
日本の岩手大学(Iwate University)と中京大学(Chukyo University)などの研究グループが行った観察研究によって、子どもの「脚の速さ」を左右する要因が、成長期の途中でガラッと切り替わることが示されました。
研究では、身長が最も速く伸びる年齢(PHV:成長スパート)からおよそ1.1年後のあたりで、足の速さの決め手が、脚の長さ中心の世界から、筋力と筋肉の厚さ中心の世界にスイッチする傾向があることが示されました。
もしこの成果を応用できれば、「早熟エリート」が小学生のうちに独走するだけでなく、「遅咲きランナー」が成長スパートのあとで追い上げるための“逆転のチャンス”も、科学的に設計できるかもしれません。
研究内容の詳細は、2026年1月30日にオンライン版として『European Journal of Sport Science』に掲載されました。
目次
- 脚の速さは何が決めているの?
- 身長が最も伸びた「1.1年後」に脚の速さを決める転換点が訪れる
- 現場でささやかれる「魔の年齢」
脚の速さは何が決めているの?

小学校の運動会のリレーを思い出してみてください。背の順で並んだとき、後ろのほうにいる背が高い子が足も速かった、という記憶がある人は多いと思います。
走る速さは、大ざっぱに言えば、一歩の長さと、足の回転の速さを掛け合わせたもので、足の回転が同じでも背が高いほど一歩の長さが大きくなり、そのぶんタイムもよくなりやすいです。
一方で、中学に入ると「背が高いのに意外と遅い」「小さいのに異常に速い」という子が出てきて、順位がごっそり入れ替わることがあります。
この「逆転劇」を、これまではなんとなく「成長のタイミング」「練習量」「才能の差」などで説明してきました。
しかし、どこからどこまでが“背の高さボーナス”で、どこから“筋肉の中身勝負”に切り替わるのか、その境目ははっきりしていませんでした。
先行研究でも、思春期前後で走力の伸びが一時的に停滞する“谷”があることは知られていましたが、何がどう切り替わっているのかは曖昧なままでした。
そこで今回研究者たちは、身長が最も速く伸びる年齢(PHV:成長スパート)を基準に「そこから何年離れているか?」という部分に着目し、脚の速さの決め手が切り替わる“境界線”を探ろうとしました。
もしその境界線が見つかるとしたら、子どもの走力の伸び悩みは、単なる練習不足ではなく、「ゲームのルールが変わったサイン」として見直せるかもしれません。
本当にそんな分かれ目があるのでしょうか。
身長が最も伸びた「1.1年後」に脚の速さを決める転換点が訪れる

本当に「速さのルールが切り替わる瞬間」はあるのでしょうか。
答えを得るために研究者たちはまず、7.6〜17.9歳の男子サッカー選手98人に、30メートルの全力ダッシュをしてもらいました。
ゴール手前10メートルの走りを高速カメラで撮影し、一歩の長さ(SL)、足の回転数(SF)、足が地面に触れている時間(CT)、空中にいる時間(FT)、そして脚の長さ(LL)を測定しました。
さらに筋肉的な要素として、太ももの筋厚(MT)を測り、膝を伸ばす最大筋力(MVC)を専用の装置で測定しました。
そして、身長が一番伸びた年齢を、過去の身長記録から数式モデルで推定し、そこから今が何年ズレているかを調べました。
(※たとえば14歳で最も身長が伸びるとした場合、現在本人が17歳だとしたら、ズレは+3年と評価されます)
その結果、最大ダッシュ速度とズレの関係に、興味深い変化が現れました。
成長スパートから約1.1年後より前では、成熟が進むほど最大スプリント速度は素直に上がる傾向にありました。
一方、約1.1年後より後では、その関係が弱くなり、それ以前ほど成熟との密接さが下がったのです。
言い換えると、前半は育てば育つほど早くなるのに、後半は育つことの有利さがかなり弱まったわけです。
では、その前後で「何」が違っていたのでしょうか。
転換点より前、つまり成長スパート+1.1年前の“前半戦”では、脚の長さがほぼ一手に走る速さを説明していました。
脚が長くなるほど一歩の長さが伸び、その分だけタイムが縮む、という単純でわかりやすい世界です。
実際に、前半戦の選手では「脚の長さだけ」で最大疾走速度のかなりの部分を説明できたと報告されています。
一方、転換点より後、成長スパートを越えた“後半戦”に入ると、脚の長さだけでは話がつかなくなります。
ここでは、膝を伸ばす最大の筋力と太ももの筋肉の厚さが、足の回転数や接地時間と関係しながら速さに影響していることが示されました。
つまり、「どれだけ強く地面を押せるか」「どれだけ短い時間で足を入れ替えられるか」といった、筋肉と神経の使い方が、タイムの差を左右し始めるのです。
研究者たちは、「前半戦では“脚が伸びるだけで伸びる部分”が大きいのに対し、後半戦では“中身を鍛えないと伸びにくい部分”が増えてくる」と解釈しています。
成長スパートから+1.1年あたりは、その二つの世界が入れ替わる「エンジン載せ替えポイント」のようなものだと考えられるのです。
早熟エリートが序盤を駆け抜け、遅咲きランナーが後半で追い上げる逆転ドラマは、走りの中身が入れ替わることで起きているのかもしれません。
もちろん、今回の研究が足の速さの全てを解明したわけではありません。
対象は日本の男子サッカー選手98人に限られており、女子や他の競技、運動習慣の少ない子どもたちに、そのまま当てはまるかどうかは分かりません。
また転換点が成長ピークから+1.1年後になるという点も「男子サッカー選手」以外の別の競技集団などで再検討すべきだと著者らは述べています。
それでも、この研究には大きな価値があります。
脚の速さを「才能か努力か」という一軸で見るのではなく、「成長ステージごとに支配的な要因が違う二段構造」として描きなおしたことで、トレーニングやタレント発掘の議論に、新しい地図を差し出しているからです。
この研究成果をうまく利用できれば、早熟な子だけが得をする選抜ではなく、成長のタイミングをふまえた「長期的な伸びしろ」を見る育成がしやすくなる可能性があります。
足が速い子も遅い子も、「いま自分はどのゲームルールのステージにいるのか」を知ることで、大人の選手になったときにベストの状態を作れるかもしれません。
もしかしたら未来の世界では、部活の名簿に「成長スパートから何年目か」という欄がふつうに追加されていて、コーチたちが「いまは身長ボーナス期だから、フォームと協調性を大事にしよう」「そろそろ筋力ボーナス期だから、ウエイトと短距離ダッシュを増やそう」と、データとにらめっこして検討を繰り返しているかもしれません。
次の章では、今回の研究に関連した「成長と競技」についてこれまでの研究成果をもとにの興味深い内容を紹介します。

