2月26日から始まったCP+で、キヤノンが突如発表した『アナログコンセプトカメラ』についてご紹介したい。非常に気になるカメラだ。前もって言っておくが、本作はキヤノンとしてもあくまでコンセプトカメラであり、発売が決定しているとか、これで仕様が確定しているというものではない。あくまで「作ってみたが、皆さんどう?」という段階のもの。我々が意見を言えば、もしかしたら将来の製品に反映されるかもしれない。そういった趣旨の展示だ。「楽しみだ」という声が多ければ出るかもしれないし、「こんなの要らない」と言われれば出ないかもしれない。価格などについても、我々が議論を重ねることで、将来的に決まっていく可能性がある。それを前提に、筆者はこのカメラ、欲しいなと思うのだ。

正確で、美しい写真だけが、写真の楽しみなのか?
カメラの進歩はとめどない。最新のキヤノンのEOS Rシリーズでは、遠くのものも近くのものも明るく高精細に、正確に描写することができる。センサー、レンズの技術の進化も素晴らしいと思う。スマホやコンデジでさえ、驚くほどきれいな写真が簡単に、思い通りに撮れるようになった。さらに様々な補正技術も進化し、生成AIを利用することで、撮ってもいない写真さえ作れるようになっている。
では、『写真を撮る』ということにどのような意味があるのか? 『写真の楽しみ』とは何なのか?
最近の若い人がフィルムカメラを使いたいと言ったり、『写ルンです』や『ポラロイドカメラ』が楽しいと感じたりするのは、先に挙げた正確で簡単な写真とは逆方向の動きだ。いわゆる『エモい写真』をなぜ若者が好むのか。EOS Rシリーズでとことんまで正確な写真を追求しているキヤノンの中でも、そうした議論はあるのだと思う。
100年近く前、筆者の祖父が構えるカメラ
ここで1枚の写真をご紹介しよう。

これは筆者の実家にあった紙焼き。写っているのは筆者の祖父である。大阪毎日新聞で働いていて、挿し絵を描いたり、記事を書いたり、時には写真も撮っていたようだ。筆者が4歳の時に66歳で亡くなったので、写っている祖父の歳が30(±5)歳ぐらいだとすると、昭和5〜15年頃の写真だと思われる(つまり約85〜95年前)。
当時は、こういう上からのぞくタイプの二眼レフを使っていたようである。
筆者が、この祖父と同じぐらいの歳だった時も、約60年の時を経て雑誌社で、ハッセルブラッドやマミヤなどのカメラを使うプロカメラマンと一緒に仕事をしていたのには因縁を感じる(こちらは約30年前)。つまり、筆者としては、この撮影スタイルに非常に懐かしさを感じるのである。