『哀れなるものたち』で世界を魅了したヨルゴス・ランティモス監督が、『ミッドサマー』のアリ・アスターと『パラサイト 半地下の家族』製作陣をプロデューサーに迎え生み出した、前代未聞の誘拐サスペンス『ブゴニア』が大ヒット上映中です。
【ストーリー】人気絶頂のカリスマ経営者として脚光を浴びるミシェル(エマ・ストーン)が誘拐された。犯人は、陰謀論に心酔するテディ(ジェシー・プレモンス)とドン(エイダン・デルビス)の2人組。ミシェルが地球を侵略しにきた宇宙人だと信じてやまない彼らの要求はただ一つ。「地球から手を引け」彼らの馬鹿げた要望を一蹴するミシェルだが、事態は思わぬ方向へと加速していき——。
経営者のミシェルが誘拐される事件から始まる本作。ミシェルの防犯は正しかったのか?どうすれば良かったのか?日本初の女性防犯アドバイザーとして活躍する、京師美佳さんに映画の中のミシェルの行動についてお話を伺いました!
◆京師美佳さんプロフィール
防犯対策専門家であり日本初の犯罪予知アナリスト、日本初の女性防犯アドバイザー。
これまで8000件以上の事案を対応してきた経験をもとに、メディア出演情報番組・news番組に多数出演し、Yahoo!ニュース公式コメンテーターとしても活躍中。
https://www.kyoshimika.com/ [リンク]
※この記事は一部『ブゴニア』本編のネタバレを含みます。まだご覧になっていない方はご注意ください。
——本日は、防犯のプロがご覧になった『ブゴニア』について色々とお聞きします!まずは、映画をご覧になった率直なご感想はいかがですか?
京師:私は怖い映画が少し苦手なので、驚くシーンがたくさんありました。ただ、単なる監禁スリラーというわけではなく、極限状態の中での心理戦を描いているところが非常に興味深くて。暴力的な描写もありつつ、それよりも心理戦の恐怖や緊迫感が際立っていて現代的だなと思いました。
——おっしゃるとおり、予告編などからはもっと直接的な恐怖が描かれるのかな?という印象を受けましたが、実際は会話劇が中心となっていますね。
京師:とてもスリリングで、ドキドキする言葉のやりとりが満載でした。防犯業界の視点から拝見させていただいても素晴らしいなと思うポイントがたくさんあって。まず一番面白いなと思ったのが、ミシェルさんの行動です。
優秀な経営者で心理学の学位をお持ちだということで、相手を刺激しないように、距離感を保ちながら、情報戦を行なっていますよね。相手の考え方を引き出しながら、どうしたら逃げることが出来るのか頭を働かせ続けています。
極限状態の中で、叫ぶこともせず、挑発的な態度も取らず、冷静に情報を引き出すというのは、犯罪被害時に出来たら良いなという理想の行動だと思います。
極限状態で、ビジネスでも使用されるような、「イエス・バット法」(相手の意見→確かにそうですね(Yes)」→しかし/ですが(But)→自分の意見)で会話しているところが凄すぎて、「ミシェルさんってどんな方なのだろう?」と考えながら拝見していたら、最後に衝撃的な展開があったので、「そういう事だったのか…!」ととても驚きました。最初から最後まで疑問に思っていたことの正解が分かって納得いたしました。
——こんな恐ろしい目にあったら、普通は叫んでしまうものだとは思うのですが、なるべく騒がず、刺激せずが良いのですね…。
京師:CIA(アメリカ中央情報局)など交渉する方々がよくやることですが、感情的になることで相手のペースになってしまうので、こちらはあくまでも淡々と相手に対して同調することが大切になります。逃げることに固執しないで、生きて出られることを第一に考える。焦って逃げてしまうと、捕まって、殴られて…という最悪のシナリオも考えられます。逃げることは出来ても、ここで逃げたら殺されるなというところまで考えて考えて考えて…というところが素晴らしかったです。
報道されているとおり、自宅に侵入されてしまうという事件も多く発生しています。普通の精神状態ではなかなか難しいことかもしれませんが、「相手を刺激せずに、少しでも早く解放される方法を 考えて行動してください」ということは防犯対策としてお伝えしています。これは警察も同じ事を言っています。例えば、金を出せと言われたらそれに従う、暗証番号を言えと言われたらすぐ言う。これを言わないで黙っていると、一緒に連れ去られてしまうリスクもあります。
実際に暗証番号を言うことを拒んでいたら、ホテルまで連れ去られ、言うまで殴られ続けたという女性の事件もありました。どんどん被害がひどくなってしまうんですね。
——ミシェルは話の通じない相手にとらわれてしまって、最後に「私は宇宙人です」と相手の主張を受け入れる大博打を打ちますよね。本作ならではのストーリー展開ではあると思うのですが、この判断はどう感じましたか?
京師:最初、とにかく否定せずに相手の意見に同意し続けて、でも途中で話の通じない陰謀論者だと分かった時に「私は宇宙人です」に変更しましたね。全体的な方法としては間違っていなかったと思います。イエス・バット法としてもそうですし、途中でドンというキャラクターに「私があなたの手助けをします」と寄り添います。結果失敗してしまいますが、本当に交渉術に長けた方なのだなという印象を受けました。
——劇中でミシェルは護身術を習っていましたが、もっと「こんなことを備えておくべきだった」ということはありますでしょうか?
京師:経営者で著名人ということから、 武術を習う、体を鍛えるという備えを普段からしていますよね。ただ、「この最悪の状況は考えていなかった」というところが気を付けるべきところだったんじゃないかなと思います。襲われた時の想定まではしているのですが、連れ去られる想定まではしていなかったですよね。
自分に自信を持ちすぎている被害者によくありがちな「私は大丈夫」という意識を変えて、捕まるということまで想定して、緊急通報ボタンを身につけているだけでも違ったと思います。ボタンを押すだけで緊急通報と位置情報が共有されるで、追跡してもらったらもっと早く助かっていたかなと。オチを知るまでは、優秀すぎたが故に発生した慢心じゃないかなと観ていました。
—— 2人に襲われた瞬間は護身術を繰り出せましたけれど、結局捕まってしまいますものね。確かにボタンがあれば走っている瞬間に押せたと思います。
京師:そうですね。あらゆることを最悪な状態で想定することが1番の防犯対策です。追いつかれてしまう距離があるのに、家に走るまでしてなんとか助かろうとしているのは、それ以外に選択が無かったからだと思うんですね。
——京師さんもそういったボタンは常に身につけているのでしょうか?
京師:私はバッグにピンポイントで場所が分かるGPSをつけています。また、スマートフォン、財布、鍵、あらゆるものに追跡タグをつけているのですが、実は忘れ物の王様という理由もあります(笑)。忘れ物をした時はもちろん、犯罪に巻き込まれた時にも使えるので。
追跡タグは、ネット通販で気軽に買えますし、セールでしたら1,000円以内で手にいれることが出来ます。
——日頃からの少しの備えで全く状況は変わってきそうですね。
京師:有事の時に自分が何をするべきかをシミュレーションしておくことがすごく大事だと思います。玄関や窓から強盗が入ってきたらすぐ何をするべきか。たとえば寝室やトイレに逃げ込んで鍵をかけて通報する、その為にはスマートフォンが無ければダメですから、私はお風呂でもトイレでも、どこ行く時でも必ずスマートフォンを持っています。そうやっていつでもスマートフォンを持ち歩いていると家族に怪しまれるかもしれませんが(笑)、その前に「みんなでそうしよう」と家族会議をしておけば良いわけです。
宅配便が来て出てしまったけれど、その人は本物の業者さんでは無いかもしれない。そんな時は玄関近くの鍵のかかる場所にすぐ入って通報をする。そんな時にもスマートフォンは絶対に必要です。
スマートフォンには緊急通報という機能もあります。いざというとき110番って手が震えてしまって出来ないものなので、日頃から緊急通報のやり方を練習しておくと安心だと思います。
緊急通報のやりかた:
●iPhoneの緊急通報
電源とサイドの長押しかサイドボタンを5回連打など
https://www.softbank.jp/mobile/support/iphone/essentials/emergency-sos/ [リンク]
●Androidの緊急通報
電源ボタンを5回以上速く押す(緊急SOS)か、ロック画面の「緊急通報」ボタンから110番や119番へ発信
——とても勉強になるお話を聞かせていただきましたが、京師さんが防犯に興味を持たれたきっかけはどんなことだったのですか?
京師:私は、父が警察署長をしていて、姉も刑事で警察一家の環境だったことも大きいです。自然と防犯に関する知識が多い家庭だったのだと思います。
ただ、こういう仕事をはじめるきっかけとなったのは、渡辺謙さん主演の『鍵師』というドラマを観て、悪い人の金庫を開けて、被害者を救うというストーリーとキャラクターにカッコ良い!と思ったことです。その後鍵の学校に行って、鍵師にはならなかったのですが、セキュリティメーカー、ガラスのメーカー、様々な防犯に関わる仕事をしてきました。そこから「防犯アドバイザー」という仕事を自分で作ったんですね。この業界は不思議なもので、全部縦割りなんです。鍵屋さん、ガラス屋さん、カメラ屋さん、SP、横のつながりが無くて、お客さんからするとバラバラに相談をする必要がありました。そこで、「防犯アドバイザー」として、予算に応じて全て設計出来る様にすれば、お客様もすごく便利だろうなと2005年に独立して立ち上げました。
それと、自分自身が会社員時代に恐ろしいほどの被害にあっていたんですね。強盗、車上荒らし、ストーカー…。同じ様な辛い想いをする人がいなくなって欲しくて、被害者の目線にも立ってプロとしてアドバイスしていきたいなと思いました。
男性よりは女性の方が力が弱いですし、お年寄りも力が強くはありません。皆さんそれぞれ個性があって、そこを犯罪者は狙ってきますので、その個性に対した対策を取っていただく必要があります。私が女性ということでこの仕事で喜ばれるのは、被害者目線に立って、その上での対策を考えることが出来るからだと思います。
——京師さんが防犯の観点から面白いなと思った映画を教えてください。
京師:この業界に衝撃というか、影響を与えたのは『パニック・ルーム』(2002)です。
『パニック・ルーム』デヴィッド・フィンチャー監督による作品。屋敷に侵入してきた強盗たちと緊急避難用の密室「パニック・ルーム」に立てこもった母娘を描くサスペンス映画。
映画が公開された後、実際にパニックルームを作ろうという流れが生まれました。ただ、日本には拳銃が普及していませんし、パニックルームにかけるお金がもったいないという声も多くあまり広がりませんでした。
ただ、今は闇バイトによる凶悪犯罪も多発して、大きく事情が変わってしまいましたので、“セミ”パニックルームというものが登場しています。部屋ごとではなくて、例えば扉だけとか鍵だけを強化して、本作のミシェルの様に何かあった時に逃げ込んで警察が来るまでに耐えられる部屋にすると言う感じです。
犯罪の手口も、それに対する防犯対策も、海外から数年遅れで日本にやってきますので、ハリウッド映画をご覧になって「こういう手口があるのか」という知識をいれるだけでも、備えの一つになるかなと思います。
——今日は貴重なお話をどうもありがとうございました!
『ブゴニア』
監督:ヨルゴス・ランティモス『哀れなるものたち』『女王陛下のお気に入り』
製作:ヨルゴス・ランティモス『哀れなるものたち』、エマ・ストーン、アリ・アスター『ミッドサマー』、ミッキー・リー『パラサイト 半地下の家族』、ジェリー・ギョンボム・コー『パラサイト 半地下の家族』
脚本:ウィル・トレイシー『ザ・メニュー』
出演:エマ・ストーン『ラ・ラ・ランド』、ジェシー・プレモンス『シビル・ウォー アメリカ最後の日』、エイダン・デルビス
原題:Bugonia/2025年/アイルランド・イギリス・カナダ・韓国・アメリカ/カラー/ビスタサイズ/118分/字幕翻訳:松浦美奈/PG12
配給:ギャガ ユニバーサル映画
(C)2025 FOCUS FEATURES LLC.
公式サイト:https://gaga.ne.jp/bugonia/
公式X:https://x.com/bugonia_jp
公式Instagram:https://instagram.com/bugonia_jp/
