「反省文を書かせることが目的化している可能性を心配します」
いっぽう、「反省文」という指導方法については「形式的になりやすい」といった声もある。
一般社団法人ライフ&ワーク代表理事でOCC教育テック大学院大学教授の妹尾昌俊氏は次のように指摘する。
「反省文を書かせるに至った経緯や事案の詳細にもよるので、一概にどうこう言えるものではありませんが、反省文を書かせることが目的化している可能性を心配します。
生徒が悪いことをしたと反省しているというカタチにするために、本当は生徒が納得していないのに反省文を提出させることで問題解決としているのなら、それで抜本的な解決手段となるのか、疑問です。
また、反省文を書かせること、手段が目的化することもあって、一部の事案では、何枚も書かせて生徒を追い詰めることなども報道されています。これでは、なんのための反省文なのか、生徒指導と言えるのか、疑わしいと思います。
反省文というかどうかは別として、文章を書くことで、振り返りや自分に向き合うことになることはあるとは思います。
ですが、中学、高校等で行なわれている反省文で、果たしてそのようなものになっているのかどうか、手段が目的化していないか、見つめ直す必要がありそうだなと思っています」
近年、教育やビジネスの現場では、「反省」とは異なる「リフレクション(振り返り、内省)」という考え方が少しずつ広がっている。「生徒指導提要」でも、いじめや暴力行為については「児童生徒の反省だけでは再発防止力は弱い」と明記されている。
学校現場での「反省文」の在り方は、今後も検討が続きそうだ。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

