「売れない」と言われながらも、関東大震災後に起きた朝鮮人虐殺を描いたブログ『9月、東京の路上で』の書籍化に挑んだ編集者・木瀬貴吉氏。反ヘイト出版社として戦う木瀬氏の出版社の名前は「ころから」という。その名に込めた想いとは。
社名に込めた想いを書籍『本づくりで世の中を転がす 反ヘイト出版社の闘い方』より一部を抜粋・再構成した紹介する。
社名とロゴ
「ころからって、どういう意味ですか?」
よく聞かれる。そのたびイラっとする。
「じゃなにか、あなたは『集英社』ってどういう意味かご存じか? 『講談社』ってどんな意味なのか知ってるならともかく、知らないなら『講談社って、出版社なのに講談してるんですか?ヘンですね』と尋ねるかね?」
いや、このイラだちは不当だ。自分で「ころから」などという意味が取れないネーミングをしておいて、逆ギレ以外のなにものでもない。
2012年、翌年には創業すると決めた頃、社名をどうするか悩み始めた。自分の子どもの名付けも緊張するが、社名だって劣らずに悩む。いや、飼い猫の名付けだって、それなりに腐心する。名は体を表すとか、はじめに名ありき、とかいろいろ考えてしまうからだろう。
そんなとき、とある講演に行った。それは、2009年に東京・千駄木で起業された羽鳥書店(という出版社)創業者の講演だった。東京大学出版会で『民法』や『知の技法』など大ヒット作を連発された羽鳥和芳さんが仲間たちと創業され(2024年に事業承継)、その設立裏話を披露する、そんな主旨だった。
そこで、やはり社名について悩んだというお話をされた。「うんうんと悩んでるとき、糸日谷が言ったんですよ」という。糸日谷とは、同社の創業者のひとりで、現在は版元ドットコムで働いている糸日谷智さんのことで、彼とぼくはJリーグのFC東京ファンという共通項があった。
それはともかく、羽鳥さんは続けた。
「社名はないと困るけど、あればなんでもいいんです。書店員はどうせ出版社名よりも代表作で覚えるんだから、社名に悩んでるヒマがあれば、大ヒットにつながる企画のひとつでも考えてくださいって」
ぼくは膝を打った。そりゃ、そうだ。なくちゃ困るけど、あればいい。素敵なスピリットじゃないかね。
それで、ぼくはある日、天啓のように「ころ」という道具の名に導かれ、「から」という言葉をひっつけた。
「ころ」なんていう道具の名は初耳だという人もあろうが、『広辞苑』(第七版)にも載っているれっきとした日本語で、「転」とも書く。その説明をひくと「重い物を動かす時、下に敷いてころがすのに用いる堅く丸い棒」とある。ちなみに「くれ」や「五郎太」と呼ぶこともあるという。
ぼくは、中高生の頃、墓石を建てる石材店でバイトしていたので、「ころ」は日常的によく使う道具だった。その「ころ」から車輪付き台車へ転換したり、あるいは城造りのため巨石を動かすのではなく石のあるところに城を建てるといったパラダイムシフトを促す本を象徴する社名として「ころから」(「から」は英語のフロム)とした。
シナダと安藤にそう説明したとき、「なんでもいいよ」と承諾を得た。それで「ころから」と決めた。
ネット検索できない屋号
そうしたら、京都・二条の三月書房(2020年閉店)・店主の宍戸立夫さんがメルマガで、「最近は『ころから』だとか、『とほん』だとか、ネット検索できない屋号が増えてるが、どういうつもりだ」と書いてくれた。
いやー、うれしかった。京都で浪人時代を過ごしたぼくにとって三月書房は憧れの書店。唯一無二の書店と言って過言ではない。その宍戸さんが、「ころから」という名を覚えてくれただけでなく、メルマガ読者へお披露目してくれたのだ。こんな喜びはない(もっとも「どういうつもりだ」というのは、ぼくが行間から読みとったもので、はっきりそう書かれていたわけではない)。
とはいえ、確かにネット検索できない。いちばん苦労するのはXなどSNSの「エゴサーチ」ができないことだ。ためしにやってみても「小学校のころから」「独身のころから」がヤマのようにヒットしてしまう。が、あるときから考え方を変えた。エゴサによってメンタルをやられることもあるのだから、最初から「できない」となればメンタルも安泰だ。
さて、社名は決まった。そうすると、ぼくはロゴマークの制作に取りかかった。そのため、旧友の「なみへい」こと「こばやしまちこ」さんに連絡を取った。
彼女はイラストレーターが本業で、『走れ!やすほ にっぽん縦断地雷教室』(なみへい名義、上泰歩著、ピースボート編、国土社、2005年)など、課題図書に選定された児童書の装画で知られている。
そのなみへい氏(ちなみに、磯野家の波平に似ているということであだ名された。しかも高校時代に……)と何度か会って、ロゴイメージを打ち合わせした。
ひとつには、晶文社のサイのイメージがあった。ぼくが大学生だった80年代、晶文社はとても元気な出版社で、サイのマークは輝いて見えた。あんなふうに、青年に憧れられるような出版社になりたいと、志高く思っていることを話した。
もうひとつ、蔵書印のイメージを出してほしいと伝えた。蒐集家が蔵書に捺す印影のイメージ。出版社であることを、遠回りに説明する的な感じと言うと、なみへい氏は「ちょっとなに言ってるか分からない」という顔になった。
とはいえ、さすがである。数日後に「こんな感じ?」と試作品が届いた。瞬間的に「方向性に間違いはない」と思った。
が、少し違う。なにかが違う。
会って説明した。

