日々の生活の中で、その難しさを改めて感じるのが日本語という言語。恥ずかしい話ではあるが、文筆を生業とする記者自身、「日本語を完璧に理解しているか」と問われたら、胸を張ってイエスとは答えられない。
現在X上では、都内のマクドナルドにて掲出された張り紙に対し、「日本語って難しい」という声が多数寄せられているのだ。
■検索でヒットしないマクドナルド、その理由は…ことの発端は、Xユーザー・どあぬーぶさんが投稿したポスト。
日本語くんさぁ… pic.twitter.com/Ytcq1T44fV
— どあぬーぶ (@danoob_777) January 26, 2026
「日本語くんさぁ…」という意味深なひと言が書かれたポストには、「モバイルオーダー/クーポンをご利用のお客様 店舗名を検索する場合、下記の通りお願いします」と記された、マクドナルド店頭の張り紙の写真が添えられていた。
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部その検索条件については「× 市ケ谷」「○ 市ケ谷(変換で出ない場合はカタカナの『ケ』)」とのこと。
そして末尾には「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。マクドナルド市ケ谷店」と、店舗名が記されていたのだった。
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■「市ヶ谷の方がシックリくる」人多数当該のポストは瞬く間に話題となり、Xユーザーからは「両方検索でヒットすればいいのに…」「アプリでこの店が表示されなかったの、そういうことだったのか」「システムの都合なんだろうけど、どうにかならないのか」「こういう漢字の表記、本当にモヤモヤする」など、疑問の声が多数寄せられていた。
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部ちなみに、JRと東京メトロは「市ケ谷」駅だが、都営地下鉄は「市ヶ谷」駅と、運営によって漢字表記が異なるのは有名な話である。
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部なお、記者が当社員に「いちがや」漢字表記のアンケートをとったところ、9割超が「市ヶ谷の方がシックリくる」と回答。マクドナルドの張り紙も「市ケ谷」表記に対して「変換で出ない場合は〜」と説明を添えている当たり、やはり一般的には「市ヶ谷」表記が主流なのだろう。
そこで今回は「マクドナルド市ケ谷店」の店舗名をめぐる詳細について日本マクドナルドに取材を打診したが、同社からの回答は得られなかった。
だが回答こそ無かったものの、担当者の態度や口調から「察してほしい」という雰囲気を察知。同社としても、やむを得ない何らかの事情があるのだろう。
そこで今回は、「いちがや」の漢字表記をめぐる経緯について、新宿区立新宿歴史博物館に詳しい話を聞いてみることに。
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■まさかの「市谷」も存在「市ヶ谷」が正しいのか、はたまた「市ケ谷」表記が正しいのか。なんと、新宿歴史博物館の口からは第三勢力の名前が出現。
「現在の『いちがや』という地名は、少なくとも住所の町名に使われる場合、基本的にはヶのない『市谷』という形で使用されております(例:市谷加賀町、市谷本村町など)。ただし、個々のマンションやアパート名、コンビニなどの店名には、『市ケ谷』『市ヶ谷』が入り混じっています」との回答が得られた。
正解を聞いてスッキリ…どころか、選択肢が増えてしまったのだ。
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部さらに、担当者は「2010年に当館で発行した『新修 新宿区町名誌』によると、市谷という地名について、かつては『市谷』の他に『一谷』『一ヶ谷』『市買』などとも記されていたようです」とも補足。あまりにも種類が多すぎる…。これには世のサイトウさん達も驚きだろう。
こうした事情については、「読み方が合っていれば漢字や表記そのものにはこだわっていなかった近代以前の地名のありようが窺えます」とも分析しており、ひょっとしたら我われ現代人が「細かすぎる」のかもしれない。
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■地名の「いちがや」はいつから存在した?それでは漢字表記はさておき、地名としての「いちがや」は、いつ頃から存在していたのだろうか。
前出の『新修 新宿区町名誌』によると、「鶴岡八幡宮古文書」内、鎌倉時代末期の正和元年(1312)に、「武蔵国金曾木彦三郎並市谷孫四郎等所領」と、市谷氏という人物に関する記載があることが判明。
新宿歴史博物館の担当者は「この苗字については地名から取ったという説があり、その場合は鎌倉時代より前に遡る可能性があるとされています」と、説明している。
なお、こうした苗字の付け方は現在の新宿区牛込を所領していた牛込氏や、江戸川区周辺の葛西を所領していた葛西氏などが代表として挙げられ、担当者は「当時はよくあることであったと思われます」ともコメントしていた。
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■「いちがや」表記にもトレンドがあったそして時は流れ、江戸時代から明治中頃にかけては「市ヶ谷」表記が、明治末頃からは「市谷」表記が多くなっていく。
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部なお、甲武鉄道(現在の中央本線の一部)ができた1894年(明治27年頃)は「市ヶ谷」が主流だったという。地名の表記にもトレンドがあったのだと思うと、急に親しみが湧いてこないだろうか。
そうした背景もあり、現在のJR駅も「市谷」ではなく、「市ケ谷」表記になっていると思われるが、「ケ」と「ヶ」の使い分けについては、新宿歴史博物館でも詳しいことは分からないそうだ。
そもそも「ケ」と「ヶ」の識別自体が難しい理由として、当時の資料は「縦書き」が主流である点が挙げられる。
新宿歴史博物館の担当者は「『ヶ』の表記一つをとっても、小さい『ヶ』なのか、大きい『ケ』が潰れてしまったものなのか、判断が難しいです」とも語っていた。
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部現代に生きる我われは豊富で見やすいフォントや、PCやスマホを使用することで、「市ヶ谷」と「市ケ谷」の違いにも一目で気がつける。
そう考えると、現代と比較して当時の印刷技術が貧弱だった点も、「ケ」と「ヶ」の混在や誤読に拍車をかけていたのではないだろうか。
「市ヶ谷」を筆頭に、全国各地に存在する地名表記の混在。その土地の歴史を紐解いてみれば、新たな発見があるかもしれない。
■執筆者プロフィール秋山はじめ:1989年生まれ。『Sirabee』編集部取材担当サブデスク。
新卒入社した三菱電機グループのIT企業で営業職を経験の後、ブラックすぎる編集プロダクションに入社。生と死の狭間で唯一無二のライティングスキルを会得し、退職後は未払い残業代に利息を乗せて回収に成功。
以降はSirabee編集部にて、その企画力・機動力を活かして邁進中。 X(旧・ツイッター)を中心にSNSでバズった投稿に関する深掘り取材記事を、年間400件以上担当。道路・鉄道ネタに関する取材で、国土交通省や都道府県警、全国の道路事務所、鉄道会社に太いパイプを持つ。
(取材・文/Sirabee 編集部・秋山 はじめ)
