5歳のときから観ていたビートルズ映画

金澤:わたし、「アイル・クライ・インステッド」がすごく好きなんですけど、この間あれのシングル盤を手に入れたんです。
竹部:「ぼくが泣く」。あれってシングル出ていた?
金澤:4人の顔が真ん中に映っているジャケの。
竹部:ありました。日本盤ですね。「恋する二人」のB面だ。
金澤:それがいつの盤とか詳しいことはわからないんですけど、あの曲ってすごく短いじゃないですか。針を落としたらあっという間で、気が付いたら終わっていたっていう(笑)。それを何回も聞くのがいいんですよ。
竹部:2分もない曲なのに濃密ですよね。
金澤:10分ぐらいあるように聞こえます。あの密度はすごいなと。それってビートルズしかないもののような気がするんです。
竹部:何回も言うことなんだけど、ビートルズって時間を超えた存在なんですよ。ぼく最初にビートルズのCDをCDプレイヤーに入れたときに、びっくりしたんですよ。『プリーズ・プリーズ・ミー』のトールタイムが30分って表示されて、そんな短いの、みたいな(笑)。それを現実として受け入れられなかった。時間としてはもう1時間以上ある感じあるじゃないですか。
金澤:本当にそうですね。
竹部:それからビートルズのCD聞けなくて、初めてビートルズのCD買ったのは『アンソロジー』。オリジナルアルバムは09年のリマスター盤まで買わなかったんですよ。ブートは買っていたけど。
金澤:たしかにデジタル数字はちょっと嫌ですね(笑)。
竹部:パソコンに取り込んだときも、現実感があり過ぎてすごく嫌だった。
金澤:その時間のことすら忘れて聞きたいっていう気持ちですか。
竹部:そう。時間を気にしたくない。で、「ぼくが泣く」のどこが好きなんですか。
金澤:わたしはジョンが好きなんです。とくに『ハード・デイズ・ナイト』の中でジョンがひとりで歌い切っている曲が好きなんです。小さい頃から聞いていたっていうのもあるんでしょうが、「アイル・クライ・インステッド」はジョンが歌いきっているじゃないですか。コーラスもないし、ギターソロもないし、ずっとジョンひとり。そこが好きなんです。
竹部:たしかに。あの曲ってアメリカ盤のサントラには入っているのに映画では使われていない。謎なんですよね。
金澤:あの曲ってコーラスの最後にベースとタンバリンだけになる瞬間があるんですが、そこがいいんですよ。
竹部:細かい! そもそもさおりんごさんがビートルズを聴き始めたっていうのは? ドラムが最初? ビートルズが最初なんですか。
金澤:ビートルズです。5歳のときでした。ドラムをやりたかった理由がビートルズなんです。
竹部:その話、『ビートルズ・ストーリー』の取材で聞いたことありましたね。
金澤:両親がビートルズのファンで、家に『イエロー・サブマリン』と『ハード・デイズ・ナイト』と『ヘルプ!』のビデオがあって、毎日のように見せてくれていたんです。それを普通に楽しんでいたんです。
竹部:5歳で。でも5歳じゃ判別がつかないですよね。
金澤:初めて見たときの感覚は覚えていないです。で、映画3本と一緒に観ていたのが『レディ・ステディ・ゴー』。トータル4本を見まくっていたんです。今日そのVHSを持ってきました。年季が入っています。当時のやつなんで。
竹部:あった。このビデオは当時としては安かったんですよ。ぼくも持っていましたよ。
金澤:ここに入っている「アイル・ゲット・ユー」が好きで、ジョンがかっこいいっていう感覚で見ていました。
竹部:5歳で(笑)。この中のビートルズって、デビュー間もない映像が多いから、まだ幼いっていうか、あまりカッコよくないのもあるんですよね。そこも含めていいんだけど。
金澤:幼稚園児だったのでよくわかっていなかったです。『イエロー・サブマリン』なんかは映画として、物語として観ていたんです。ジェレミーがかわいいみたいな。『ヘルプ!』だったら、ユーモアのあるシーンで笑ったり。たとえば、エレベーターの天井にリンゴの指輪がくっついてしまうところとか、リンゴが寝ているすきに指輪が奪われそうになるシーンとか。あそこが好きで、きゃっきゃっ言って笑っていました。それで、あのシーンを弟と一緒に家にあるおもちゃで再現する(笑)。
竹部:楽しそう(笑)。
金澤:そのときはいまはもう存在しないバンドだとか、ジョンはもういないとか知らずに見ていたんですけど、ある程度年齢が行ったときにジョンは死んでいるっていうことに気がついて。
竹部:いつ?
金澤:小学生か中学生のときですね。それがショックで。しかも殺されたってことが怖くて。まるで身近な人が殺されたみたいな感じで、ショックだったんですよ。会ったこともない人なのに。ジョンの歌がいちばん好きだったんで、中学のときは毎日悲しがっていました。カバンにジョンの写真を忍ばせて、誰にも気づかれないように隠れて見たりして。学校は校則が厳しかったんで、本当は持っていっちゃいけなかったんですけど……。
モダンジャズの道からビートルズバンドへ

竹部:なぜジョンだったんですかね。
金澤:やっぱり歌じゃないですかね。歌声。人の悲しみや楽しさとかの感情をぶつけているような感じがしますよね。
竹部:たしかにジョンのボーカルって、生まれたばかりの赤ん坊が泣き叫んでいるような原始的な衝動がある。
金澤:そうです。ジョンとポール、ジョージの3人がコーラスをしているときに思うんですけど、ジョンの声だけすごくよく聞こえますよね。ポールとジョージは馴染むのがうまいから綺麗にまとまる。でもジョンは個性が強すぎてまとまらない(笑)。キーは合っているとか、そういうんじゃなくて、誰かの中に入ってこじんまりしているタイプではない。ポールがライブで「ミスター・カイト」を歌うじゃないですか。ポールは器用なので、上手く再現ができるけど、やっぱり違う。ジョンの声の印象が強かったんだなって。
竹部:確かに。ポールが歌う、ジョンの曲ってなんか別曲のイメージがある。
金澤:そうそう。わたしはもうジョンよりも年上になってしまったんですが、40年の短い人生中でどれだけの人に影響を与えたかのってあらためて思ったり。
竹部:自分がジョンの年齢を超えるっていう感慨はありました?
金澤:それはありましたよ。ジョンが生きていたのって40歳と2か月ぐらいじゃないですか。自分で計算して「今日超えたぞ! 今日からジョンより年上」みたいな感じでした。ビートルズファン40歳ターニングポイント説ありますよね(笑)。
竹部:ある。ぼくも40のときに転職したし。
金澤:影響されて?
竹部:おそらく。あったんじゃないかな。やっぱりジョンの死って、自分の人生の中でもいちばん大きい事件だし。父親の死のよりもショックがでかかった気がしますよ。ジョンの死は僕が中2のときのことだったんだけど。かなり落ち込んで。会ったこともない人なのに。あの衝撃があるから、今もビートルズが好きなのかもしれないっていうぐらい。
金澤:みんなの人生変えている人ですね、ジョンは。
竹部:文献を読んだり、最近の映画を観たりすると、いろいろジョンの裏側が描かれているじゃないですか。ああいうのを知ると複雑な気持ちになるけど。
金澤:遠くで見ていた方がいい人ですよね、きっと。いろんな考え方はありますけど、ジョンはヨーコがいたことがきっと良かったんだと思うんです。
竹部:いろんな”たられば”がありますからね。
金澤:話は変わりますけど、映画『イエスタデイ』は見ました?
竹部:見ましたよ。
金澤:感動まではいかなかったですけど、なるほどみたいな。そういう人生もありかっていう感覚でおもしろく見たんです。ビートルズがいないという設定はありえないですけど、最後にジョンが出てきたことが興味深かったんです。実は生きていた。何もせずにって。
竹部:似ていたしね。
金澤:そうなんですよ。もしかしてこんな未来もあったのかな、っていうことを思いました。
竹部:ジョンが生きていたらって。SNSやっていたのかなとか。
金澤:政治的な発言したいたのかなとか。もしくは『イエスタデイ』のように田舎で隠居しているのか。
竹部:ヨーコと別れていたのかなとか。
金澤:そうか。ヨーコは都会の女の人だから、遠くには行かないかもしれない。
竹部:ぼくは晩年の内田裕也と樹木希林みたいな感じで、実際別々に生活しているんだけど、夫婦ではあるという感じだったのかもしれなって思うんですよ。で、さおりんごさんのドラマー人生に話を戻したいのですが。ドラムを始めるのはどういうきっかけだったんですか。
金澤:さっきもちょっと言いましたが、5歳からクラシックピアノやっていたんですね。でも、そんなにうまく弾けなくて。そのあとは吹奏楽でトランペットをやったりとか。いろいろやってみたんですけど、得意ではなかったんです。
竹部:楽器を弾くのが好きだったと。
金澤:あと5歳からビートルズを聴いているから、ビートルズになりたいみたいな気持ちはぼんやりあって。といっても歌も得意じゃないし、ギターやりたいとも思わないし、ということでドラムがやりたいと思ったんです。リンゴになりたいって。ドラマーってあまり目立つ存在じゃないけど、リンゴって映画では全部主役じゃないですか。子どもの頃から主役はリンゴってインプットされていたんですよ。前に出てなくても、後ろでもかっこいいって。
竹部:5歳のときに見た映画の影響がここにも出てくると。
金澤:もうひとつ、ピアノとドラムは結構似ているんです。リズム楽器であり、打楽器であり、という共通点が多くて、ピアノやっているとドラムがやりやすいんです。それは後で気づくんですけどね。小学校のときに授業で叩いたことがあったんですが、そのときにすぐに叩けて、ドラム楽しそうだなって思った記憶もあったんです。それで高校生のとき、吹奏楽部でホルンをやっていたんですが、そこでドラムを叩かせてもらったことがあったんです。そこで勘違いしたんです(笑)。自分はプロのドラマーになると決意したんです。
竹部:根拠のない自信って大事かも(笑)。
金澤:学校も勉強も好きじゃないから大学に行きたくないし、一緒にいて楽しい友達も少ないし、とにかく同世代から抜け出したいという気持ちが強かったんです。そういうのもあって、プロを目指して音楽やると漠然と思ったんです。
竹部:それで、ドラムを習い始めて。
金澤:エイトビートを叩きたかった。ビートルズがやりたかった。リンゴになりたかったっていう動機だったんですけど、ジャズのドラマーの先生に師事したんです。そこでジャズをやりなさいって言われて……。
竹部:ドラムって体力勝負のところがあるじゃないですか。
金澤:途中で後悔したんですよ。運動部経験もなく、体が頑丈なわけでもないのに、大変な楽器を始めてしまったって気づいて……。体調壊したり、腱鞘炎になったりとかもあったんですけど、今思うことは、体育会系的な部分は楽器を運ぶことぐらいで、演奏に関しては力の抜き方との技術を取得すれば大丈夫。どんなに細い女の子でもドラムはできる。
竹部:最近増えていますよね、YouTubeでもよく見かける。
金澤:ギャルバンはいっぱいありますよ。私の若い頃は女性のドラマーは珍しくて、現場に行くと、「ほんとに君がドラムをやるの?」ってよく言われたものです。今は言われることはもうないと思います。
竹部:で、最初はジャズなんですね。
金澤:あれよあれよという感じでジャズドラマーの道に導かれて、先生のボーヤをして、ライブ前のセッティングを手伝って、現場で曲を覚えて、みたいな感じでした。いまどき珍しい現場叩き上げです。ライブでやっている曲を次までに覚えておかなきゃいけない。当時はYouTubeもサブスクもないので、CDを探して借りてとかしながらひたすら曲を覚えていました。ライブ中に「うちの弟子が来ています」と言われて、そのときに言われた曲を叩けなければならない。ひたすら修行の日々を過ごしているうちに、ビートルズをあまり聞かなくなっちゃって。
竹部:ジャズっていうのはモダンジャズ?
金澤:そうです。マイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンス、オスカー・ピーターソンとか。ほかにはカウント・ベイシー、アート・ブレイキーとか。
竹部:ジャズは尺が長いし、アドリブでしょ。
金澤:きっかけは全部アイコンタクトとか雰囲気ですから。それができるようにしないといけなくて。曲もコードも決めず、何にも言わないで、座って「よろしくお願いします」って言ったら曲が始まる。そこからすべては目とかの合図で、終わりまで演奏する。
竹部:ドラムはリズムだからまだいいけど、ピアノとベースってコードがあるでしょ?
金澤:即興で演奏するんです。ジャズのプレイヤーはみんな頭の中にストックがあるんですよ。そんな人たちがいるのに、ドラマーが曲を覚えられないなんて言っていられない。それで何かに頼らずに演奏することは学びました。
竹部:すごい。そのままジャズの道に進むこともできたわけですよね。
金澤:ジャズのドラマーとして、このまま行くだろうというときに、いま一緒にThe Cray Beatsっていうバンドをやっている山口大志さんっていう人に会うんです。わたし、それまでビートルズバンドって見たことがなかったんです。ビートルズファンあるあるで、そういうのは見ない方がいいみたいな気持ちがあって。でもそこで初めて観たビートルズバンドに衝撃を受けたんですよ。ジョンの歌を歌える人なんていないと思っていたのに、自分のジョンを表現することに全力でやっていた山口さんに感動してしまって。そのときに「何曲か叩く?」って言われて飛び入りで2曲くらい叩いたんです。コピーもできていなかったと思うんですけど、なんとか自分の分かる範囲でビートルズを叩いたんです。
竹部:そこで叩かなければビートルズをやることもなかったかもと。
金澤:リンゴもジャズを叩いていた時期があるんですね。それもあって、ただビートルズをやりたいというのではなくて、ジャズの土台があったうえでのビートルズだったので、それがよかったんだと思うんです。
竹部:だからリンゴのシャッフルは独特なのか。
金澤:シャッフルもそうですけど、普通にエイトビートにもその影響が出ていると思います。あとリンゴはよく6連符とか3連覇とか細かいフレーズ叩くんですけど、そういうちょっと揺れるような感じのシャッフルとエイトビートみたいなフィーリングですね。それもわかったんです。そういうわたしの気持ちが伝わったのが、「さおりんご、ビートルズバンドやればいいじゃん」って言われて。最初は女性はビートルズバンドには向いていないと思っていたんですよ。そうしたら「いや、大丈夫。できる」と言われて。