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プレミア654試合の新記録。プロ24年目で偉業達成。30キロのダンベルを交互に持ち上げて汗を流す。ミルナーが40歳まで現役を続けている理由が垣間見えた【現地発】

プレミア654試合の新記録。プロ24年目で偉業達成。30キロのダンベルを交互に持ち上げて汗を流す。ミルナーが40歳まで現役を続けている理由が垣間見えた【現地発】


 ブライトンに所属するMFジェームズ・ミルナーが、プレミアリーグ出場数の新記録を打ち立てた。

 これまでの記録は、アストン・ビラやマンチェスター・シティで活躍したギャレス・バリーの653試合。ミルナーは2月11日に行なわれたビラ戦でその記録に並び、さらに同21日のブレントフォード戦で試合出場数を「654試合」に伸ばした。新記録を築き、プレミア出場記録で単独首位に立った。

 記録達成後、ミルナーは言う。

「最近の試合で、まだピッチ上で貢献できることを証明できたと思う。試合であろうとトレーニングであろうと、毎日ベストを尽くしたいという意欲とハングリー精神のおかげだ」

 1986年生まれで、今年1月で40歳になったミルナーは、プロとして今季24年目。地道にコツコツと出場記録を伸ばしてきた。プロデビューは2002年の11月。日本を熱狂の渦に巻き込んだ日韓W杯が行なわれた年で、遠い昔の出来事だ。

 現在チームメイトの三笘薫にいたっては当時5歳。若手の多いブライトンでは、カルロス・バレバやヤンクバ・ミンテ(いずれも2004年生まれ)のように、まだ生まれていない選手も少なくない。

 そんなミルナーの経歴を紐解くと、やはりマラソンのように長い道を走ってきたことが分かる。2002年にリーズでデビューし、ニューカッスル、ビラ、マンチェスター・C、リバプール、そしてブライトンと、数々のクラブを渡り歩いてきた。

 マンチェスター・Cで2度のプレミア優勝を経験し、リバプールでも国内制覇が1回。リバプールではCLの頂点に立った。またイングランド代表の一員として、2010年と2014年のW杯にも参戦した。
 
 デビュー年には、様々な最年少記録を打ち立てた。

 プレミアデビューは2002年11月のウェストハム戦。試合終了の6分前にピッチに入り、当時プレミアでは史上2番目に若い「16歳309日」でデビューを飾った。さらに同年12月のサンダーランド戦で初ゴールを記録。「16歳356日」でのゴールは、当時の最年少記録である。

 そしてリーズでデビューしてから2年目。所属先のリーズが経営難に陥り(※2007年に事実上の破産)、ミルナーを含めた主力選手は移籍を余儀なくされた。当時リーズの会長だったジェラルド・クラスナーは、ミルナーを「リーズの未来」と位置づけ、慰留に尽力したが、最終的に彼を移籍金500万ポンドでニューカッスルに売却した。ニューカッスルでのポジションは、リーズ時代に続いてウイング。ここで5年在籍し、94試合に出場した。

 さらに2008年には、ビラに完全移籍した。当地では自らの希望でセントラルMFにポジションを移し、後にミルナーの代名詞となる「万能性」の礎を築いた。

 分岐点となったのが2010年の決断だ。

 ミルナーに熱視線を送ったのが、2つのビッグクラブだった。ひとつは、カルロ・アンチェロッティ政権下でプレミアリーグとFAカップの二冠を達成したばかりのチェルシー。もうひとつは、UAEアブダビの大富豪、シェイク・マンスールが買収したばかりのマンチェスター・Cだった。

 最終的に、ミルナーはマンチェスター・Cを選んだ。ロベルト・マンチーニとマヌエル・ペジェグリーニの両監督下で多才な能力を発揮し、セントラルMFやウイングなど様々なポジションでプレー。プレミアリーグ2回、FAカップ1回の主要タイトル獲得に貢献した。
 
 ミルナーの挑戦はまだまだ続く。マンチェスター・Cとの契約満了に伴い、2015年にリバプールに移籍。ここでCL、FAカップ、リーグ杯と次々と栄冠を掴んだ。しかし情熱が災いし、ユルゲン・クロップ監督を怒らせたこともあったという。ミルナーは明かす。

「ハーフタイムに、ディスカッションが熱を帯びた。自分の意見を述べていたら、ユルゲンが両手をテーブルに激しく叩きつけた。『お願いだ、黙ってくれ』と。あの出来事は今でも覚えている。ただ、ユルゲンは素晴らしい人。彼とは素晴らしい関係を築かせてもらった」

 そして、2023年にリバプールを退団。トップリーグでのキャリアを伸ばすためにブライトンのオファーを受け入れ、英国南部の海沿いの街で、現在プロキャリア24年目のシーズンを戦っている。

 40歳になった今も、ミルナーはトレーニングでは誰よりも長く走る。食事、睡眠、リカバリー、体脂肪率の管理。若手時代から変わらぬ自己管理は、リバプール時代のフィットネステストで若手を上回る数値を出した逸話に表われている。彼が今も気にしているのは通算出場試合数ではなく、毎試合の「高強度ラン」や「スプリントの回数」だ。

 またミルナーには、友人思いの一面もある。

 今季8月のマンチェスター・C戦ではPKで得点を決め、国内リーグで6年ぶりの得点。プレミア史上2番目に高い高齢得点者となったその瞬間、ミルナーはゲームコントローラーで興じる独特のセレブレーションを披露した。

 これは、昨夏に交通事故で亡くなったリバプール時代のチームメイト、ディオゴ・ジョッタに捧げたもの。今季から新たに着用している「背番号20」も同じ理由で選んだ。試合後、ミルナーは「私は6年もの間、プレミアリーグでゴールがなかった。偉大な男、ジョッタが助けてくれたと思っている」と感情をにじませた。その姿には情に厚いミルナーの素顔が表われていた。
 
 筆者は、ミルナーの姿に感銘を受けたことがある。今年1月のフルアム対ブライトン戦。この日、ミルナーは81分から途中出場し、プレー時間が限られていた。そのため、選手控え室の前で黙々とトレーニングを行なっていた。

 通常、出場時間の短い選手は負荷の高いトレーニングでコンディション維持に努める。ピッチでスプリントを繰り返した後、筋力トレーニングを課すのが常だ。

 試合後、筋トレに励むミルナーの姿を確認できた。「30キロ」の2つのダンベルを交互に持ち上げ、汗を流す。表情は真剣そのもの。歯を食いしばり、自身の身体にムチを打っていた。40歳まで現役を続けている理由が少し垣間見えた。

 新記録樹立となった2月21日のブレントフォード戦では、セントラルMFとして誰よりも泥臭く走り回り、試合後のユニホームは真っ黒になっていた。英BBC放送では、この試合のMOMにミルナーを選出。試合後、三笘は「あの年齢でパフォーマンスが本当に凄い。尊敬しています」と敬意を示した。

 ロングランの秘密は、特別な才能や優れた身体能力だけではない。

 適応する力と、日々を疎かにしない姿勢。戦術が進化してフィジカル能力への要求が高まるプレミアリーグで、ミルナーは自分を少しずつ更新してきた。すべての試合を最後のように扱い、次の試合のために準備する。

 その積み重ねが、ミルナーを654試合出場の新記録へ導いた。

取材・文●田嶋コウスケ

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配信元: SOCCER DIGEST Web

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