
「人間の寿命はもう頭打ちなのではないか」
ここ数年、そんな声を耳にする機会が増えました。
確かに、先進国では平均寿命の伸びが鈍化している国もあります。そのため「人間には生物学的な寿命の天井があるのではないか」という議論も活発です。
しかし、ドイツ連邦人口研究所(BiB)による大規模研究は、少し違う景色を見せています。
研究チームは、1992年から2019年までの約30年間にわたり、西ヨーロッパ13カ国・450地域、約4億人分の死亡統計データを分析。
その結果、人類の寿命はまだ限界に達していない可能性が高いことが示唆されました。
研究の詳細は2026年1月24日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。
目次
- 長寿の“優等生”地域は今も伸び続けている
- 問題は「限界」ではなく「格差」だった
長寿の“優等生”地域は今も伸び続けている
チームは、国全体の平均値ではなく、地域ごとの詳細なデータに注目しました。
その理由は明確です。国の平均寿命の裏には、地域ごとの大きな差が隠れているからです。
分析の結果、北イタリア、スイス、スペインの一部地域、そしてフランスのパリ周辺など、いわば「寿命の優等生」と呼べる地域では、現在も安定した寿命延伸が続いていることが分かりました。
具体的には、男性で年間約2.5カ月、女性で約1.5カ月ずつ平均寿命が伸びています。
このペースは、過去数十年とほぼ同じ水準です。2019年時点で、これらの地域では男性83歳、女性87歳に達しています。
もし本当に「生物学的な限界」に近づいているのなら、こうした地域でも伸びが急激に鈍化しているはずです。
しかし、その兆候は見られませんでした。
つまり、少なくとも一部の地域では、寿命延伸のエンジンはまだ止まっていないのです。
問題は「限界」ではなく「格差」だった
一方で、すべての地域が順調というわけではありません。
1990年代から2000年代前半にかけては、寿命の短かった地域ほど急速に改善し、ヨーロッパ全体で格差は縮小していきました。
しかし2005年前後を境に、その流れは止まります。
東ドイツ、ベルギーのワロン地域、イギリスの一部などでは寿命の伸びが大きく減速し、ほぼ停滞しました。ヨーロッパは「伸び続ける地域」と「停滞する地域」に分かれ始めたのです。
研究が特に注目したのは、55〜74歳の死亡率でした。
乳児死亡率は低いままで、高齢層の死亡率も全体としては改善を続けています。しかし、55〜74歳、とくに65歳前後の死亡率の低下が鈍化し、一部地域では再上昇しています。
この年代は死亡数が多いため、ここでの停滞は全体の平均寿命を強く押し下げます。
要因として考えられるのは、喫煙や飲酒、栄養バランスの乱れ、運動不足といった生活習慣です。
また、2008年の経済危機は地域差を拡大させました。経済的に打撃を受けた地域では健康状態が悪化する一方、高度な雇用が集中する地域では改善が続きました。
つまり、寿命の伸びが鈍化している背景には「人類の生物学的限界」よりも、社会的・経済的要因が色濃く関わっている可能性が高いのです。
問われているのは「どこまで」より「誰が」
この研究が示したメッセージは二重です。
第一に、人間の寿命はまだ伸びる余地があるということです。少なくとも一部地域では、その証拠がはっきりと存在します。
第二に、その恩恵は均等ではないということです。
現在のヨーロッパは、寿命を押し上げ続ける地域と、停滞する地域に分かれつつあります。
これから問われるのは、「人類は何歳まで生きられるのか」という問いだけではありません。
「どの地域の人々が、その延び続ける寿命を享受できるのか」という問いです。
寿命の未来は、細胞の限界よりも、社会のあり方にかかっているのかもしれません。
参考文献
‘The limits of human longevity have still not been reached,’ study suggests
https://www.livescience.com/health/aging/the-limits-of-human-longevity-have-still-not-been-reached-study-suggests
元論文
Potential and challenges for sustainable progress in human longevity
https://doi.org/10.1038/s41467-026-68828-z
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

