子どもたちが、土や海のにおいを強く覚えているのは、どんな瞬間なのでしょうか。スマートフォン越しではなく、風の音や波の冷たさを体で感じた時間は、きっと心のどこかに静かに残り続けるはずです。
いま、子どもたちの自然体験は確実に減っていると言われています。外で遊ぶ時間が少なくなり、山や川、海とじっくり向き合う機会も限られつつあります。そんななか、世界自然遺産に登録されている奄美大島で、小学生とその保護者を招いた特別な自然体験プログラムが行われました。
「Aramco Nature Positive Academy」と名付けられたこの取り組みは、単なるイベントではありません。自然の中で過ごす時間を通して、子どもたちが“自然とともに生きる”とはどういうことかを考えるきっかけをつくる場です。なぜ今、こうした機会が必要とされているのか。そこには、長年自然保護に向き合ってきた人たちの、静かな危機感と確かな願いが込められていました。
奄美の豊かな自然を舞台に、子どもたちは何を感じ、どんな未来を思い描いたのでしょうか。そこから見えてきたのは、自然を守るという言葉の、そのもう一歩先にある問いでした。
なぜ今、子どもたちに自然体験が必要なのか

子どもにとって自然の中で過ごす時間は、単なるレジャーではありません。土に触れ、風を感じ、虫の動きに目を凝らす。その一つひとつが、世界の広がりを知る入り口になります。しかし近年、そうした体験の機会は全国的に減っているといいます。かつては当たり前だった自然遊びが、いまでは特別な時間になりつつあるのです。
背景には、都市化や生活環境の変化、習い事やデジタル機器の普及など、さまざまな要因があります。さらに、家庭の状況によって体験の有無に差が生まれる「体験格差」も指摘されています。自然の中で思いきり遊んだ記憶がある子どもと、そうした機会に恵まれなかった子ども。その違いは、目に見えにくいかたちで将来にも影響していくのかもしれません。
こうした状況に向き合い、「すべてのこどもに自然を!」というプロジェクトを展開しているのが日本自然保護協会です。幼い頃から五感を使って自然と向き合うことが、自然を大切にする心を育てる土台になる。自分の目で見て、自分の頭で考える体験こそが、持続可能な社会をつくる力につながる。そんな考えのもと、保育園や地域と連携した自然観察会の導入、人材育成、小学生向けのネイチャースクールなど、さまざまな取り組みを重ねてきました。
今回の「Aramco Nature Positive Academy」も、その流れの中にあります。自然体験の機会をつくること、そして次世代を担う子どもたちを育てること。この二つを柱に掲げ、境遇に左右されず参加しやすいかたちで実施されたプログラムです。単なる体験型イベントではなく、社会の変化を見据えた教育の実践とも言えるでしょう。
自然の中で過ごす時間は、すぐに成果が見えるものではありません。けれども、ふとした瞬間に思い出される風景やにおい、胸の奥に残る感覚は、子どもたちの心のどこかで確実に根を張ります。なぜいま自然体験なのか。その問いの背景には、未来を見つめる大人たちの真剣なまなざしがありました。
山と海とともに過ごした、奄美での3日間

舞台となったのは、世界自然遺産に登録されている奄美大島です。豊かな山々、清らかな川、そして透き通る海。自然と人の暮らしが長い時間をかけて結びついてきた島で、2泊3日のプログラムが行われました。
参加したのは、鹿児島県本土に住む小学4年生から6年生までの子どもとその保護者、あわせて9組20名が参加しました。親子での参加という点も、この取り組みの大きな特徴です。子どもだけが学ぶのではなく、大人も同じ時間を共有し、ともに自然と向き合う。そこに生まれる会話や気づきは、家庭に戻ってからも続いていくはずです。
プログラムでは、砂浜や夜の森で生きものを探す自然観察が行われました。奄美ならではの自然に目を凝らして生きものを見つける時間は、図鑑で学ぶのとはまったく違う実感を伴います。また、「水の循環」をテーマに、山・川・海がどのようにつながっているのかを体感する学びも用意されました。雨が山に降り、川を流れ、海へとたどり着く。その流れの中で生きものや人の暮らしがどう関わっているのかを考える時間は、自然をひとつの大きなつながりとして捉えるきっかけになります。

さらに、奄美ならではの体験として、集落の方々に教わりながら海水から塩をつくるプログラムも実施されました。手間をかけて塩を生み出す過程は、自然の恵みがどれほど貴重なものかを教えてくれます。島唄の歌詞づくりを通じて地元の方々と交流する時間もあり、自然だけでなく、地域の文化や暮らしの知恵に触れる機会にもなりました。
そして、楽しい体験だけで終わらないのが、このアカデミーの特徴です。奄美の海で深刻化しているサンゴの白化現象について学ぶレクチャーも行われました。美しい海の裏側で起きている変化を知ることは、決して軽いテーマではありません。それでも、現実を知ったうえで「自分たちにできることは何か」を考える時間こそが、このプログラムの核心なのかもしれません。
自然の中で遊び、学び、考える。奄美大島で過ごした3日間は、子どもたちにとって、風景とともに記憶に刻まれる時間になったはずです。そしてその体験は、やがてそれぞれの未来の選択にも、静かに影響を与えていくのではないでしょうか。
