【WBCプレイバック1】
いよいよ3月5日から開幕する野球の世界一決定戦「2026 World Baseball Classic(WBC、ワールド・ベースボール・クラシック)」。同大会は今回で第6回を迎えるが、これまで日本代表「侍ジャパン」は3度頂点に立っている。2度の連覇が懸かるが、その道程は平坦ではない。そんなWBC本番直前に、これまでの大会における「侍ジャパン」の“軌跡”を振り返ってみた。(※以下、選手の所属・肩書は大会当時)全3回中の1回。
●第1回大会 「世紀の誤審」のアメリカ戦、韓国と3度激突のメークドラマ
2006年3月。メジャーリーガーが参加して行われる初の国際野球大会として、第1回のワールド・ベースボール・クラシックが開幕した。
初めての大会で、各国には本気度に温度差があり、日本も松井秀喜(ニューヨーク・ヤンキース)や井口資仁(シカゴ・ホワイトソックス)といったメジャーリーグ球団所属選手は辞退を表明している。
日本は1次ラウンドA組を2勝1敗とし、韓国に次ぐ2位通過。2次ラウンド1組では、アメリカ戦で敗れ、韓国に再び屈し、1勝2敗で自力での準決勝進出がなくなった。
しかし、不利と思われていたメキシコが、野球大国アメリカを破ったことで、日本は失点率(総失点を守備イニング数で割った数字)でアメリカ、メキシコを上回って奇跡的に4強入り。準決勝では6-0で韓国に雪辱を果たし、頂点への道を切り開いた。
決勝のキューバ戦で日本は、初回に今江敏晃(ロッテ)の2点適時打などで4点を先制。終盤1点差に迫られたが、9回にイチロー(シアトル・マリナーズ)の適時打などで突き放し、8回途中から救援した大塚晶則(テキサス・レンジャーズ)が締めくくった。最優秀選手(MVP)には、今大会で3勝目を挙げた松坂大輔(西武)が選ばれた。
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王貞治監督が静かに口にした“無念さ”と“怒り”
イチローと大塚のメジャー組を除くほかのメンバーは、松坂や上原浩治(巨人)、松中信彦(ソフトバンク)なおすべて日本のプロ野球(NPB)のトップ選手というチームで臨んだ大会だったが、最終的には優勝を果たし、日本の野球ファンを大いに沸かせた。ただ、頂点へたどり着くまでには、あまりに多くのドラマがあった。
その中でも最たるものが、米カリフォルニア州のエンジェル・スタジアム・オブ・アナハイムで行われた2次ラウンド初戦のアメリカ戦だった。
3−0とリードした日本は6回に追いつかれるも、8回の裏、一死満塁と勝ち越しの機会を作る。ここで岩村明憲(ヤクルト)が左翼へフライを打ち上げた。
左翼手の本塁への送球がそれる間に三塁走者・西岡剛(ロッテ)が勝ち越しの生還。しかし、米国が「三塁走者の離塁が早い」と抗議した。塁審は当初、セーフの判定を出していたが、米国のマルティネス監督の再抗議を受けてこれを覆し、アウトに。
リプレーでは西岡の離塁は正当なものにしか見えなかったが、再度判定が覆ることはなく、日本は無得点。9回裏、アメリカのアレックス・ロドリゲス(ニューヨーク・ヤンキース)にサヨナラ安打を打たれ、4-3で大事なラウンド初戦を落とした。
試合後、日本代表を指揮した王貞治監督(ソフトバンク)は、言葉は冷静ながらも無念さをにじませ、このように語っている。
「野球が始まったアメリカでこういうことがあってはならない」
後に、この疑惑の判定は「アナハイムの悲劇」として語り継がれることとなった。
