リンゴ・サウンドのキモはハイハット

竹部:それは転機でしたね。
金澤:ただ曲を聞くのとやるのとでは全然違うんで、いざやるってなったらめちゃくちゃ大変でした。あらためて曲をドラムとして覚え直して、コピーをし続けて今に至る。
竹部:それっていつの話ですか。
金澤:いつだろう。10年ちょっと前だと思います。
竹部:ということはまだ最近じゃないですか。その頃からさおりんごって名乗っていたんですか。
金澤:まわりから「さおりんご」とはよく言われていたんです。で、あるとき、mixiだったかな、ふざけて、さおりんごスターに変えたんです。リンゴ・スターなるじゃんみたいな感じで(笑)。そしたら反響があって。これでいこうかなみたいなって。
竹部:永沼忠明さんが、ネタで「職業=ポール・マッカートニー」って言い出したら受けて、そのまま使っているって、この対談に出てもらったときに言っていました。リンゴの叩き方のどのあたりを意識しているんですか。
金澤:ハイハットの叩き方とフィルイン。一番はハイハットですね。リンゴって、同じパターンでもちょっとずつ使い分けているんです。ハイハットのこの辺を叩くとこの曲になるとかというのをちょっとずつ試していて。
竹部:ハイハットを叩く箇所へのこだわり!
金澤:そうです。この曲はハイハットのサイドをちょっと開け気味で叩いた方がいいなとか、思いっきり開けて叩いた方がいいかなとか。その日お借りするライブハウスのセットにもよるんですけどね。今日の感じだと、もうちょっと開こうかなとかをその日に決めるんです。
竹部:それはおもしろい。
金澤:子供のころから『ハード・デイズ・ナイト』と『ヘルプ!』を見ているから、めちゃくちゃ体に染み込んでいるはずなんですけど、いざ演奏ってなると新しい発見がたくさんあるんですよ。
竹部:35年以上聞いているわけですよね。
金澤:そうですね。聞いている歴で言ったらおじさんのビートルズファンと変わらない。演奏できることは嬉しいんですけど、あのときのリンゴには一生追いつけないなって。当時って、まだ20代前半じゃないですか。
竹部:そうなんですよ。二十歳そこそこ。
金澤:だから、ずっと研究し続けようって感じですね。ビートルズがそこにいるってことはありえないんですけど、ビートルズを好きな人が、レコードで聞いた音が目の前で流れてきたら、夢のようなことだと思うんで、そこに近づけるように、ハイハットの質感がひとつを気にして叩こうと思っているんです。でも、真似できるところは真似していますけど、パフォーマンスは真似しないようにしています。人間が違うので。イギリス人男性と日本人女性では、同じことしても全然違うなっていうことで、やらないんです。
竹部:素晴らしい心構えですね。
金澤:レコードで聴いてもあまり聞こえなかったりするんですけどね。
竹部:初期の曲は聞こえづらいですよね。
金澤:たとえば『ウィズ・ザ・ビートルズ』の中の曲でいいうと「オール・アイ・ゴット・トゥ・ドウ」とか「オール・マイ・ラヴィング」。みんなハイハットの開け具合違うんですけど、研究してなるべく近づけたいなと思って。自分がレコードで聞いたドラムを出せるように考えています。
竹部:『赤盤』のリマスターって聞きました。
金澤:サブスクで聴きました。あと、レコードを流してくれる店で。
竹部:この対談に出てもらったビクターの川口さんが言っていたんだけど、『赤盤』リマスター盤の「オール・マイ・ラヴィング」のドラムってすごくクリアに聞こえるんですよ。それまでってドラムの音があまり聞こえないんですが、今回のやつはスネアがクリアに聞こえると。とくにサビの「♪オール・マイ・ラヴィン~」のところのスネアの連打。こんな叩き方だったんだって。言われて聴き直したんだけど、これは僕も驚きました。
金澤:聴いてみます。最近の技術はすごいですね。
2年連続で訪れたロンドン、リバプール

竹部;さおりんごさんが叩いていて楽しい曲はどのあたりでしょう。
金澤:「アイブ・ガッタ・フィーリング」とか「ゲット・バック」。
竹部:「ゲット・バック」はドラムの曲ですよね。シンプルな曲ゆえにドラムで聴かせる。
金澤:すごく深いんですよ。リンゴは左利きっていうこともわかる。なんか不思議な叩き方をしているんですよ。あれ、そういえば今日ってルーフトップ・セッションの日ですね。
竹部:そうだ、1月30日。
金澤:今まであまり考えなかったことがなかったんですけど、ルーフトップ、ゲット・バック・セッションのあの辺りの曲が個人的に表現としてテンションが上がるかもしれないです。「ドント・レット・ミー・ダウン」も好きですし。
竹部:ビートルズのメンバーってプレイヤーとしての技術的なところをキャラが消している気がしますよね。映画で普通に役者やってしまうところもそうだけど、記者会見で面白いこと言ったり、スキャンダルの話題性とかで、プレイヤーとしてのすごさがあまり目立たない。鍛錬の苦労が顔に出ていないっていうか。
金澤:そうですね。キャラが目立っちゃう。天才だから普通にやっているだけなんでしょうけどね。音だけ聞いたら、とんでもないことをしているんですよ。だから何十年経った今でも発見がある。
竹部:10年ぐらい前にビートルズバンドを見に行って、「やればいいじゃん」と言われたそのあとは?
金澤:別のビートルズバンドで叩くようになって、少し経ってから、最初に誘ってくれたバンドに入るんです。それがThe Cray Beatsなんですが、まるで計画していたかのような感じがするんですよ。ビートルズになることが夢だったのに、なぜかジャズやることになって、そのあとにビートルズバンド誘われるっていうのは、自分の中の神様がいて、まずここで「修行してこい」って言われて、その通りにやった結果導かれて、夢が叶ったっていう。
竹部:強く思っているとそっちの道に導かれるといいますよね。The Cray Beatsは定期的にライブをやっているんですか。
金澤:月に1回はやっています。主に経堂のクレイジーラブってジャズクラブともうひとつ、荻窪のルースターっていうところです。ルースターの方は鍵盤の人が入るので、中期から後期にかけての曲を再現しています。経堂は初期のロックンロールが多めですね。
竹部:リンゴの再現は難しいけど、演奏すること自体は楽しい?
金澤:楽しいです。やってみて思ったのは、私の中ではビートルズの現場とジャズの現場はあまり変わらなかったということです。ビートルズだから、ガチガチにコピーしなければいけないのかなと思って、ちょっと怖かったんですけど、やってみたら自由に演奏できたんです。コピーをするということは大事ですけど、それはジャズも一緒なんですね。セッションは柔軟性が必要だし、そこはジャズの経験が生きている気がします。
竹部:演奏していて印象に残っている曲はありますか。
金澤:ビートルズバンドを10年ぐらいやってきたので、もう8割くらいの曲は演奏してきたと思うんです。なので、初めて人前でやる曲はだいぶ少なくなっているんですけど、ずっと演奏したかった曲を叩けるのはいつも嬉しくて、去年は初めて「オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ」をやったんです。あれ、最初にロールが入るじゃないですか。わたし、この曲のためにロールを練習してきたんじゃないかって(笑)。「ノーウェア・マン」にもロールはあって、ライブで何度もやっているんですけど、やっぱり「オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ」は最高でした。あと「ドライヴ・マイ・カー」。
竹部:いいよね。
金澤:今日はわたしが中学生のときに聴いていた『ラバー・ソウル』のCDを持ってきました。
竹部:これも年季が入ってる(笑)。この曲はサビ前のドラムのパターンが3回とも違うんだよね。
金澤:たまに間違えるんです(笑)。あれはドラムの基礎練習のパターンと似ていて、冷静に考えれば簡単なんですけど、たまに間違えてしまう。それと、あの曲ってカウベルが入っているじゃないですか。ドラムを叩いているとカウベルは叩けないんですけど、ビートルズ・バンドの先輩が左手でカウベルを叩きながら、右手だけでエイトビートやるっていうのをやられていて、「それ真似していいですか?」って許可を取って真似させてもらっているんです。
竹部:それは神業。
金澤:ハイハットの音が1個減っちゃうんですけど、それよりもカウベルが大事だと思って。さらに私はハイハットの上にタンバリンを乗せて、それを左足で踏みながら再現するっていう。両手両足全部使うっていう技を編み出したんです(笑)。ほかにやっている人がいるかもしれないですけど、今のとこと見たことなくて。
竹部:曲芸師ですね(笑)。それにしてもドラム視点のビートルズナンバー考察がおもしろい。
金澤:そもそも「ドライヴ・マイ・カー」は最初にドラムが入るところも不思議なんです。あれってそのまま頭から歌うと4拍子にはまらないんですよ。どうやったら4拍子にハマるのかっていうのをコロナ禍のめちゃくちゃ暇なときに研究していて。
竹部:イントロ部分のギター、ベース、ドラムのアンサンブルは奇蹟的ですよね。
金澤:一生懸命作っていてもああいうのは出来ない。偶然、自然に編み出しちゃっいるのかな。やってみたら、よかったのでこれでいいんじゃない、みたいな。
竹部:偶然的必然ね。ライブ時のお客さんの反応はどうですか。
金澤:私を応援してくれる人は楽器経験者が多いんです。だからそういう人たちと情報交換ができるのがうれしい。あと、昔ビートルズを聴いていたけど最近は聞かなくなったっていう人がわたしのライブに来て、またビートルズを聞きたくなったっていう意見はよく聞きます。そういうとき、ほんとに嬉しいなと思います。その日演奏した曲が、その人の思い出の曲で、「これだ!」って気づいたりとか。その曲しか知らなくても、別にマニアじゃなくても、ビートルズ好きでいいじゃないですか。なので、もしリクエストがあったら、どんな曲でもやってあげて、その人の思い出になったらいいなと思います。
竹部:メディアでビートルズを語る人って決まっちゃうけど、自分のまわりにもいろいろいますってことで始めたのがこの連載対談なんですよ。第一回は藤本さんなんですけどね。あと、印象に残っているビートルズ活動といえば、なんでしょうか。イギリス行きですか。
金澤:ロンドン、リバプールっていうコースで2回行きました。2017年と2018年、コロナ前だったんです。
竹部:2年連続で?
金澤:2017年に行って、もう1回行きたいってなって思って次の年にもう1回。チケットが安くて、気候のいい時期を選んで。本当に衝撃でした。羽田から飛行機が飛び立った瞬間に感動して泣いちゃって。ヒースローついた瞬間にもう1回泣いて。
竹部:周りの人驚いたでしょ(笑)。
金澤:そもそも海外旅行とかは1人でも行けるタイプなので、自分で調べていろんなところに行ったんですよ。リバプールでは「マジカル・ミステリー・ツアー」のバスも乗らなくて。バスが苦手っていうのもあったんですけどね。乗り物酔いが嫌だから行けるんだったら自力で行きたいと思って。
竹部:自力で回りたくなるのはわかります。
金澤:路線バスを乗り継いて行ったんですけど、途中で道がわからなくなると、現地の人が親切に教えてくれて、「ストロベリー・フィールドに行きたいんだったらここ真っすぐ」みたいな感じで。ストロベリー・フィールドの門を見た瞬間のことは忘れられないです。世界中の人が知っている曲のこの場所に今私しかいないよね。来てしまった。みたいな(笑)。それからペニー・レインまで歩いて。ジョンの家も行って、次の年にはポールの家も行きました。ロンドンではアップルビルにアビーロードも行きましたが、いちばん思い出深いのは、チズウィックハウスですね。「レイン」と「ペーパーバック・ライター」のビデオの場所。そこで撮った写真がわたしのLINEのアイコンになっています。
竹部:ぼくもあそこは好き。そのまま残っているというのが驚きですよね。
金澤:あと、映画『ヘルプ!』に出てくる川沿いにあるシティ・バージというパブにも行きましたよ。映画に出てくる店内はスタジオのセットなんですが、外観は当時のまま変わってなくて。4人が店のガラスを割ってバンって出てくるシーンを思い出すことができました。4人が歩いてくる道を歩いたり。感動でした。

竹部:パブの中も入ったんですか。
金澤:入りました。普通のパブでしたが。ちょっと高めかな。映画の雰囲気は全くなくて、ジョンの真似してビールはこぼせなかったです(笑)。でも美味しかったですよ。
竹部:それは感動だね。うらやましい。
金澤:あそこはロンドンからちょっと郊外に行く感じで、そんなに遠くはなかったですけど、行きづらい場所にあって。でも好きな映画のロケ地に行ったことは、一生の思い出です。それで、今日は思い出のビートルズアイテムを少しだけ持ってきたんですけど、そのひとつがこの『アンソロジー』のビデオです。
竹部:これ当時すごく高かったんだよね。社会人だったけど買えなかった。8巻セットで数万した記憶がある。全部買ったの?
金澤:はい。高校のときに初めてのバイト代で買ったんですよ! 女子高生のバイト代がこれってやばいですよね。
竹部:共感してくれる人いなかったでしょ?
金澤:はい(笑)。誰も。このなかの『7』ばかり見ていたんですね。
竹部:この頃が好きということ?
金澤:「ハロー・グッドバイ」のジョンが好きなんですよ。『サージェント・ペパーズ』のあたりのジョンは眼鏡かけて髭を生やしているじゃないですか。最初見たとき、え?って。でも、『マジカル』では髭を剃って、「ハロー・グッドバイ」では眼鏡も外すじゃないですか。アイドル時代の雰囲気が戻ってきているところが好きなんです。
竹部:わかる(笑)。でも当時のファンは、髭と眼鏡ってどういう反応したんだろうね。あれ?って思うよね。
金澤:私だけじゃなく、苦手な人多いですよ。『ホワイト・アルバム』からの長髪と、長髪に髭を生やしてヨーコと白い服を着ているときのジョンは女性受けが悪いと思います(笑)。
竹部:その意見よく聞きますよ。全裸にもなってしまったしね。
金澤:あれは見たくなかったです。1回見てしまったら取り返しつかないんで(笑)。
竹部:止めてほしかったね。
金澤:誰か止められなかったのかって。もう取り返しがつかないです(笑)。
