二宮和也の怪演でも話題となった『8番出口』(25)、殺人マスコットたちによる恐怖を描く『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ2』(公開中)など、近年インディーホラーゲームの実写化が続いているが、本作も同様。原作ゲームを手掛けたのは、Z世代や配信者界隈を中心に絶大な人気を誇る気鋭のスタジオ「Chilla’s Art」(以下、「チラズアート」)で、普段ゲームをプレイしない人には聞きなじみがないかもしれないが、同スタジオが手掛ける作品群は一種のブランド化の様相も呈している。
そこで本稿では、ゲームライターとして多くのチラズアート作品に触れてきた筆者が、同スタジオの作品の魅力と、それらが「どう映画に落とし込まれ昇華されたのか?」を、ゲームと映画、2つの視点を交えながら解説していきたい。
■映画化に至ったインディーホラーゲーム「夜勤事件」とは?

2020年にPCゲームのダウンロード販売プラットフォーム「Steam」で発売された、現代日本を舞台にしたゲーム「夜勤事件」。とりわけ多くの実況者やVTuberがプレイしたことで広く認知され、実況動画の総再生数は6000万回を超える異例の大ヒットを記録している。
ストーリーは、古びたアパートで一人暮らしをする女子大生の田鶴結貴乃が、深夜のコンビニでアルバイトを始めるのだが、勤務中に奇妙な来客や不可解な怪現象を次々に体験する。プレイヤーは彼女を操作して業務をこなすなかで、孤立した空間に潜む“なにか”の謎を解き明かしていく。本作が多くのプレイヤーを惹きつけた最大の理由は、「日常のなかに潜む非日常的な恐怖」と「VHSテープのような低解像度の画質が生む不気味さと違和感」を非常に上手くゲーム体験に落とし込んでいる点にあるだろう。

より具体的に、以下の3つのポイントを挙げてみよう。
まず1つ目は、リアルな日常パートと怪異現象の落差からくる心理的恐怖を巧みに描写していることだ。先の通り、プレイヤーは実際にレジ打ちや品出し、廃棄処理といった日ごろの業務をこなす必要があるのだが、“深夜のコンビニ”という多くの人が訪れたことのある場所で不意に訪れる異変は、日常風景を一瞬にして非日常的空間に変え、「なにかが起きるのではないか」という心理的不安を抱かせる。一人称視点の没入感も相まって、その恐怖は倍増するのだ。
2つ目は、VHS風の画質で構築されたローポリゴンな世界観と、癖のある登場キャラによってもたらされる“不気味なプレイ感覚”だ。後述する「チラズらしさ」にもリンクする話だが、PS1時代を彷彿とさせる、低解像度でポリゴン数の少ないテクスチャは独特で不穏な雰囲気を描出しており、不鮮明だからこそ“なにかの気配”を感じてしまう怖さを生みだしている。また、挙動不審な先輩店員や怪しさ満点の客など、人間か怪異か判別がつかない、のっぺりとしたキャラ造形にドキッとする場面も多々あり、不気味なイメージを鮮烈に印象づける。

最後の3つ目は、ゲーム実況や配信コミュニティとの親和性の高さである。不気味な客や予想外のタイミングで起こる怪現象など、ゲーム中の数々のホラー演出はリアクションを取りやすく配信映えがよいため、VTuberやゲーム実況者たちがこぞってプレイした。また、短時間(約40分〜1時間)でクリアできるカジュアルさやマルチエンディング形式など、ストーリーの背景や謎について考察できる余白があることも、ユーザーにウケた理由の一つだ。
ともかく、これらの要素が欠けることなく組み合わさった結果、普段ホラーゲームを遊んだことのない層にまで「夜勤事件」の名が知られ、爆発的人気を獲得したといえるだろう。
■注目のゲームスタジオ「チラズアート」とは?
チラズアートが制作するゲームの特徴には、上記で触れたような要素のほかにも、少人数運営ならではの短期間での開発&リリースによる多作ぶり、低価格設定と動作環境の軽さ、カジュアルに遊べるプレイ時間など、様々なポイントを備えている。ここからは、いくつかの人気タイトルをピックアップして、スタジオ作品の持つ魅力についてさらに深掘りしてみたい。
まずは、初期作品のなかから2019年発売の「赤マント」、「犬鳴トンネル」を紹介しよう。「赤マント」は、白い仮面を着けた怪人“赤マント”にまつわる都市伝説をモチーフにした和風のサバイバルホラーゲーム。チラズ作品の顔ともいえる、あえて画質を粗くしたローポリグラフィックが採用されており、独特の不気味さが味わえる。また、深夜の学校を舞台にした探索は、アイテムの所持数やセーブ回数の制限などにより難易度が高く、怪人にいつ遭遇するかわからない予期せぬ恐怖を描きだしている。
「犬鳴トンネル」は、福岡県に実在する心霊スポット「旧犬鳴トンネル」を舞台にしたホラーゲーム。当地を忠実に再現した圧倒的な臨場感と、おなじみのVHSフィルタによるザラついた映像により、実際に現地を訪れているかのような没入感が得られる初期の傑作だ。
雰囲気を重視したいわゆるウォーキングシミュレーターであるものの、適度な謎解きやアイテム探索、プレイの仕方で変化するマルチエンディングなど、リプレイ性が高いのも魅力の一つ。スタジオの初期作品に共通するのは、レトロかつ不気味なビジュアルスタイルの確立、ゲーム性の高いサバイバルホラーへの傾向など、よりクラシックなホラーゲームのおもしろさを追求していることだ。加えて、日本の都市伝説や怪談的な要素が取り入れられており、現実とフィクションが混ざり合う独特の世界観が体験できるのも特徴として挙げられる。
次は2022〜2023年に発売された、スタジオ転換期の作品を見ていこう。「閉店事件」は、カフェの閉店作業中に忍び寄る“人間”の恐怖を描いたサイコホラーで、幽霊や怪物ではなく、現実に起こりうるストーカー被害をテーマにしているのが最大の特徴だ。ホラーゲームでありながら、カフェ店員として接客から店内の清掃などをこなす必要があり、本格的なジョブシミュレーター要素が盛り込まれているのも初期作品にはなかったポイントだろう。

続いて「地獄銭湯」は、懐かしい昭和レトロな銭湯を舞台に、ジャパニーズホラーらしいじわじわと忍び寄る恐怖を描いた作品だ。チラズアート特有のVHS風のグラフィック、いつなにが起きるかわからない心理的なプレッシャー、そしてリアルな業務シミュレーション要素が詰まった一本だ。バグの多さなどで一度販売停止となったが、のちに不具合やゲームメカニクスを全面的に修正したリメイク版がリリースされた。

「夜間警備」は、数ある同スタジオ作品のなかでも過去最恐と評しても過言ではないほど、恐怖演出が最も研ぎ澄まされた作品だ。たとえば、舞台である静まり返った深夜のオフィスビルをプレイヤーは1人で巡回するのだが、常に“誰か”の気配を感じる背後への不安と、リアルに設計された足音や環境音からくる緊張感など、極限の恐怖を体験できるだろう。もちろんこれまでの作品同様、警備業務をこなす日常パートや、物語に隠された考察要素も作り込まれた名作である。

そして「誘拐事件」は、小学3年生の男の子を主人公に、身近に潜む人間の狂気と家庭の闇を描いたサイコロジカルホラーで、ネグレクトや育児放棄といった現実味のあるテーマを題材にした重たいゲームとしても知られている。
この時期に共通するのは、従来のVHSフィルタによる映像表現や理不尽さの恐怖などチラズアートらしさは維持しつつ、現代社会の闇をより濃く反映した“ヒトコワ”的なサイコホラーにフォーカスしていることがわかる。

最後は2024年以降に発売された直近の作品を紹介しよう。「新幹線0号」は、ヒット作「8番出口」にインスパイアされた“異変探し”と、チラズアート独自の心理的ホラーが融合した稀有な作品。プレイヤーは、新幹線の車両を歩き、間違い(異変)を見つける“8番ライク”なウォーキングシミュレーターを体験できるが、単なる異変探しに留まらず、追いかけてくる幽霊や、ミスを重ねることで発生するジャンプスケアなど、パズルとホラーのバランスが絶妙な意欲作だった。

2026年リリースの最新作「ウミガリ」は、霧深い日本海を舞台にした“一人称銛(もり)漁ホラー”だ。自ら銛を構えて魚を仕留める「スピアフィッシング」がゲームプレイの核となり、獲った魚を換金し、燃料の購入や船のアップグレード(速度、照明、装備)などに充て、探索範囲を広げていく成長システムを実装している。また、霧に包まれた大海原に潜む巨大生物、奇妙な魚人のような異形に対する生理的な気味の悪さが強調されており、先の見えない不穏な海洋ホラーの世界観を、チラズアート史上最もリアルで精緻なグラフィックで描いている点も魅力だ。これまでの作品とは異なる、一風変わった方向性のタイトルとして期待値も高い。
足早にチラズアート作品の時系列を追ってみたが、筆者が考えるスタジオ特有の魅力とは、一貫して「不条理さ」「理不尽さ」を恐怖の本質として捉えていることだ。どの作品にせよ、主人公は日常から非日常的状況に追い込まれていき、一個人では抗えない事態になる。

その本質は、ゲームというフィクションだけでなく現実世界においても、突発的に巻き込まれる事故や事件、個人的な悩みや挫折など、生きている限り付き纏う“闇”の部分として当てはまるだろう。そうした恐れを巧みにパッケージしたからこそ、チラズアートの作品は多くのユーザーから特別な共感と支持を集めたのではないかと思う。
■ゲーム「夜勤事件」は、映画にどう落とし込まれているのか

話題を戻して、今度は映画『夜勤事件』にゲームの魅力はどう反映されたのかをテーマに、原作パートとオリジナルパートを比較して、抑えるべき映画の見どころを解説したい。極力ネタバレは避けようと思うので安心してほしい。
まず筆者が映画を観て最も驚嘆したのが、その圧倒的な“再現度”と原作へのリスペクトである。例えば、主人公の結貴乃(南)が自身の住むアパートメントから勤務先のコンビニへ向かう冒頭のシーンでは、主観的な“一人称視点”の手法を使っている。これは、原作に準拠した演出であり、ゲームファンは思わず「あのシーンだ!」と歓喜するだろうし、ホラー映画好きには「なにかが起きそう」と思わせるには十分な、すばらしいツカミだった。
映画全編を通して、ゲーム的な一人称視点とシネマティックなカメラワークの切り替えが滑らかなになされており、恐怖への没入感がより増した映像になっていたと感じる。

また、『夜勤事件』のハイライトの一つとなるのが、勤務先の店員をはじめとする個性的な登場人物たちだ。まず、関演じる船橋という先輩店員は、不意に怪談話をして怖がらせたり、ロッカーの中から突然飛びだして驚かせたりといった奇妙な言動が目立つ、結貴乃に密かな想いを寄せるストーカー気質の人物。
ほかにも、コンビニへ“あるモノ”を届ける配達員や謎の老婆など、原作そのままに再現された不気味な人物像は一見の価値がある。物語を動かすキーパーソンの刑事、猿渡(竹財)、ホームレスの松浦(五頭)といったオリジナルキャラクターも映画に深みを与えており、原作をうまく補完していた。

ゲーム的な演出でいえば、徹底的に再現された“怪異”へのアプローチも見逃せない。特に、深夜のコンビニ勤務という日常パートは原作を見事に再現しており、ふとした来客時のチャイム音がとてつもなく不気味だった。中盤〜後半にかけて怪異は激しさを増していくが、その演出や見せ方、役者の演技もすばらしいもので、ともすればゲームを超える恐怖がスクリーンに映しだされていた。
さらに注目すべきは、往年のJホラーの影響も感じさせる「シナリオの拡張と再構築」にある。原作では、プレイヤーの勤務日数が進むにつれて、より不可解な怪異と謎が迫ってくる構成なのだが、映画でも基本的にそのフォーマットを踏襲している。ただし、ゲームではおぼろげにしか事件の全体像は明かされないため、やきもきさせられた。
映画では、原作に忠実ながらも大胆な肉付けをしてシナリオを拡張させており、腑に落ちるものに生まれ変わっていた印象だ。詳しくは話せないが、物語に仕掛けられた巧妙な展開、アッと驚くような結末は、「リング」や『らせん』(98)など往年のJホラーの匂いも漂わせており、上質なホラームービーに仕立てられていた。
■チラズの恐怖はどこまで伝播するのか――スタジオへの期待

記念すべき初映像化作品である『夜勤事件』は、原作ゲームファンをも唸らすすばらしい出来栄えだった。ぜひとも“新たな物語”として再構築された恐怖をスクリーンで体験してほしい。そしてゆくゆくは、第2弾、第3弾と映画化が続いていくかもしれない。なぜなら、チラズアートにはまだまだユニークでパワフルな作品が数多くあるからだ。もしも実現すれば、いちファンとしてはうれしい限りである。
文/井上敬文(DOOMKID)
