
相手の話が何となく怪しい……。
浮気を疑ったり、遅刻の言い訳など、話しの嘘を疑うとき、私たちは無意識に相手の視線の揺れや、そわそわとしたしぐさを探してしまいがちです。
しかし、実はこうした「不審な仕草」から嘘を見抜くことは、心理学の世界では非常に困難であるとされています。
実際、過去50年間にわたる膨大な研究データを分析すると、人が嘘を正しく見抜ける確率は平均して54%ほど、つまりコイン投げの的中率と大差ないという結果が出ているのです。
では、嘘を暴くためのより効果的な手がかりはどこにあるのでしょうか。
イギリスのポーツマス大学(University of Portsmouth)のアルダート・フレイ(Aldert Vrij)教授らは、従来の「緊張や不安」といった嘘をつく際の感情に注目する手法に代わり、嘘をつく際の「脳の負担」に着目したアプローチを提唱しました。
彼らが目指したのは、嘘つきの頭の中を「キャパシティオーバー」の状態に追い込むことで、隠しきれない不自然さを引き出すという戦略です。
その具体的な手法の一つとして検討されたのが、出来事を「時系列の逆順」で話してもらうという、脳の認知負荷を利用したものでした。
目次
- 嘘をつく脳を「ビジー状態」にする戦略とは
- 警察官も驚いた、逆順の効果を確かめる実験
嘘をつく脳を「ビジー状態」にする戦略とは
研究者たちが問題視したのは、一般に信じられがちな「嘘は態度に出る」という考え方が、研究データでは当てになりにくい点です。
嘘をついていない人でも、疑われれば緊張しますし、過去の出来事を思い出しながら説明するだけでもかなり頭を使うからです。
つまり、話をする態度や仕草に着目しても、「嘘のせい」なのか「状況のせい」なのかを見分けにくいのです。
そこで研究者たちは、相手に余計な課題を課して、嘘をつくときの負担を意図的に増やし、嘘を維持しにくくするという方法を試すことにしました。
心理学では、この脳にかかる負担のことを認知負荷(Cognitive Load)と呼びます。
人は本当のことを話すときは、基本的には体験を思い出して説明するのが中心ですが、嘘をつくときは非常に複雑な複数の作業を同時にこなさなければなりません。
嘘をついている人の脳内では、まず「矛盾のない物語」をその場で作り上げる作業が行われます。
それと同時に、自分の話が相手の知っている事実と食い違っていないかを常にチェックしなければなりません。
さらに、自分が疑われていないか相手の反応をうかがい、なおかつ「いかにも潔白であるかのような態度」を演じ続ける必要があります。
このように、嘘つきの脳は複数のタスクが重なった、言わば「情報の渋滞」が起きている状態なのです。
そこで研究者たちが注目したのが「逆順で話してもらう」という方法です。
記憶を頼りに話をする場合、時系列通りに話しても、時系列を逆に辿って話してもさほど難しいことではありません。
しかし、あらかじめ創作した嘘のシナリオや、その場の取り繕いでついた嘘などは、あえて最後から最初へとさかのぼる逆順(Reverse order)で話すことは非常に難しく、記憶を頼りに話す場合より脳の処理能力ははるかに高くなります。
すでに「嘘を維持する」ことで脳がいっぱいになっている嘘つきにとっては、この追加の負担は致命的なミスを生む要因となります。
警察官も驚いた、逆順の効果を確かめる実験
では、実際に「逆から話してもらう」ことで、どれほど正確に嘘を見抜けるようになるのでしょうか。
この疑問を検証するために、ポーツマス大学で行われた興味深い実験があります。
研究チームは80名の学生を対象に、ある特定のイベントに参加した後にその内容を証言してもらうという設定を用意しました。
このうち半数の学生には「財布からお金を盗む」という役割を与え、面接ではその事実を隠して嘘をつくように指示しました。
一方、残りの半数は、実際に体験したことをそのまま話すよう指示しました。
そしてこの嘘と真実を話すグループを、さらにそれぞれ2つのグループに分け、片方には出来事を順序通り、もう一方には出来事を逆順に話してもらいました。
この面接の様子を録画し、55名の警察官に「誰が嘘をついているか」を判定してもらうというテストを行ったのです。
すると、出来事を起きた順番に話してもらった場合、警察官が嘘を正しく見抜ける確率はわずか42%でした。
これは、勘で当てるよりも低い数値であり、プロの捜査官であっても、通常の会話から嘘を見抜くことがいかに難しいかを物語っています。
ところが、話す順番を「逆からにしてください」と指示したグループの映像を見せると、嘘を見抜ける確率は60%にまで上昇したのです。
なぜ、このような差が出たのでしょうか。
それは、逆順で嘘をついている人は、正直に話している人に比べて、隠しきれない変化が現れたからです。
分析の結果、逆順で嘘をついている人は、正直に話している人に比べて、話すスピードが明らかに遅くなることがわかりました。
また、言葉に詰まったり、「えーと」といった言い淀みが増えたりする傾向も確認されています。
面白いことに、脚が落ち着かなくなったり、まばたきが増えたりといった、緊張感を示すサインもより顕著に現れました。
これは脳が『時系列を逆にして嘘をつく』という難題を処理するのに手一杯になり、自分の体や言葉を制御しきれなくなった結果、不自然なサインが増えたと考えられます。
とはいえ、それでも確率は60%なので、逆順に話させるというのが嘘を見抜く万能の方法というわけではありません。それでも普通に話してもらうより、この方法が嘘を見抜ける可能性は高くなります。
もし今後、パートナーの浮気を疑ったり、同僚の言い訳を疑ったりすることがあった場合は、試しに「時系列を逆にして何があったか話して」、と聞いてみると良いかも知れません。
元論文
Outsmarting the Liars: Toward a Cognitive Lie Detection Approach
https://doi.org/10.1177/0963721410391245
Increasing cognitive load to facilitate lie detection: the benefit of recalling an event in reverse order
https://doi.org/10.1007/s10979-007-9103-y
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部

