最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
脳トレ四択クイズ | Merkystyle
「小説と映像、唯一無二の表現」北方謙三×織田裕二(俳優)連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」放送・配信開始記念対談

「小説と映像、唯一無二の表現」北方謙三×織田裕二(俳優)連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」放送・配信開始記念対談

累計発行部数1160万部を超える歴史小説の金字塔、北方謙三「大水滸伝」シリーズ。
その原点となる『水滸伝』が、圧倒的スケールで完全映像化!
待ちに待ったドラマの放送・配信スタートを記念して、原作者・北方謙三さんと主演・織田裕二さんの対談が実現。
小説と映像、表現者としての醍醐味を語り合いました。

 

構成/タカザワケンジ 撮影/藤澤由加 ヘアメイク/加藤まり子(MARVEE)(織田担当) スタイリスト/加藤哲也(織田担当)

「小さな男」が見せる大物感

――まず、織田さんが演じていらっしゃる宋江(そうこう)についてお聞かせください。

北方 織田さんの宋江は、私が書いた宋江より人格者ですよ。
織田 そうですか。
北方 私は最初、宋江をスケベに描こうと思ったんですよ。ドラマの宋江はそうじゃなかったですね。でも、それでよかった。織田さんにはスケベなことをしてほしくないから。
織田 そういうニュアンスは全然ないですね、ドラマでは。
北方 私が書いた宋江は、ちょっとスケベで俗っぽいところもあるけれど、そういう小役人を演じながら、「だけど、実は……」という感じですね。映像作品では、当然、織田裕二の宋江になる。それがよかったです。どこかユーモアもあったでしょう。
織田 台本に「いつもの小者のような不思議な歩き方で行く」って書いてあったんですよ。若松(節朗)監督に「どうしましょうか」って相談しながら、跳ねているような変わった歩き方で歩いてみたんですけど、結局あんまり使っていないですね。
北方 脚本の(藤沢)文翁さんが変なことを考えたんじゃないですか。面白い人ですから。
織田 そういう歩き方を実際にやれっていう意味じゃないのかもしれないですね。宋江はこういう人物ですよ、というメッセージだったのかも。要は、小さな男に見せてくださいってことだったんでしょう。特別なヒーロー感はいらない。どこにでもいそうな人ですよと。ひょうきんとまではいかなくても、どちらかというとそれに近い、小さな男に見せてくださいねっていうことだったのかなと。
北方 小さい感じはよく出ていたと思いますよ。だからこそ、ちらっちらっと大物感が垣間見(かいまみ)えるところがすごいんです。晁蓋(ちょうがい)(反町隆史さん)と並んだ場面なんかは、下手すると晁蓋を圧倒するような存在感があった。だから逆に、あの小役人のような姿が生きてくる。年下の上司にやり込められたり、饅頭を口に突っ込まれたりね。
織田 僕もまさかあんなシーンになるとは思ってなかったから、現場に行ってびっくりしました。「え?」って。ああ、監督はこういうふうに作りたいんだなと思いましたね。
北方 いろいろ作りたいんだと思うよ。この顔を撮りたかったんだ、っていうのがある人でしょう、あの監督は。
織田 若松監督は何しろ人が好きで、芝居が大好きな人なんです。普通は監督って、自分の演出プランがあって、カット割りがこうで、こういう絵を撮りたいっていうのが頭にあるものなんですよ。だから、現場ではここからここまでこういうふうに動いてくれって、決めてくる人が多いんです。でも若松さんはそういう枠のはめ方をしませんね。人が生き生きしている瞬間が映っていればいいという考え方なんです。

――若松監督と織田さんはおつきあいが長いですよね。

織田 『振り返れば奴がいる』で出会って、翌年『お金がない!』をやって、それから『ホワイトアウト』。監督いわく「織田とやるのは四年に一遍でいい。疲れるから」(笑)。だけど、こちらも同じぐらいエネルギーを引き出されるんです。芝居をちゃんと撮ってくれるし、面白がってくれるから、やる気のある役者にとっては楽しい現場だと思いますね。
北方 私は役者さんと監督さんの関係性というのはわからないけれど、撮影現場にお邪魔して若松監督が撮る絵を見ていると、「人がいて、そのうえで画面がある」という感じがしたんです。モニターを見ても、やはり構図がしっかりしている。人の存在感が一番出るような構図で撮っていますよ。素人目ですけどね。
織田 芝居を見てからカット割りを変えることもあるんですよ。カットを割る予定だったけど、やめてワンカットでいこう、とか。そのときの役者の一番いい芝居を撮る。そういう監督はなかなかいないですね。僕たち役者はナマモノだから、いろんなカットを撮るために、何度も何度も同じことを繰り返すと疲れちゃうんです。100メートル走を何本もやるようなもので、こっちも一回一回勝負していますからね。
北方 そんなに大変なものなんですね、やっぱり。
織田 一人ならいいんです。でも、芝居ってたいていは二人以上でやりますから、三人、四人って増えれば増えるほど息を合わせるのが難しくなります。誰か一人が息をする瞬間を間違えただけで、同じ芝居は生まれないんですよ。だから僕は奇跡だと思っているんです、面白い芝居が撮れるってことは。いやあ、よかった、今日はいい奇跡に出会えた、いいシーンが撮れたねってときは無性に嬉しくなりますね。

原作を超えた「替天行道(たいてんぎょうどう)」執筆シーン

――北方さんの『水滸伝』にはファンがたくさんいます。みなさん、織田さんには期待をしていると思うんですけど、プレッシャーは感じますか。

織田 ごめんなさい。小説と映像は別物だと思ってください。だって、勝てないですもん、小説には。
北方 違います。織田さんね、時に映像が原作を超える瞬間ってあるんですよ。
織田 いやいや。
北方 絶対ある。織田さんが筆で「替天行道」を書いているシーンは完全にそうですよ。私はあのシーンは小説に書いていないから。だから、あの部分は映像が原作を超えているんですよ。
織田 やったぁ! 褒められた(笑)。でも、僕もそうなんですけど、小説を読んでいるときは、自分の好みで登場人物のイメージを作って読むので、それには絶対に勝てないですね。
北方 小説は一人ひとりが頭の中でロードショーをやっているからね。映像はみんなが同じ映像を見るわけだから。そこから個人的に想像することなんかはあるだろうけど。
織田 大目に見てください。
北方 大丈夫ですよ。宋江のあだ名は「及時雨(きゅうじう)」。ここぞというときに降ってくる恵みの雨。それが織田さんの宋江にもありましたよ。
織田 及時雨。そうか、雨だから涙。宋江には実際に泣いているシーンはないんですけど、心で泣いているようなところがありますよね。
北方 宋江は人々の渇いた心の中に降る雨なんです。織田さんは本当に適役だったと思う。第一話の試写を見てそう思いました。
織田 本当ですか。よかった。この役、自分にできるのかっていう不安があったんです。いままでずっと前線で戦う役が多かったので、一歩引いたところで全体を見ている宋江を演じられるのかなと。
北方 宋江は物理的には戦わないけれど、存在感の戦いをしていますよ。存在感そのもので戦うわけだから、そりゃあ難しいでしょう。でも織田さんは見事にそれをされていると思いましたね。尊敬しましたよ。
織田 うわあ(笑)。そんなこと言っていただいて、何かいいお酒を一杯ご馳走したいくらいです。それで今日はもう、これで帰りたい(笑)。

――織田さんは、宋江という役を演じるうえで準備されたことはありますか。

織田 準備っていうほどじゃないですけど、監督が「おまえの字でいきたい」って言い出しちゃって。
北方 「替天行道」の字は、織田さんが実際に書いているんですね。
織田 無茶でしょ。
北方 監督の言葉を受けてあれだけ見事に書くというところなんですよ、すごいのは。たくさん練習したんでしょう。つまり、役者さんっていうのは頭の中で考えるんじゃなくて、筆を持った姿勢が物語るとか、手がその人物になって動くとか、そういう修練の積み重ねだと思う。練習して練習してやがてその手が動くようになる。これが芸なんだと私は思います。
織田 いやあ、難しかったですね。漢字だから意味は何となくわかるんですよ。でも、漢文だから日本語とはまた違うニュアンスだったりする。何行か書くうちに、次に書く文字を忘れちゃうんですよ。そのへんがセリフを覚えるのとはわけが違う。「うわ、出てこない、何だったっけ」ってことがありました。
北方 「替天行道」の「道」のしんにょうが、最後に勢いよく伸びますよね。
織田 あれは、書の監修の先生に、いかがなものかと言われたんですよ。
北方 いいんですよ。お手本があってその通りに書くわけじゃないんだから。私の友人に書道家の武田双雲がいて、文庫版の『水滸伝』の扉に登場人物の名前を揮毫(きごう)してもらったんだけど、彼の書を思い出しました。まるで格闘技みたいにして書く男なんですよ。
織田 書道ってけっこう汗をかくんですよね。現場はものすごく寒くて、凍りつくようだったんですけど、僕だけカッカしていました。
北方 いいシーンですよ、本当に。
織田 気付いたらポスターになっていました。ポスター撮りをした覚えはないんです。休憩でーす、ってスタッフがいなくなったときに、僕だけ一人残ってそのまま書いていたらしいんですね。それをカメラマンが撮っていた。だから僕自身は気付いていないんです。非常に楽なポスター撮影でした(笑)。
北方 場所もすごいですよね。あんな所があるんだとびっくりした。後ろが谷みたいになっていましたよ。
織田 CGじゃないかって言われますけど、本当にある場所です。寒さで思い出しましたけど、今回の撮影で一番寒かったのは晁蓋のアジトですね。よく見るとみんな息が白い。日中のシーンなのに。
 たまに思うんですよ。現実のほうが絶対に楽だって。なんでかっていうと、現実は一回きりだから、きついのも一回。撮影は長時間かけて、一回では終わらない。「これ、現実のほうが楽だな」と思うことが多々あるんです。
北方 小説も一回書けばいいんだから楽だな。
織田 いや、小説は0から1にしなきゃいけないっていう大変さがあるじゃないですか。1から2にする作業に比べたら比較にならない。
北方 0から1にするのは素質なんです。
織田 だから、できる人にしかできない。どういう素質が必要なんですか。
北方 噓をつく素質だね。
織田 そうですか? そんなこと言ったら、僕ら役者も噓つきですよ。
北方 噓の中にいかに真実を混ぜ込めるか。それが素質。
織田 なるほど。そうですね。
北方 表現における噓っていうのは、真実を含んでいる。真珠みたいにただ一粒の真実があればいい。映像でだって、いいかげんな演技をしていたら、ただの噓で終わってしまうでしょう。でも、そこから一粒の真珠をつまみ出した瞬間に、すべての噓が真実になる。それがものを表現する醍醐味なんです。
織田 僕もたまにありますね。芝居って噓なのに、「これ噓じゃないな」って思う瞬間が。そこで教わることがあったり、痛い思いをしたり。
北方 痛い思いもありますか。
織田 役者の世界は案外怖い世界でもあるのかなと思いますね。若松監督も真実を混ぜたくて、たまに僕たちに無茶振りをするんでしょうね。超苛酷な現場に役者を放り込むんです。今回、林冲(りんちゅう)が雪山で血だるまになっていたけど、十分ぐらいの長回しでなかなかカットの声がかからない。演じていた亀梨(和也)さんは大変だったと思いますよ。別の作品ですけど、僕も昔、雪山で強い風をぶわーっと当てられたことがあるんで。
北方 『ホワイトアウト』ですね。真保裕一原作の。
織田 そう、『ホワイトアウト』です。くわぁって顔があえいでいるんですけど、それをスローモーションで撮っていましたね。顔がどんどん凍っていくんですよ、本当に。あのときも原作小説は映像化不可能って言われていたんです。なぜかそういうのに当たるんですよ、僕。

提供元

プロフィール画像

集英社オンライン

雑誌、漫画、書籍など数多くのエンタテインメントを生み出してきた集英社が、これまでに培った知的・人的アセットをフル活用して送るウェブニュースメディア。暮らしや心を豊かにする読みものや知的探求心に応えるアカデミックなコラムから、集英社の大ヒット作の舞台裏や最新ニュースなど、バラエティ豊かな記事を配信。

あなたにおすすめ