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「今また精神的に充実していることが誇り」アルカラスがジャパンOP初戴冠で示した、世界1位であることの解<SMASH>

「今また精神的に充実していることが誇り」アルカラスがジャパンOP初戴冠で示した、世界1位であることの解<SMASH>

時速214キロのサービスの残響音も残るなか、カルロス・アルカラスは、テイラー・フリッツの鋭いリターンを、柔らかなフォアのドロップショットで打ち返した。

 一瞬の、時が止まったかのような静寂。固唾を飲む人々の視線を集める打球は、ふわりと浮き上がり、ゆっくり、ネットぎりぎりを越えて相手コートへと沈む。

 同時に客席から湧き起こる、悲鳴にも近い大歓声。ただ客席の熱狂とは対称的に、勝者はフリッツを気遣ってか、拳を振り上げることすらなく、淡々とネット際へと歩みを進めた。道中、笑顔で客席にボールを高く打ち込む姿が、試合の終了を、すなわち、アルカラスの優勝を告げる。

 わずか2週間前にニューヨークで全米オープンを制し、男子テニスの世界1位に返り咲いたばかりの22歳が、初参戦のジャパンオープンで初優勝を成し遂げた。

 決勝の日も1万人近い観客が有明コロシアムを埋め尽くし、大会を通じ過去最高の12万人超えの総観客人数を動員した、今年のジャパンオープン。その吸引力は間違いなく、アルカラスだ。連日、彼の試合のみならず練習コートにも、凄まじい数のファンが詰め掛けた。恐らく、日頃はさほどテニスを見ない人々にも、“世界最強”の肩書きは強く訴えかけたはずだ。
  その人々の期待や予想を、アルカラスは超えていっただろう。唸り声と共に放つフォアハンドは、ボールが爆ぜるようなインパクト音のみで感嘆の声を誘う。かと思えば、直後にドロップショットを沈めて見せる。サーブ&ボレーでネットに詰めるスピードは速く、ボレーは技巧を極める。世界1位とはかくも強いのかと、観客を驚嘆させたはずだ。

 そしてそれは、ネットを挟む対戦相手にしても同様だ。決勝を戦ったフリッツは、過去アルカラスと4度対戦。直近は1週間前のレーバーカップで、その時はフリッツがストレートで快勝している。

 5度目の対戦となる今大会での決勝を控えた時、フリッツは、「過去の対戦の詳細は、ほぼ全て頭に入っている」と言った。その上で、「相手に反撃の機を与えぬほどに、攻め続けなければいけない」とのプランも明かしていた。

 果たして彼は、世界1位相手に策を実行していった。時速200キロを軽く超えていくサービスを軸に、両翼から強打をコーナーに打ち込んでいく。4度のブレークポイントに面するも、その全てを攻めの姿勢で切り抜けた。

 ただ互角に見える攻防の中でも、攻めるフリッツに少しずつ、耐えられない局面が見られ始める。焦りからか、攻めるタイミングが早い。一発で決めにいき、ミスになる。

 対するアルカラスには、スライスでペースを変え、守勢から一気に攻勢に出る余裕と、戦略的幅がある。並走状態で迎えた第9ゲーム、6度目のブレークポイントでフリッツのフォアが長くなり、ついにスコア上の均衡が崩れた。

 そして世界最強相手に、一度傾いた流れを堰き止める術は、なかなかない。第1セット終了と同時にフリッツが太ももの治療を受けた時、アルカラス優勢の色は一層濃くなる。
  第2セットはアルカラスが早々に2つのブレークを奪い、一時は5-1と大きくリード。フリッツもブレークを1つ返し意地を見せるが、趨勢を反転させるまでの余力はなかった。最終スコアは、6-4、6-4。王者が、王者たるゆえんを遺憾なく発揮しての戴冠だ。

 先の全米オープン決勝をアルカラスと戦い敗れたヤニック・シナーは、アルカラスの強さを「予測不能性」に求めた。豊富なショットバリエーションに依拠する創造性こそが、アルカラスを最強たらしめているという。

 フリッツも、そのシナーの見立てに、基本的には賛同する。

「カルロスは、とてつもなくパワフルで、同時に驚異のタッチの持ち主。ドロップショットも打てれば、ネットにも出られる。ポイントを取る手札が、幾つもある」

 そう説明した後で、「ただ僕にとって最も難しいのは......」と、世界5位は言葉を続けた。

「僕が攻めている時さえ、少しでもショットが甘くなると、一瞬で逆襲されウィナーを決められてしまうことだ。他の選手なら、多少甘くなっても、ニュートラルな状態からの打ち合いに戻されるだけ。でもカルロスが相手だと、完璧に近いショットを打たなければならないので、常にプレッシャーを感じる」

 第1セット終盤で、増えたミスショット。そして均衡が崩れたところから、一気に傾いた流れ。決勝戦の攻防が、そしてスコアラインが、フリッツの内面をそのまま映しているようだった。
  フリッツと握手を交わし、コート中央で優勝者の名乗りを受けたアルカラスが、ベンチに戻り真っ先にしたことは、シューズとソックスを脱ぎ、左足首に厳重に巻かれたテーピングを外すことだった。それは今大会の1回戦、開始わずか20分で痛めたケガの跡。結果的に強さを誇示した今大会は、思えば誰もが途中棄権かと危惧したアクシデントから始まっていた。

 振り返れば今季のアルカラスは、決して望むようなスタートを切ったわけではない。

「3月には大会で早期敗退も続き、精神的につらい時期もある」という。ただその中から再びモチベーションと「テニスを楽しむ心」を取り戻し、5月以降からこの東京まで、9大会連続決勝進出という驚異の快進撃を走ってきた。

「落ち込んだ状態から回復し、今また精神的に充実していることが、自分を何より誇りに感じること」

 優勝者はそう言い、胸を張った。

 優勝会見のテーブルに置かれたトロフィーを自らのスマホで撮影し、ウインクを残しインタビュールームを去った時から、約30分後――。翌日から始まる上海マスターズの欠場を、アルカラスは表明した。

 一度コートに立ったならば、いかなる状況でも全力を尽くす。自分も楽しむと同時に、見に来たファンをも楽しませ、熱狂させ、最後には笑顔にさせる。

 なぜ彼が、世界1位なのか。なぜ彼が、22歳にして早くも“史上最高候補者”と呼ばれるのか。

 その問いへの全ての解を、彼は有明コロシアムで示してみせた。

取材・文●内田暁

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配信元: THE DIGEST

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