脱炭素という言葉を聞くと、どこか遠い未来の話のように感じる人も多いのではないでしょうか。けれど、その取り組みはすでに地域の現場で、静かに、そして着実に動き始めています。
愛媛県今治市で進められてきた「今治モデル」は、支援する側が無理なく中小企業の脱炭素化を支援する仕組みとして注目を集め、このたびローカルSDGs四国表彰で審査員特別賞を受賞しました。行政と企業、金融機関が連携しながら、学びから実践、そして仲間づくりまでを支える取り組みです。
もともと今治市は、脱炭素の分野では“後発組”といわれる立場でした。それでも地域の現実と向き合い、一歩ずつ積み重ねてきた結果、いまや他の自治体が参考にするモデル地域へと変わりつつあります。
なぜ今治市はここまで変わることができたのでしょうか。その背景には、地域産業への真摯なまなざしと、「無理なく続けられる仕組み」をつくろうとする地道な挑戦がありました。
地域の現実と向き合う――ゼロカーボン宣言の背景にあったもの
今治市は、造船やタオルといったものづくり産業が地域を支えているまちです。多くの雇用を生み、長年にわたって地域経済を支えてきた誇りある産業ですが、その一方で、市全体のCO2排出量の約7割が産業分野から生じているという現実も抱えていました。
脱炭素という言葉は耳にする機会が増えましたが、実際に行動へ移すとなると話は別です。特に中小企業にとっては、「何から始めればいいのか分からない」「専門的で難しそう」「コストがかかりそう」といった心理的なハードルが立ちはだかります。必要性は感じていても、最初の一歩を踏み出すのは簡単ではありません。
そんな状況の中で、今治市は2023年11月に「ゼロカーボンシティ宣言」を行いました。2050年までにカーボンニュートラルを目指すという姿勢を明確に示し、単なる理念にとどまらず、具体的な行動へと移していきます。
2024年度には、中小企業を対象とした脱炭素経営の支援事業がスタートしました。ここで特徴的なのは、市が単独で取り組むのではなく、地域の金融機関や商工会議所、そして包括連携協定を結んでいる東京海上日動火災保険株式会社愛媛支店とともに、支援体制を築いたことです。
脱炭素は一部の先進企業だけが取り組むものではなく、地域全体で進めるものだという考え方。その姿勢が、「今治モデル」の出発点にありました。
この取り組みは、環境を守るための施策であると同時に、地域産業を未来へつなぐための挑戦でもあります。産業が盛んなまちだからこそ、避けて通れない課題と正面から向き合う。その決断が、後に評価される土台をつくっていったのです。
“ゆるやかな座組”という設計思想――無理なく続く連携のかたち

今治モデルの大きな特徴は、「ゆるやかな座組」と表現される連携の仕組みにあります。今治市を中心に、東京海上日動火災保険株式会社愛媛支店、地元金融機関、今治商工会議所などが参画し、それぞれの強みを生かしながら役割を分担しています。
行政がすべてを抱え込むのでもなく、企業任せにするのでもない。地域の実情をよく知る主体が、それぞれの立場で支え合う構造です。脱炭素という大きなテーマに対して、「できることを、できる範囲で持ち寄る」という姿勢が感じられます。
たとえば、東京海上日動は教育プログラムや専門人材の面で重要な役割を担っています。金融機関は企業との接点を生かし、経営の視点から支援に関わります。商工会議所は地域企業とのネットワークを生かし、参加のきっかけをつくります。そして今治市は全体をコーディネートし、方向性を示す存在として機能しています。
この構造が評価された理由のひとつは、「持続可能であること」です。脱炭素の取り組みは一度きりのイベントではなく、長い時間をかけて続けていくものです。だからこそ、無理のない体制づくりが重要になります。
「ゆるやか」と表現されながらも、実際には役割分担が明確で、それぞれの主体が自分のミッションを理解して動いている。そのバランスのよさが、今治モデルの強みです。
行政と民間が対等に連携し、同じ目標に向かって歩む姿は、これからの地域づくりのひとつの形を示しているようにも感じられます。単なる補助制度でも、単発のセミナーでもない。地域ぐるみの仕組みとして設計されている点こそが、このモデルの核なのです。
