
「若者の言葉の乱れ」や「誤用」は、いつの時代も批判の的になります。
しかし言語を長い時間軸で眺めると、言葉は社会の人間関係や会話の目的に合わせて、形も意味も少しずつ組み替わってきました。
僕たちが「正しい」と感じる日本語も、過去の変化が定着して“当たり前”になった姿にすぎません。
ここでは、見慣れた言葉がどのような変遷を辿って現在の使われ方になったのか、という歴史的なパターンから、日本語がアップデートされていく様子を見ていきましょう。
目次
- 一人称「俺」はもともと二人称だった
- 失礼な言葉になってしまった「ご苦労様」
- 「全然OK」は現代特有の「思いやり」の進化
一人称「俺」はもともと二人称だった
現代では男性のインフォーマルな一人称である「俺(おれ)」ですが、歴史的には相手を指す二人称として使われていた時代もあり、言葉としての格式も変動しています。
「己(一人称)」から「俺(二人称)」への変化
「俺」の語源は、自分自身を指す「己(おのれ)」だと言われています。
鎌倉時代の頃から使われているとされますが、誕生した当初、「俺」は目の前にいる相手(二人称)を指す言葉だったようです。
なぜ自分を指す言葉が相手に向かったのでしょうか。
日本語には、相手を「自分と同じような存在」と見立てて呼ぶことで、自他の境界を曖昧にする文化があります。
これは現代の関西弁や体育会系の会話で、相手に「自分はどう思うん?」といった話し方をするのと似た現象と考えられます。
日本語の敬語システムにおいて、相手を敬うということは、相手との間に「心理的な距離(壁)を置くこと」を意味します。
逆に言えば、「己」や「俺」といった本来「自分自身」を指す言葉で相手を呼ぶ行為は、相手を自分と同化させ距離を縮めるアプローチだったと考えられるのです。
そのためこの呼び方が許されるのは、「親密な相手」、あるいは「自分が気を遣って距離を置く必要がない相手(目下・同等)」だったのでしょう。
エリート層の日常語だった
室町時代から戦国時代にかけて、この「俺」は再び一人称へと回帰します。
かつて二人称として「遠慮のいらない相手」を指していた言葉をあえて自分自身に使うことで、「(あなたと同程度の)私ですが」という気取らない謙譲や親愛を示す人称として使用されるようになるのです。
ここで重要なのは、当時の「俺」が決して粗野なイメージのある言葉ではなかったという点です。
現代ではフォーマルな場で自分を「俺」と呼ぶことは避けられますが、歴史的文献を分析すると、戦国武将から、僧侶などの知識層、一般的な武士も公的な場でごく自然に使用していたことがわかっています。
さらに、江戸時代初期までは女性も日常的に使用しており、現代の「私」という表現とニュアンスが近く、当時の社会において広く認知された「標準的で格式ある一人称」として機能していたことが伺えます。
町民に広まり粗野なイメージに
では、なぜ現代のような粗野なイメージになったのでしょうか。
これには江戸時代中期以降、「俺」が町人(庶民)の間で広く流行したことが原因と考えられています。
これにより特権階級(エリート層)は「庶民と同じ言葉は使いたくない」という心理から、「俺」という人称は避けるようになり、「私」や「僕」を使うようになっていきました。
結果として「俺」はインフォーマルな俗語へと格落ちしたのです。
ちなみに「僕」は「しもべ」とも読むように、もともと古代中国では召使いの人称だったようですが、それが日本に伝わり、身分の高い人がへりくだって自分を呼ぶ表現に変わったとされます。
これは幕末から明治にかけて、知識層が仲間内で自分を呼ぶ際に「自分は国家のしもべ」(これは身分の差はなく、みな平等だというニュアンス)という意味で好んで使うようになり、威圧感がなく、堅苦しくない一人称として定着しました。
敬意漸減の法則:「貴様」の暴落
この「エリートの言葉が庶民に広まり、やがて粗野な言葉に転落する」現象は、言語学において「敬意漸減(けいいぜんげん)」と呼ばれています(滝浦真人氏の理論)。
これは本来丁寧な言葉だったものが、社会で多用されることで敬意の印象がすり減っていくという現象です。
これは、テレビ番組に出てくる人気解説者に例えるとわかりやすいかも知れません。
ある専門家が分かりやすい解説で評価され、一部の番組で重宝されていたうちは「権威ある有識者」として扱われます。しかし需要が高まってあらゆる番組に出演するようになり、どこでもその人の解説を見るようになると、視聴者の間で特別感やありがたみが薄れ、「またこいつの解説かよ」とうんざりされてしまうことさえあります。
言葉の世界でもこれと同じことが起きるのです。
新しく丁寧な言葉が登場すると、誰もがそれを使いたがります。
そして誰もが日常で使うようになると、その言葉の「特別感(高級感)」が薄れ、当たり前の言葉になります。
さらに丁寧な新しい言葉が現れると、古い言葉は「ぞんざいな表現」として格下げされます。
例えば「貴様(きさま)」は、元々は文字通り「貴い(尊い)お方」に上位の敬称「様」をつけた丁寧な表現でした。
しかし、誰もが使ううちに敬意が薄れ、武士の日常語になり、最終的にはかなり乱暴に相手を指す言葉に転落しました。
神仏の御前(ごぜん・おんまえ)を指した「お前」も、庶民がこぞって真似て多用した結果、敬意ある表現という印象が失われ、現代では対等以下の相手に用いる粗野な言葉になってしまいました。
失礼な言葉になってしまった「ご苦労様」
言葉の意味ではなく、社会的な使用実態が「マナー」という後付けのルールによって変化する事例も存在します。
その一例が、「ご苦労様」の使われ方の変遷です。
かつては「目下から目上へ」も使われていた
「目上の人に『ご苦労さまです』と言うのは失礼」という説明は、ビジネスマナーとしてよく耳にします。
しかし、明治時代から昭和初期にかけては、相手の苦労をねぎらう丁寧な言葉として階級を問わず広く使われていました。
実際、「ご苦労さま」の使われ方を調べた研究では、1950年代の小説作品などでも、部下が上司に対して自然に「ご苦労さまです」と使っている場面が登場しており、当時の社会では目下から目上に使っても失礼にならない一般的な表現だったと報告されています。
では、どこからこの言葉のマナーが生まれたのでしょうか。
この疑問を研究した報告は、大正・昭和初期の大衆向け時代小説が、不十分な時代考証で、主君が家来に『ご苦労であった』とねぎらっているものが見られる点を指摘しています。
実際はこうした場合、『大儀であった』という表現が多く、「ご苦労」は特に主君から家来というルールはなかったようですが、これが後の時代に、『ご苦労』は江戸時代、主君が家来をねぎらうときに使っていたという誤解を生む原因の一つになったのではないかと述べられています。
こうした誤解から大きな変化が生じたきっかけが、1980年代以降に企業が行った、ビジネスマナーのマニュアル化や社員研修の影響だと考えられます。
この動きの中で、「ご苦労さまは目下へ、お疲れさまは目上へ」というルールが記述され始め、当時の文部省が認定する「秘書検定」でもこの使い分けが正解として扱われました。
これにより「ご苦労さま」を目上の人に使うのは失礼、という社会的なルールが定着していったと見られるのです。
文化庁の「令和6年度 国語に関する世論調査」によれば、会社で自分より職階が上の人に対して掛ける言葉は「お疲れ様(でした)」が77.1%を占め、「御苦労様(でした)」は3.5%でした。
さらに職階が下の人に対しても「お疲れ様(でした)」が71.2%、「御苦労様(でした)」が14.9%となっています。
これは、80年代以降のビジネスマナーが現代社会に広く浸透していることを示しています。
一方で、こうした企業研修の普及以前の感覚を持つ年代や、ビジネスとは異なる環境で生きてきた人々の中には、現在でも純粋なねぎらいとして「ご苦労様」を使用する層が存在します。
2015年、投票所の70代監視員から「ご苦労さん」と声をかけられた40代の会社員が激高し、トラブルになるという事件が起きています。
これは40代の会社員が初対面の人間にご苦労さまは失礼だと認識したのに対し、70代監視員は、昔ながらの純粋な敬意やねぎらいの意を込めて声をかけた可能性が高く、言葉に対する認識の世代間ギャップが引き起こした摩擦の典型例と見られています。

