
ADHD(注意欠如・多動症)は、集中を保つことや衝動を抑えることが難しく、段取りを立てるなどの「実行機能(executive function)」が低いため、社会的な困難が強調されることよくあります。
しかし一方で、ADHDは「発想が広がりやすい」「思いがけない組み合わせを思いつく」といった、創造性の面で優れた才能があるという指摘もされています。
この話題でよく聞くのが、スティーブ・ジョブズはADHDだったというものです。実際ジョブズがADHDの診断を受けたという記録は見当たりませんが、それを匂わせる逸話は多く、ADHDは実は天才肌という説の実例のように語られています。
ただ、人の創造性を正しく評価して測定することは難しく、この問題については結論は出ていません。
そんな中、米国のドレクセル大学(Drexel University)の心理学者ハンナ・マイサノ(Hannah Maisano)氏ら研究チームは、課題問題の解き方に注目し、筋道を立てて考えているのか、ひらめきで解いているのかを分けて分析するという新しい調査を行いました。
その結果、ADHDの特性は創造的な問題解決において強力な武器になり得ることが示唆されたというのです。
さらに興味深い発見は、ADHD傾向が「高い人」と「低い人」の両方が課題解決に高いパフォーマンスを示した一方で、「中程度の人」が最も成績が低かったという事実です。
この研究の詳細は、2026年1月15日に付けで学術誌『Personality and Individual Differences』に掲載されています。
目次
- ADHDは創造性が高いのか?
- なぜADHD傾向が高いと「ひらめき」が起きるのか?
- 「優劣」ではなく「思考ルート」の違い
ADHDは創造性が高いのか?
「ADHDの特性は創造性と関係するのだろうか」という疑問は以前から研究者の関心を集め、さまざまな実験で確かめられてきました。
ただし、これまで創造性の研究においてADHDとの関連性は「一貫性がない(弱い)」とされてきました 。
理由の一つは、「創造性」をどう定義し、どう測るかが非常に難しい問題であるという点にあります。
研究チームはこの原因について、既存研究の多くが課題に対して「どれだけ解けたか」という結果に比重を置き、「どのように解いたか」という過程を十分に分析していなかった点に問題があるのではないかと考えました。
創造的な問題解決には、手がかりを順に検討して積み上げる分析(analysis)と、答えがまとまって意識に上がるひらめき(insight)の少なくとも二つの道筋があると考えられています。
ひらめき(insight)とは、解に至る過程を段階的にたどったという自覚が薄いまま、答えが突然意識に浮かぶ体験を指します。
一方の分析(analysis)は、情報を意識的に組み替えたり候補を試したりしながら、非自明な答えに近づく解き方です。
もしADHDの特性が「正解数」そのものよりも、「ひらめき寄りか分析寄りか」という配分に影響するなら、正解数だけを見る研究では関係が見えにくくなる可能性があります。
研究チームは、これが「結果の一貫性のなさ」の一因になっているのではないかと考えたのです。
「分析」の健常者、「ひらめき」のADHD
研究チームが使ったのは、言葉のパズル型の課題です。
大学生301名を対象に、遠隔連想課題(Compound Remote Associates Task; CRA)と呼ばれる言語パズルのテストを行いました。
これは、一見無関係に見える3つの単語(例えば「紙・本・袋」)から、共通してつながる1つの単語(正解は「手」 → 手紙、手本、手袋)を導き出すという、創造性を測る古典的なテストです 。クイズ番組などで見たことがある人も多いかもしれません。
そしてこの実験で研究チームが工夫したのが、正解だけでなく「解き方」もセットで答えてもらった点です。
参加者は、答えが分かった瞬間にキーを押してから答えを入力しました。
その直後に、解き方がひらめき(insight)だったのか分析(analysis)だったのかを選び、問題ごとに記録しました。
つまり研究チームは、同じ課題で「ひらめきで解いた正解」と「分析で解いた正解」を分けて数えられるようにしたのです。
参加者のADHDの傾向は、世界保健機関(World Health Organization)が用いる成人ADHD自己記入式尺度(Adult ADHD Self-Report Scale)で測定されました。(今回の実験では参加者301人中161人(約50%超)が、ASRSで閾値を超えた(診断可能性あり)だった)
その結果、ADHD傾向の強さ(ASRSスコア)によって、問題解決のスタイルが明確に分かれることが判明しました。
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ADHD傾向が低いグループ: 論理的・分析的なアプローチ(Analysis)を多用するか、バランスの取れた手法をとる傾向
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ADHD傾向が高いグループ: 分析的な手法よりも、「ひらめき(Insight)」によって正解にたどり着く頻度が有意に高い傾向
つまり、同じ正解にたどり着いても、そこまでの道筋がADHD傾向によって偏りやすい可能性が示されたのです。
なぜADHD傾向が高いと「ひらめき」が起きるのか?
研究者たちは、この結果がADHDに関連する「注意力散漫」に関連すると考えています。通常、脳の実行機能(Executive Function)は、無関係な情報を遮断して目の前のタスクに集中させようとします。
しかし、ADHD傾向が高い脳ではこの抑制機能が弱いため、意識が拡散しやすく、結果として遠く離れた記憶やアイデア同士が結びつきやすくなっていた可能性があるのです。
これが「アハ体験」を生む土壌になっていたのです。
そして、さらに興味深い発見が、ADHD傾向が中程度の位置にある人たちの結果でした。
衝撃の「U字型」曲線: ADHD傾向が”中間の人” の陥る罠
この研究で最も注目すべき発見は、「ADHD傾向と正答数の関係」です。
データを分析したところ、ADHD傾向が「最も低いグループ」と「最も高いグループ」は、どちらも同程度に高い正答数(パフォーマンス)を記録しました。
しかし、その中間に位置する「ADHD傾向が中程度のグループ」は、正答数が有意に低いという結果が出ました。グラフにすると、両端が高く、中央が低くなる「U字型」の曲線を描いたのです。
なぜ「中間層」のパフォーマンスが落ちるのか?
研究チームは、この現象を「認知スタイルの競合(Trade-off)」として説明しています。
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低いADHD傾向(高い実行機能): 高い集中力とワーキングメモリを使い、「分析」によって正解にたどり着ける。
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高いADHD傾向(低い実行機能): 注意の拡散を利用し、「ひらめき」でショートカットして正解できる。
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中程度のADHD傾向: 実行機能が中途半端であるため、分析的に解き切るには集中力が足りず、かといって「ひらめき」に全振りできるほど脳のガードも緩くない。結果として「分析もひらめきも中途半端」になり、全体のパフォーマンスが低下してしまう。
今回の実験はADHDの診断を正確に行ったわけではなく、症状の強さを連続的に測る指標を用いて分類しています。
そのため正確な医学的判断で述べられているわけではありませんが、低いADHD傾向は主に定型発達者に近い人たち、高いADHD傾向は診断の可能性が高い人達と考えられます。
そのため中間層の人たちは、弱いADHD症状が見られる人たち、傾向はあるが診断までには至らない人たちと捉えられるかも知れません。
研究結果はこの、中間層の人たちが問題解決においてはもっとも困難が多い可能性を示唆しています。

