
冨安、遠藤、三笘、伊東。8年間で72人増。ベルギーリーグにおける日本人選手の歴史。“計100人”大台達成は時間の問題だ
ベルギーリーグにおける日本人選手のパイオニアは、遠藤雅大(2000−02/メヘレン、ラ・ルビエール)、鈴木隆行(02-04/ヘンク、ゾルダー)の2人。当時はまだ日本人選手の欧州移籍が珍しい時代で、競技面、生活面などのノウハウは少なく、サポート体制も十分ではなかった。
02年日韓ワールドカップのベルギー戦で、今も人々の記憶に残るゴールを決めたストライカー、鈴木は03年夏から1季を過ごしたゾルダーでトップ下という新しい境地を拓き、チームの中心として奮闘したが、2部降格を免れることはできず退団。その後、川島永嗣が2010年夏にリールセに移籍するまで、ベルギーリーグは6年間も日本人不在の時代が続いた。
川島は加入してから2季連続、リールセ・ファンの選ぶチーム年間最優秀選手に選ばれ、在籍終盤にはキャプテンとして活躍した。初年度、スタンダールに0-7で完敗する苦い経験を持つ。しかし、この大敗でのパフォーマンスを、試合後の両チームの監督は「カワシマでなかったら、リールセはもっとスタンダールに惨敗していた」と指摘した。
これがお世辞でなかったのは、ベルギー3年目に川島が当のスタンダールに移籍したことで証明されている。スタンダールでは良い時も悪い時もあった川島だったが、パフォーマンス面だけでなくメンタル面でも後進の道標となった。
川島にとってリールセ初年度の10−11シーズンは、プレーオフ制度が始まって2季目のことだった。この新フォーマットは「国内リーグの本来の姿を損なう」という反対の声が多かったが、レギュラーシーズンの上位6チームで競う“プレーオフ1”は毎節ビッグゲームの連続、かつ優勝争いがスリリングなものになった。
テレビ放映権料が上がったことも相まって、ベルギーリーグの競技レベルが向上した。21世紀に入ってからベルギーリーグのUEFAリーグ係数ランキングは05年の9位が最上位で、ずっと10位台(09年と10年の14位がワースト)が続いていた。
しかし16年に9位に返り咲くと、22年の13位を例外として8位もしくは9位の座を維持している。来季からプレーオフ制度が廃止されるベルギーリーグの、今後の競技力に注目したい。
欧州5大リーグに継ぐポジションの座を得たベルギーリーグは、日本人選手のファーストステップ、セカンドステップにピッタリ合う。16-17シーズンの冬の市場でヤング・ボーイズ(スイス)からヘントに移籍した久保裕也は、単騎ドリブルから得点するなど、瞬く間にチームの中心に。名将ハイン・ファンファーゼブルックが「開幕からユウヤがいれば、うちのチームは優勝していた」と筆者に向かって唸るほどだった。
豊川雄太はオイペンのレジェンド。17−18シーズン、レギュラーシーズン最終節、オイペンが残留するには“ムスクロン戦での勝利”+“得失点差でメヘレンに優位に立つこと”が条件だった。
0-0で迎えた57分にピッチに送り込まれた豊川は、そこから3ゴール・1アシストという派手な活躍でチームを4-0の勝利に導き、オイペンは奇跡の残留を果たした。
森岡亮太もベルギーでの日本人選手のイメージアップに貢献した立役者。優雅なボールさばきと寸分狂わぬスルーパスで、ベフェレンにセクシーなフットボールを持ち込んだMFは「絶滅危惧種の10番」としてベルギーのサッカーファンを虜にした。
わずか半年でアンデルレヒトにステップアップした森岡はその後、シャルルロワで現役を終えるまで7年の長きに渡ってベルギーの人々に愛された。
ここまでがベルギーリーグにおける日本人選手の前史にあたるのかもしれない。冨安健洋が18年1月、STVVに入団するまで、ベルギーでプレーした日本人は18年間で12人だった。その後、日本人の数が右肩上がりに増え、今年2月、2部のベールスホットに加入したポープ・ウィリアムが84人目の日本人選手になった。たった8年間で72人増である。
その火付け役となったのがSTVVであるのは間違いない。DMMの買収によって日本資本になったSTVVは、積極的に日本人選手を獲得。1期生の冨安、鎌田大地、遠藤航は18-19シーズンの7位躍進に貢献した後、5大リーグに散らばっていった。
そして22年カタール・ワールドカップでは日本代表の中心選手として活躍した。STVVでプレーする日本人は、日本資本になる前の小野裕二を含め28人にのぼる。
DMMの経営参画時は日本人のみならず、多国籍のチーム作りをしたSTVVだったが、今は「日本人+ベルギー人」という最適解を見出し、アカデミーから育った選手が上位クラブにステップアップするケースも増えている。
昨季は降格寸前のピンチに見舞われたが、今季はここまで2位と絶好調で、16年ぶり2度目のプレーオフ1進出を決めた。STVVの優勝争い参戦に、現地では「レスター、リールセの奇跡、その再現なるか!?」と話題になっている。日本人首脳陣の堅実経営によって累積債務をなくしたことも、サポーターから信頼を寄せられる要因になった。
伊東純也はベルギーリーグと日本代表の名選手。18年から23年までヘンクで7番を付けた韋駄天ウインガーは、ベルギーリーグ、ベルギーカップ、ベルギースーパーカップのチームタイトルの獲得に尽力。その後、フランスのスタッド・ドゥ・ランスに活躍の場を移した後、今季にヘンクに戻ってきた。その背番号は10。クラブの深いリスペクトを感じる。
町田浩樹のようにユニオン・サン=ジロワーズのリーグ優勝に貢献した日本人もいれば、リザーブチームの一員としてベルギー2部リーグを戦う日本人もいるのが、18年以降のベルギーリーグ。なかにはマンチェスター・シティ傘下のロンメルでプレーした斉藤光毅、ブライトン傘下のユニオンSGでプレーした三笘薫のように、提携クラブの縁によってベルギーでプレーした選手もいる。また今季からベールスホットも日本資本になり、原口元気、倍井謙、ポープ・ウィリアムを獲得した。
今季、ベルギーでプレーする日本人選手は26人(1部=19人、2部=7人)。ここ3季は概ね似たような人数だ。あと16人で合計100人に到達するベルギーリーグの日本人選手。その大台達成は時間の問題だ。
取材・文●中田 徹
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