
野生動物の密猟・密売は世界中で大きな問題となってきました。
ライオンの爪や歯などの体の一部も国際的に取引されており、取り締まりは常にいたちごっこが続いています。
そんな中、ジンバブエで起きたある事件が歴史を変えました。
押収された動物の部位をDNA鑑定し、「特定の1頭を違法に殺した証拠」として法廷で立証することに成功。
密猟者に有罪判決が下されたのです。
単一個体のライオンのDNAが決定打となった、世界初の事例でした。
目次
- 当局が追跡していたライオンが何者かに殺害される
- ライオンのDNA鑑定により「殺害された個体」だと判明、有罪判決へ
当局が追跡していたライオンが何者かに殺害される
野生のライオンたちの貴重な命が狙われています。
2026年の論文では、ライオン(Panthera leo)が取引目的で狙われる「密猟」の脅威にさらされている、と報告されています。
これは従来の生息地喪失や獲物動物の減少とは異なり、市場の需要に基づいて計画的に殺害されるタイプの脅威です。
ライオンの爪や歯、骨などの部位は、アフリカ国内の文化的な装飾品として、またアジア市場の伝統医療向けの材料としても取引されています。
論文は、この取引が過小評価されており、国際的な組織犯罪の影響を受けやすいと指摘。
このまま十分な対策が取られなければ、ライオンが大きく数を減らし、国や地域によっては姿を消してしまう危険すらあると警鐘を鳴らしています。
こうした背景の中で起きたのが、ジンバブエのワンゲ国立公園での事件でした。
2024年5月、当局が追跡していたオスのライオンの無線首輪(radio collar)の信号が突然停止しました。
このライオンは研究と保全の目的で追跡されており、過去に血液サンプルも採取され、DNAデータが保存されていました。
首輪の停止は、自然死や機器の故障の可能性もありますが、密猟の疑いも否定できません。
そこで捜査員は最後に発信された位置へ向かいました。
現場で見つかったのは、ワイヤー製の罠と、そこに付着したライオンの毛でした。
これは違法な捕獲であり、意図的な殺害を示唆します。
しかしこの時点では、あくまで状況証拠にすぎません。
そのため捜査は続き、近隣の村で2人の男性が事情聴取を受けます。
そこで発見されたのは、肉の入った袋3袋、ライオンの爪16本、歯4本でした。
ただし、ここでも大きな壁が立ちはだかります。
ジンバブエでは、ライオンの部位を所持しているだけでは必ずしも犯罪にはなりません。
自然死した個体の部位や、古くから伝わる装飾品だと説明する余地があるからです。
過去の裁判でも、この点が有罪立証の障害となってきました。
それでも今回、この膠着状態を打ち破ったのがDNAプロファイリングでした。
ライオンのDNA鑑定により「殺害された個体」だと判明、有罪判決へ
DNA分析を行ったのはVictoria Falls Wildlife Trustの研究所です。
研究チームは押収された爪や歯、肉片からDNAを抽出し、完全なDNAプロファイルを作成しました。
次に、そのデータを、過去に採取されていた首輪付きライオンの血液サンプルのDNAと照合しました。
結果は完全一致でした。
これは単に「ライオンの部位」であることを示したのではありません。
「罠で違法に殺された、あの特定の1頭の部位」であることを科学的に証明したのです。
殺害からわずか10日以内にDNA証拠は法廷で提示され、2人の被告は有罪を認めました。
判決はそれぞれ24か月の禁固刑でした。
単一個体のライオンのDNA鑑定を決定的証拠として有罪判決が下されたのは、これが世界で初めてとされています。
この成功は単なる偶然ではありません。
Victoria Falls Wildlife Trustは過去8年間にわたり、ジンバブエ国内のライオンDNAデータベースを構築してきました。
以前は「これはライオンの一部かどうか」といった種レベルの特定までしかできませんでしたが、今では「どのライオンなのか」という個体レベルで特定できる段階に到達していたのです。
また、野生動物犯罪対策団体のTRAFFICや、法科学の活用を推進するTRACEも、訓練や技術支援を通じてこの取り組みを支えてきました。
科学、資金、訓練、法制度整備が重なって初めて可能になった判決だったと言えます。
野生動物犯罪はこれまで、「証拠があっても立証できない」という壁に阻まれてきました。
しかし今回、ライオン1頭のDNAと科学の力が、その壁に風穴を開けたのです。
参考文献
For The First Time Ever, DNA Forensics Secures Criminal Conviction For Killing And Trafficking A Lion
https://www.iflscience.com/for-the-first-time-ever-dna-forensics-secures-criminal-conviction-for-killing-and-trafficking-a-lion-82629
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

