
イタリアのピサ大学(ピサ大)で行われた研究によって、少なくとも1年以上つき合っていて関係が安定している人たちは、そうでない人たちに比べて、血液中にふくまれるBDNF(脳を元気に保つたんぱく質)が、平均およそ1.5倍も多いことが分かりました。
BDNFは神経細胞のつながりを育てる「脳の肥料」のような物質で、ストレスへの強さとも関係すると考えられており、安定した恋人との支え合いや安心感が、体の中のこうした調整システムを静かに作り変えているのかもしれません。
恋愛という“気持ち”は、体の中の分子にどこまで足跡を残すのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年2月5日に『The World Journal of Biological Psychiatry』にて発表されました。
目次
- 恋愛すると血液にどんな変化が起こるのか?
- ガチ恋している人の血液は脳を育てる成分が多い
恋愛すると血液にどんな変化が起こるのか?

「恋人がいると毎日がちょっと軽い気がする」「失恋したときは世界が灰色に見えた」。
そんな感覚を覚えたことがある人は多いと思います。
気分がふわっと明るくなったり、逆にどん底まで落ち込んだりする恋愛の波は、どう考えても脳や体のどこかに影響を与えていそうです。
脳科学でも、この「恋と安心感」の関係が少しずつ分かってきました。
たとえば過去に行われた研究では、恋のはじまりはストレス反応に近い状態だと報告されています。
強いドキドキや不安で、心拍が上がったり落ち着かなくなったりするのは、恐怖や「戦うか逃げるか」を司る脳の領域(扁桃体など)が活発になっているからだ、という見方です。
しかし、その後でオキシトシン(安心に関わるホルモン)が働き、ストレスの回路を静め、相手といると安心できる「安全な場所」の感覚が育っていくと考えられています。
ある意味で「愛とは恐れと安らぎという相反するものが混ざった稀有なもの」ともいえるでしょう。
ここで重要な登場人物が、神経栄養因子とよばれるたんぱく質のグループです。
これらは神経細胞を成長させたり、つながりを強くしたりする「脳の肥料」のような役割を持っています。
なかでもBDNFと呼ばれる神経栄養因子は、記憶や学習、ストレスに対する強さ、うつ病などとの関係が注目されてきました。
そこで今回、イタリアの研究チームは、1年以上続いていいる長期の恋愛関係とこのBDNFの関係に注目しました。
彼らのねらいは、安定した恋愛関係にあるかどうかで、血液中のBDNFの量に違いがあるかどうかを確かめることでした。
もし本当に、恋人の有無で「脳の肥料」の量が違っていたとしたら、私たちの人間関係は、心だけでなく体の深いところにまで足跡を残していることになります。
ガチ恋している人の血液は脳を育てる成分が多い

本当に「恋人あり」と「恋人なし」で「脳の肥料(BDNF)」が違うのか?
答えを得るために研究者たちはまず、イタリア・ピサ大学で安定した恋愛関係にある31人と、恋人がいない29人を集め、全員から朝8〜9時の空腹時に15ミリリットルの血液を採りました。
この31人の交際期間は1年以上で、1〜8年と幅があり、平均は2年弱でした。
結果は非常に分かりやすいものでした。
恋人ありグループでは、血小板でも血清でも恋人なしグループではBDNFの量に1.5倍の差がありました。
この差は統計的にも非常に有意で、効果量と呼ばれる指標でも「かなり大きい」といえるレベルでした。
BDNFそのものに性差はほとんどなく、「恋人がいるかどうか」という要因が、BDNFの違いのかなりの部分を説明していました。
では、これは何を意味するのでしょうか。
研究チームは、今回のBDNFを「今の恋愛状況のステータスを示すもの」としてとらえています。
つまり血中のBDNFだけを手がかりにして『この人は安定した恋愛関係にいそうか』と当てっこをすると、全くの勘よりはかなりマシなヒントになるそうだ、ということです。
また研究者たちはその仕組みについて2通りの説明を提示しています。
1つは安定した恋愛関係が、支え合いや安心感によってストレス反応をやわらげる「社会的クッション」として働き、その影響でBDNFを含む体の調整システムが少し変わっているのではないか、というものです。
パートナーとのやりとりの中で不安や孤独が緩和される生活が続くと、慢性的なストレスによってBDNFが削られにくくなり、「脳の肥料タンク」が高めに保たれている、というイメージです。
もう1つはBDNFが高い人は、ストレスに強く、気分の乱高下から立ち直りやすい「BDNF高め体質」という考えです。
そのような人は、恋愛関係の中でトラブルが起きても、感情を整えたり、話し合いで落としどころを見つけたりするのが比較的得意で、結果として安定した長期関係を築きやすい可能性があります。
ただどちらにせよ、恋愛の状態と「BDNFの数値」が対応して見えました。
しかも、今回見ているのは、燃え上がる初期ではなく、1年以上続いている落ち着いた関係でした。
恋によって血中に大きな違いが生じるという結果は、恋愛も化学成分の支配下にあることを感じさせます。
とはいえ今回の研究で集められた被験者はイタリアの若い人々(平均年齢27.4歳)であり、他の文化でも同様の結果が出るかはまだ確かめられていません。
それでも、この研究が投げかけたメッセージは小さくはありません。
もし今後、別の国や文化、年齢層でも似た結果が積み重なれば、「安定した関係を支える脳の化学成分」が、もっとくっきりとした姿で見えてくるでしょう。
またこれまでBDNFは、主にうつ病などの病気と関連づけて語られてきましたが、今回の結果は、健康な人の「安定した恋愛」というポジティブな側面とも結びついている可能性を示しました。
BDNFはうつ病や運動習慣など、恋愛以外のさまざまな要因でも変化しますがそれでも、「恋人がいるかいないかで血中BDNFがここまで違って見えた」という事実は、今後の研究者たちに強いインスピレーションを与えるはずです。
もしかしたら未来の世界では、恋人との安定的関係性を示す指標が、肝臓や腎臓の数値の下にこっそりと並んでいるかもしれません。
元論文
Peripheral brain-derived neurotrophic factor in stable love relationships: a study in healthy humans
https://doi.org/10.1080/15622975.2026.2624464
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

