『大奥』(白泉社)、『きのう何食べた?』(講談社)など、時代や価値観の変化をすくい取ってきた漫画家・よしながふみ。最新作『Talent―タレント―』(集英社)の第1巻が2月20日に発売された。本作では芸能界を舞台に「才能とは何か」を描いているが、なぜ今この題材を選んだのだろうか? 本作であぶり出される「才能」の行方とは? 本人に聞いてみた。(前後編の前編)
最新作は「芸能界」が舞台に。16年以上寝かせた題材
—なぜ今、芸能界を舞台に「才能」をテーマとして選ばれたのでしょうか。近年の推し活ブームの影響があったりしますか?
よしながふみ(以下、同) 世の中の流れは関係なく、私がドラマ好きだったのと、担当の方がファッション誌の編集経験がある方だったので、芸能界に詳しいと思って(笑)。16年ほど前に声をかけてもらっていたのですが、『大奥』『きのう何食べた?』の連載があったので待っていただいていました。
「才能」をテーマに選んだのは、マンガ家という職が日々才能と向き合わされる仕事だからです。私は幼い頃からマンガばかり読んできましたが、読者としても作家さんを1作品で評価するのは難しい。何作品も重なってようやく作家性が見えてくる。そう考えると、「続けられること」そのものも才能のように思えるんですね。
芸能界は、その不確かさが極端なかたちで現れる場所だと思います。勝敗や数字で評価されるわけではなく、とても曖昧。「スター性」に明確な答えはありません。個人の力だけではなく、事務所の力やタイミング、周囲の事情も複雑に絡み合う。
例えば実写作品の場合、原作者が希望する配役があったとしても、キャスティングは事務所のバランスやタレントさんのスケジュール等々いろいろな事情が考慮されて決まります。そういったことも含めて描いてみたら面白いなと思いました。
—主人公が男女4人になったのは「さまざまな才能を描くため」ですか?
はい。当初は男性2人でいこうと思っていたんですが、それだと幅が狭くなる気がして。4人ぐらいいないと、自分が読みたい「才能」の全部が入らない。あとは『大奥』(女性が将軍を継ぐ設定)で14代将軍・家茂と和宮の「女の子同士の信頼関係」を描く楽しさに気がついたのもあります(笑)。
2000年代初頭は「仕事は結婚までの腰かけ」の女の子も多かった
—単行本1巻は2000年代初頭が舞台です。物語の中にも当時のドラマを彷彿させる作品も登場しますが、なぜこの時代にスポットを当てたのでしょうか?
「若くして才能が開花する人」「そこから陰りを見せる人」「晩年花開く人」……いろいろいるので、四半世紀ぐらいの長いタームの物語を描いていきたいと思っているんです。2000年頃から現在ぐらいまで。
—「平成〜令和」にかけての物語になる、と。
はい。私は個人的に「おじさんとおばさん」が好きなので、主人公4人が年老いていく過程も追っていきたい。『大奥』では200年を超える江戸時代の話でしたので、それに比べたら 20~30 年はあっという間だろうと思っています。
—よしながさん自身もパワーアップしているのですね(笑)。2000年代初頭と現在では、社会を取り巻く人生観も変わっていそうです。
黒電話を知っている世代からすると、携帯電話が登場しているだけで「現代」なのですが、2000年頃と今では女の子の「人生の向き合い方」がずいぶん違うな……と感じます。今は「生涯働き続ける」と決めている若い方も多いですが、当時は「いずれ結婚して仕事をやめる」という前提がまだ色濃く残っていた頃でもあったと思うので。
登場人物のミコトは、その顕著な例かもしれません。彼女はスカウトされて芸能界に入るわけですが、当初は将来のことを真剣に考えていない。「どんな仕事をしても結婚してやめるのだから、それまでの腰かけ」として芸能界入りする。
—「寿退社」の意識がまだ強かった世代。女性の社会との断絶が明確にあった世代からの過渡期だったのですね。
共働き第1世代にかかる時代だったからこそ、「分かれ目」を意識せざるを得ない瞬間があったのだと思います。今で言えば男女差別だと糾弾されるような行為も、当時は女性自身にも内面化されてしまう雰囲気があったような気がしますし。
「女の子なんだからさ」と言われたときに、本人も「どうせやめるし」と受け入れてしまう。でも、ミコトの現在地では、それを単純に「不幸」としては捉えていない。そのあたりに、時代の変遷が表れているといいなと思っています。
—主人公の一人、ミコトにとって仕事が「腰かけ」から「続けたいもの」に変わる瞬間も出てくるかもしれない。
キャラクターの変化は大切に描写したいです。でも、当時は「女性の賞味期限」の意識が強かったので、本人の仕事の熱意がどこまで肯定的に受け入れられるかわかりません。30代が見えてくると「結婚しないの?」という視線が向けられてしまうから……。
女性の俳優さんは40代ぐらいで、ふっと“いなくなる”時代があったと思います。結婚するか、表舞台から退くか。ほかの選択肢だって確かに存在していたはずなのに見えにくかった。だんだん役がなくなって、母親役に収斂していく。少なくとも 2000 年代には、「キャリアを重ねた女の主人公」が成立する枠が、今ほどはなかったと思います。
一方で、男性は刑事ものや会社員の権力闘争のような「年を重ねるほど似合う物語」が脈々と受け継がれている。

