前作『いつか家族に』は、ハ・ジョンウ本人のキャラに合っていないハートウォーミングな作風が、滲みでるダークな感性を逆に際立たせてしまった怪作だった。10年ぶりの監督復帰作となった今回は、『ローラーコースター!』で披露したコメディ作家としての並外れた技量を取り戻し、痛快なまでにブラックな人間観察眼とスピーディーな語りを堪能させてくれる。心行くまで楽しんでほしい“ハ・ジョンウ・ワールド”の結晶だ。

そして『ロビー!』は、本人がいちばんよく理解しているであろう俳優ハ・ジョンウの魅力と力量をシンプルに引きだした良作でもある。韓国中からかき集めたようなクセモノ俳優陣の交通整理に注力する一方、自分自身は余計な芝居をせずに作品の幹となり、ストーリーを的確に支える役割に徹する(俳優のワンマン映画にありがちな「自分推し」な内容にはなっていない…前作はそうだったかもしれないが)。そのバランス感覚にも演出のうまさを感じるが、作品にとって最適解の演技を掴む役者としての勘のよさも堪能させてくれる。思えばそれはデビュー当時から備わっていた能力かもしれない。
■韓国の人々が持つ現代的特性を体現する俳優

ハ・ジョンウが映画俳優として最初に注目されたのは、2005年。本名のキム・ソンフンから改名した年に主演したインディペンデント映画『許されざるもの』(05)で、彼は除隊間近の兵長を演じ、第8回ディレクターズ・カット・アワードなどの国内映画賞で新人賞を獲得。このとき組んだユン・ジョンビン監督とは、その後も名コンビとしていくつも話題作を世に放った。麻薬ビジネスにいそしむ犯罪組織の若頭を演じた『悪いやつら』(12)、権力に楯突く盗賊団に仲間入りする元肉屋に扮した『群盗』(14)、南米の小国でファン・ジョンミン演じる麻薬王の共犯にされてしまうビジネスマンを熱演したNetflixドラマシリーズ「ナルコの神」など、時空を超えて多彩な役柄に挑戦している。

ユン・ジョンビン監督は付き合いが長いだけあって、俳優ハ・ジョンウの魅力を最も的確に引きだした監督と言える。ハ・ジョンウの長所はなんといっても「現代性」と、自分の欠点や弱点をさらけだすことにためらいのない「気取りのなさ」、別の言い方をすれば「自己批評性」にあるのではないか。韓国には意外と自虐的ユーモアを備えた人が少なくないが、ハ・ジョンウはそういう自国民の現代的特性を最も自然に体現している俳優だと思う。
それでも、ユン・ジョンビン監督はイメージが一方向に凝り固まらないよう、さまざまな役柄や作品内容を盟友ハ・ジョンウにチャレンジさせてきた。『悪いやつら』では1980~90年代にかけて変貌を遂げていく現代韓国犯罪史、『群盗』では横暴な権力に牙を剥く盗賊団の痛快娯楽時代劇など、多彩なジャンルに対応する俳優ハ・ジョンウの柔軟性を引きだした。あるいは、現代とは異なる時代や場所のストーリーであっても、観客に無理なく感情移入させるための配役なのかもしれない。
■嫌われ役に魅力的な脇役、ザ・ヒーローなど監督によって異なる魅力を堪能できる!

一方、ハ・ジョンウの「観客に嫌われることも厭わない」俳優としての度胸と覚悟を存分に活かしたのが、ナ・ホンジン監督だろう。初長編『チェイサー』(08)では、女性を残忍な手口で次々と監禁、殺害するシリアルキラー役に起用し、どんな汚れ役にもひるまない凄みを見せつけた。さらに次作『哀しき獣』(10)では打って変わって、犯罪組織の手引きで壮絶なサバイバルに巻き込まれる密入国者役に抜擢。その悲哀たっぷりの佇まいに「守ってあげたくなる」と母性本能をかきたてられたファンも多いはずだ。

善にも悪にも、どちらにも身を振りかねない危うさと人間くささは、その後の出演作でも効果的に生かされている。キム・ビョンウ監督の『テロ,ライブ』(13)では、爆破テロ犯とラジオ放送中に交渉を繰り広げるアナウンサーを、ほぼ一人芝居で熱演。最初は個人的成功を目的にしていた主人公が、犯人とのやりとりのなかで徐々に変化していくグラデーションに目を見張った。

単純なハンサムには収まらない俳優ハ・ジョンウの個性を、魅力的な脇役としてフルに活かしたのが、パク・チャヌク監督の『お嬢さん』(16)だ。どこか究極的には信頼のおけない、最後には自分自身をも裏切ってしまいそうな人間味を内包した個性は、いかにもパク・チャヌク作品向きに思えるが、意外にもこれが初タッグ。しかも女優陣の引き立て役に徹するというポジションで、その「女たらし感」も存分に引きだしてみせた。やはりここでも小狡い男のいやらしさをためらいなく演じつつ、最後には譲れない高潔さをもって退場していく男の愚かな矜持をも説得力をもって演じている。彼の持ち味を有効利用した儲け役といえよう。

とはいえ、ヒロイックな役がまったく似合わないわけではない。ファンタジーアクション大作『神と共に 第一章:罪と罰』(18)と『神と共に 第二章:因と縁』(18)の2部作では、迷える魂の救済に身を捧げる冥界の使者を力演。もちろんクールでドライな性格もあわせ持ちつつも、これまでの出演作のなかでは最もストレートなヒーローらしさを見せてくれた。また、イ・ビョンホンと共演したパニックアクション大作『白頭山大噴火』(19)では、未曾有の大災害を回避するべく決死の潜入ミッションに挑む爆発物処理班員を熱演。限りなくコメディに接近したバカバカしいほど大スケールの娯楽大作でも、堂々たる主役を演じきれる器の大きさを見せつけた。
このまま国民的大スターの道を歩んでもおかしくなかったはずだが、やはりどうも、そういう大味な路線が似合わない。その点『ロビー!』では、変な言い方だが、久々に俳優ハ・ジョンウの「普通の人」オーラが全面に発揮されている。現代韓国市民の”代弁者”としての意識が、最も色濃く打ちだされた作品ともいえるだろう。

監督としては、あるいは才能ある風刺作家としては「わが国のリアル」に生きる人々を容赦なく描きつつ、ささやかながら救済の可能性も示し、日本の観客にも「選びたくない道は無理して選ばなくていい」と思わせてくれるはずだ。実はすでに4本目の監督作『上の階の人たち(原題:윗집 사람들)』も撮り上げており、今後の活動から目が離せない。
文/岡本敦史
