
古代ローマ帝国では、1歳未満の乳児は「悼まれるべきではない」とされていました。
そうした記述が古代の法資料にも残されています。
しかしこのほど、イングランド北部ヨークで19〜20世紀に見つかっていた埋葬証拠は、その常識に異議を唱えています。
石棺に納められ、液体の石膏を注がれて丁寧に封じられた乳児の存在が確認されたのです。
調査を進めているのは、英ヨーク大学(University of York)を中心とする研究チームです。
研究者たちは、この埋葬がローマ時代のブリタニア属州において「極めて稀少」なものであると指摘しています。
目次
- 石膏葬とは何か?上流階級の特別な儀礼
- 法は「悼むな」といったが、家族はどうだったのか
石膏葬とは何か?上流階級の特別な儀礼
ヨークでは、3〜4世紀にさかのぼる「石膏葬(gypsum burial)」が70例以上確認されています。
この埋葬法では、故人を石または鉛の石棺に安置し、その上から液体状の石膏を流し込みます。
石膏は硬化して遺体を包み込み、衣服や装身具の痕跡を保存することがあります。
この方法は費用がかかるため、当時の上流階級に限られた特別な葬送儀礼と考えられています。
実際、多くは成人の埋葬でした。
【石膏で埋葬されていた乳児の3Dスキャン画像がこちら】
ところが、研究チームが確認した石膏葬のうち、少なくとも7例は子どもであり、その中には新生児から生後約4カ月までの乳児が3例含まれていました。
ローマ帝国全体で見ると、乳児の埋葬は通常、アンフォラと呼ばれる壺や陶製タイル箱、木棺といった比較的簡素な方法が一般的でした。
石棺と石膏を用いた埋葬は明らかに例外的です。
法は「悼むな」といったが、家族はどうだったのか
古代ローマの法資料では、子どもの社会的価値は年齢とともに高まるとされ、生後1年未満の乳児は公的に悼まれないと記されています。
乳児死亡率が約30%と高かったことも、その背景にあったと考えられています。
しかし研究を主導するヨーク大学のモーリーン・キャロル氏は「この規定はあくまで公的な服喪行為に関するものであり、家族が私的に抱く悲しみや喪失感を否定するものではない」と指摘します。
実際、ヨークで発見された事例はその見解を裏付けています。
また1851年に発見された別の石棺では、生後約4カ月とみられる乳児が2人の成人とともに同時に埋葬され、石膏で覆われていました。
3人は同時に亡くなった可能性が高く、家族的結びつきを反映する埋葬と考えられています。
歴史資料と現実のあいだにあるもの
今回の発見は、乳児の石膏葬が史上初であることを示したわけではありません。
しかし、その数はきわめて少なく、稀少です。
より重要なのは、法文書に書かれた規範と、実際の生活や死の現実とのあいだに存在するギャップを、考古学的証拠が具体的に示した点です。
「乳児死亡率が高かったから、ローマ人は赤ん坊の死を気にしなかった」という通説は、少なくともヨークの石膏葬を見る限り、成り立ちません。
石膏の中に残された小さな身体の痕跡は、2000年の時を超えて、当時の家族が確かに感じていた悲しみを静かに語り続けているのです。
参考文献
Babies weren’t supposed to be mourned in the Roman Empire. These rare liquid-gypsum burials prove otherwise.
https://www.livescience.com/archaeology/romans/babies-werent-supposed-to-be-mourned-in-the-roman-empire-these-rare-liquid-gypsum-burials-prove-otherwise
Children among the dead in York’s gypsum burials
https://seeingthedead.ac.uk/blog/children-among-dead-yorks-gypsum-burials
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

