日本の未婚化・晩婚化が深刻な問題となっている。人生の折り返しを過ぎた48歳で初めて婚活を始めた漫画家・中川学が漫画『独りで死ぬのはイヤだ 年収200万円、48歳独身漫画家の婚活記』を刊行するなど、就職氷河期世代だったアラフィフ界隈の婚活事情は他人事ではなくなってきているようだ。
今回は、女性との交際経験が一度もなかった男性が、50歳にして突如婚活を始めた“婚活奮闘記”に迫った。
「絶食系男子代表でした」恋愛経験ゼロの50歳男が婚活に踏み切った理由
「50歳になるまで、女性との交際経験が一度もなくて……。草食系男子にもなれない、“絶食系男子”の代表みたいな人生でしたね」
そう笑いながら話すのは、富山県在住の会社員男性・もだねらさん(仮名・57歳)。都内の男子校を卒業後は、長野県のメーカーに勤務するも、職場での女性の割合は事務員含めて1割以下。女性の前に出ると上手く話せない…そんな状態を克服できず、50歳を迎えるまで恋人はいなかった。
「このまま独りで生きていくんだろうな…」。そんな人生を受け入れていたもだねらさんだったが、価値観が大きく揺らぐ出来事があった。
武術の稽古を通じて知り合った気になる女性と居酒屋で隣同士になったときのこと。ふとした瞬間、彼女がそっと左手を握ってきた。
「僕はびっくりしてしまって、その手を思わず振り払ってしまったんです。後から『なんで好きなのに、あんなことをしてしまったんだろう…』って、ずっと考えてしまって」(もだねらさん、以下同)
自分の気持ちと行動がかみ合わない。その違和感が、初めて人生を見つめ直すきっかけになった。
その後、自己理解を深めるコーチングサービスを受ける中で、「これからどんな人生を送っていきたいですか」と問われ、「1回ぐらいは結婚してみたいですね」という言葉が自然と出ていた。
「自分でも驚きました。でもこれが『自分の本音なんだな』って気付いたんです」
そこから、初めて結婚を目標に据えた本格的な婚活へと踏み出すことになった。
洋服はユニクロからニューヨーカーに
本格的な婚活に踏み出すにあたり、最初に着目したのは「見た目」だった。
婚活アドバイザーからまず提示されたのは、婚活用の服装リスト。指定されたブランドは「ドゥクラッセ」や「ニューヨーカー」。これまで無地のユニクロTシャツばかり着ていたもだねらさんにとっては、未知の領域だった。
「僕は洋服に無頓着で、『何か着ていればいいだろう』っていうレベルだった(笑)。だから実際にお店に行って試着している姿を動画でアドバイザーに見てもらう“オンライン同行”までしてもらいました。ユニクロとは桁違いのブランドの値段に、正直最初は戸惑いました」
メガネも新調し、プロフィール写真も撮り直し、マッチングアプリでの紹介文やメッセージも添削してもらった。「女性とどう接していいか分からない」「何を変えればいいか分からない」―そんな状態から少しずつではあるが着々と、婚活の“戦闘力”を高めていった。
準備期間はおよそ3カ月。満を持して婚活をスタートさせたものの、現実は甘くはなかった。
まずは婚活パーティーに参戦したもだねらさんだったが、5分ごとに相手が替わるスピード感についていけず撃沈。「そもそも女性と話すのに慣れていないのに、5分じゃ深い話もできない」。そこで友人からの紹介に切り替えるも、会話が続かず、ここでも交際には至らなかった。
そこで方針を転換。結婚相談所を運営する友人からのアドバイスで、マッチングアプリに全集中することにした。そこで鍵となったのが、「母数」だった。
「友人から『ターゲット層が100人はいる環境にしてください』と言われたんです」
そのため、当時住んでいた長野県だけでなく、群馬、山梨、富山まで範囲を広げたことで、出会いの可能性が一気に広がった。
そして、アプリ開始からおよそ3カ月。とある女性から「いいね」が届いた。
〈プロフィール画像の笑顔が素敵だと思いました〉
そう送ってきたのは、7歳年上のバツイチ。富山県在住で2人の子どもを育て上げたシングルマザーだった。

