FIAはF1が新時代を迎える前に、圧縮比に関する論争に終止符を打とうと躍起になっており、2月27日に改訂版が発表されたテクニカルレギュレーションには、そのために一部修正された。ある意味妥協点だ。
この妥協点は、メルセデスを含む関係者全員にとって、受け入れ可能な解決策なのだろうか?
新しいシーズンに向け、エネルギーマネジメントと並んで議論の中心となったのは、「圧縮比」という言葉であった。この圧縮比とは、簡単に言えば、エンジンのピストンがストロールの最上部にある時のシリンダー内の容積と、ピストンがストロークの最下部にある時のシリンダー内の容積の比率のことである。昨年までは18:1であったが、今季からは新しいメーカーが参入しやすくするために、これが16:1に引き下げられた。
しかしそんな中、メルセデスが常温での検査時には16:1であるものの、エンジンが稼働し、高温になった時には、この圧縮比が高くなるというギミックを実現したという事実がライバルメーカーに伝わると、一気に政治的な問題へと発展した。
メルセデスが高温時に高い圧縮比を実現したのは、ピストンとコンロッドに使われている材料の膨張と関係している可能性があるとされる。ただ話はそう単純ではなく、今日のF1エンジンに使われている素材は実に複雑で、これらのパーツは高度な3Dプリンティング技術を使って、多層構造になっていることが多いということも、そのギミックを実現するために重要だった可能性がある。
なお当初メルセデスのPUは、走行時には18:1に極めて近い圧縮比を実現していると言われることが多かった。しかし実際には、圧縮比が高くなったとしても、ほんの僅かな差でしかなかったと言われている。しかしアウディを筆頭に、フェラーリやホンダも連名でFIAに質問状を送り、その優位性を排除しようとした。
■FIAはなぜ投票を実施したのか?
1月22日の技術専門家による会議の後、FIAはレギュレーションに変更を加える必要性を感じていないように見えた。しかし、状況は徐々に変化した。これは政治的な圧力によるものかもしれないが、FIAのシングルシーター部門責任者であるニコラス・トンバジスによれば、主な要因は別のところにあったという。レギュレーションで規定された方法が、目標を達成するには不十分であったのだ。
「こうした問題を議論する際には、多くのニュアンスが絡んでくる。レギュレーションの意図するところがあり、2022年のPUメーカーとレギュレーションについて話し合った際、圧縮比を16:1に維持することが目標の中核のひとつだったのだ」
そうトンバジスは語った。
「そしてレギュレーションに具体的に何が書かれているのかという問題もある。レギュレーションで規定されている内容から判断すると、より高い圧縮比を実現できる方法があることが明らかになったのだ」
レギュレーションには、参照できる箇所がふたつあった。
C5.4.3条には以下のように記載され、圧縮比は常温のみで測定されると規定されていた。
「エンジンのどの気筒も、幾何学的圧縮比が16.0を超えてはならない。この値を測定する手順は、ガイダンス文書FIA-F1-DOC-C042に従って各PUメーカーが詳細に規定し、常温で実施される」
しかしより一般的な規定であるC1.5条では、以下のように定められている。
「F1マシンは競技中、常に本規則を完全に遵守しなければならない」
つまりメルセデスとしては、「測定する手順は(中略)常温で実施される」という文言に準拠したわけであり、一方でライバルメーカーは「常に本規則を完全に遵守」したわけである。
本質的には双方の主張に正当性があったため、FIAの主な目的は、規則の文言を厳格化し、曖昧さを排除するということになった。
「規則が目的を完全に達成していないために改善が必要な場合は、修正を試みる。規則は目的に焦点を合わせたものであり、解釈によってどちらかの方向に少し偏った解釈がされたからといって、徐々に進化していくモノではない」
■メルセデスでさえ納得できる妥協点?
当然ながら次に浮かぶ疑問は、受け入れることができる妥協点とは、どんなモノだったのであろうかという点だ。FIAは、いかなる変更もパワーユニット諮問委員会(実際には5つのPUメーカーのうち4社とFIA、そしてFOM)の過半数の賛成が必要だったため、妥協点を積極的に模索する必要があった。
FIAは声明の中で、この提案は全会一致で承認されたと発表している。るまりメルセデスも、この最終結果に納得しているということを示唆しているわけだ。
2月27日に発表されたレギュレーションの改訂版では、次のように記載されている。
「エンジンのどの気筒も、以下の条件で測定されて幾何学的圧縮比が、16.0を超えてはならない」
「2026年5月31日まで:エンジンが常温の場合」
「2026年6月1日から2026年12月31日まで:エンジンが常温の場合およびエンジンが130℃の場合。運転条件において、16.0を超える圧縮比となるように設計または機能する部品、アッセンブリー、機構、またパーツの一体型配置は禁止される」
当初測定方法が変更される期日は、8月1日になるとみられていた。しかし上記の通り、6月1日から常温および130℃の両方で測定されることになった。
ただこのことは、バーレーンでのテストの際、メルセデスのトト・ウルフ代表が既に示唆していた。
「現在の方法は、冷間時と高温時の両方でレギュレーションに準拠する必要があるため、誰にも有利にならないようになっていると思う。他社は、高温時のみの計測とすることで、冷間時にレギュレーション外の計測を行なおうとしたんだと思う。だから今は、誰にとっても公平なゲームであると言える」
冷間時(つまり常温時)と130℃の時に測定するということは、メルセデスにとって極めて重要なことだった。メルセデスは、ライバルがメルセデスとは逆のことをするのを防ごうとしたのだ。
一部のメーカーは、高温時のみ検査するように求めていたという。しかしその場合には、130℃で16:1の圧縮比を実現したとしても、それより温度が低い場合により高い圧縮比を実現できる可能性が生じるわけだ。通常であれば、温度が高くなれば、エンジンそのものが膨張するために、圧縮比が下がる傾向にあるはずだ。
ただ今回の変更により、その可能性は排除された。だからこそウルフ代表は、今回の変更は「双方にとって公平」だと語ったのだ。
現在の状況は、F1における妥協の典型的な姿と言えるだろう。FIAは計測方法の変更日を当初計画していた8月1日から6月1日に前倒ししたことで、メルセデスのライバルが受け入れ可能なモノとし、またその後2条件で測定するという文言を盛り込んだことで、メルセデスの要求も達成した。そういう意味では、今回の議論の結末は、それぞれ何らかの収穫があったということになる。
なおこの新しい規定に準拠するため、メーカー側としてエンジンに調整を加える必要があるとなっても、テクニカルレギュレーションにはそのための余地が設けられている。ただ、PUメーカーの予算上限の範囲内で全てを行なわねばならない。なお2027年以降は、圧縮比の検査はエンジンが高温になった時のみ測定する形となる。
■他に解決すべき大きな問題があるか?
FIAにとって今回のタイミングは、極めて重要であった。そしておそらく、それは全ての関係者にとっても同じであろう。FIAは当初から、議論が誇張されていると感じており、開幕戦に影を落とさないことを重視していた。
「皆さんは少し興奮しすぎている。この問題が、これほど注目を集める必要はなかったと思う」
そうトンバジスは語った。
「重要なことではないと言っているわけではない。しかし何ヵ月も興奮するような価値があるモノだろうか? 正直言って、そんなことはないと思う」
FIAは、開幕戦のためにメルボルンに行く前に、この問題に決着をつけたいと考えていた。そしてメルセデスも含む各PUメーカーも、この件を最優先事項であると認識していた。
「メルボルンの金曜日に抗議活動を行なうこと自体に抵抗はなかった。でも、果たしてそれは我々が望んでいることなのだろうか?」
ウルフ代表はそう語った。
「しかしこれはまるで茶番劇のようだと、我々はずっと言い続けてきた。もしこれらの数字が本当なら、誰かがそれに抵抗する理由も理解できる。しかし結局のところ、争う価値はない」
また、レッドブルのローレン・メキーズ代表は、大事なのは明確さであると主張した。
「我々が求めているのは明確さだ。何が許されているのかを教えてくれさえすれば、あとは大した問題ではない。何が許されているのかを明確に理解することが不可欠だ。そして全ての競技者が、自分にとって最善だと考える道を辿り、結果に辿り着く自由があるべきだと私は信じている」
圧縮比に関する問題については、一応の解決を見た。しかし本当に大事なことは、今季からの新しいレギュレーション下のマシンでレースをした場合、そうなるかということだ。
2026年のレギュレーションでは、エンジンと電動モーターの出力が均等になる。しかしバッテリー容量は昨年までとあまり変わらないため、エネルギーマネジメントが大いに重要となる。特に開幕戦オーストラリアGPの舞台となるアルバートパーク・サーキットやサウジアラビアGPの舞台であるジェッダ市街地コースは高速サーキットであり、さらにブレーキングゾーンが少ないためエネルギー回生をできる箇所が少なく、ストレート走行中に電気エネルギーが枯渇してしまう可能性があるとされる。マクラーレンのチーム代表であるアンドレア・ステラはこれらのサーキットを、「エネルギー効率が悪い」と表現した。
この懸念については、FIAとしてはまだ対処するためのいくつかの選択肢が残されている。たとえばレース中に使える電力を、レギュレーションの上限である350kWではなく250kWまでと制限すれば、バッテリーの電力が枯渇する可能性はグッと低くなる。しかしもちろん、マシンとしての最高出力は低減されることになる。
ただ、政治的にデリケートな部分もある。エネルギーマネジメントに自信を持っているチームがいた場合、グリッド全体の”エネルギー不足”を改善するために、その優位性を手放すようなことには応じないはずだ。
この件についてFIAは、開幕戦まで行動を起こさないと表明している。しかしレースの運営に問題が生じた場合には、次なる政治的な争点となる可能性もある。なおFIAは、一部の人たちが懸念しているほど深刻なモノにはならないだろうと考えている。
「2026年に向けて導入されるレギュレーションは、近年最大の変更点のひとつだ。関係者全員が、このような大幅なレギュレーション変更に伴い、シーズン前のテストや2026年の選手権の序盤戦から得られる、共通の教訓があることを認識している。エネルギーマネジメントに関する更なる評価と技術チェックは、現在も進行中である」

