。
こちらも暗黒物質の候補として有名ですが、インフレーション中のゆらぎが「ある程度広い範囲」にわたって強くなっていた場合には、新しく提案された「永遠にふくらむ領域」から原始ブラックホールができるメカニズムのほうが、より効率よくブラックホールを作り出せることが分かりました。
もし宇宙が当時、広いスケールで強いゆらぎを経験していたなら、暗黒物質の主役は、従来型の原始ブラックホールではなく、「別宇宙のカケラ」のほうだったかもしれない、ということです。
そしてこのシナリオには、重要な“おまけ”があります。
ゆらぎが大きいと、その揺れが重力そのものを振動させ、重力波という時空のさざ波を生み出します。
たくさんの揺れが重なり合うことで、ある周波数の帯域に「重力波のざわざわした背景」ができあがります。
論文の計算では、もし暗黒物質が本当に小惑星質量の原始ブラックホールでできているなら、ミリヘルツ帯と呼ばれる周波数で、ほぼ平らな重力波の背景が立ち上がるはずだとされています。
著者たちは、「もし暗黒物質が永遠インフレーション由来の原始ブラックホールだとしたら、このミリヘルツ帯の重力波背景が見つかることは“逃れられない予言”になる」と書いています。
つまり、このざわざわを見つけるか見つけないかが、「別宇宙のカケラ=暗黒物質説」の運命を大きく左右する、ということです。
理論は大胆ながらも、検証する方法まで踏み込んで提示されているのは魅力的と言えるでしょう。

