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「これは騙し討ちだ」菊池事件・F氏が遺した最期の言葉。再審を阻んだ国家の冷徹な死刑執行

「これは騙し討ちだ」菊池事件・F氏が遺した最期の言葉。再審を阻んだ国家の冷徹な死刑執行

菊池事件の再審請求の署名を求めるチラシ

【戦後未解決事件史8・後編】
ジャーナリストの岡本萬尋氏が、事件の謎に迫る「シリーズ戦後未解決事件史」。第8弾はハンセン病とされた男が殺人罪などで死刑判決を受け執行された、「菊池事件」(1952年)だ。今回は発生から74年が経過したこの事件の深い闇に、再びメスを入れる(全2回中の2回目)。

戦後未解決事件史8・前編】を読む


司法を断罪した死刑囚の最期の叫び

死刑確定から5年。政治家や文化人、学者などが名を連ねる「(F氏を)死刑から救う会」が結成され、3度目の再審請求で過去最大の調査団が現地入り。予断に基づく捜査と人権無視の暗黒法廷にようやく支援の輪が広がり始めた――刑の執行はそんな矢先だった。

’62年9月14日、菊池恵楓園から福岡刑務所への突然の移送。長年訴えてきたハンセン病の疑いが晴れ一般人と同じ処遇になったと喜んだF氏を尻目に、3日前に法相が死刑執行指揮書に署名し前日には密かに3次再審請求を棄却、並行して九州唯一の執行設備のある福岡刑務所への移送の手はずを整えた法務省には、どんなことがあってもこの男に再審の機会を与えることなどできぬ理由があったと見るべきだろう。

執行後、国会で答弁を求められた法相は「たまたま(F氏の)書類が一番上にあり捺印した」と嘯いた。

「先生、どこかへご転勤ですか」。福岡到着からわずか2時間余、顔見知りの教育部長から「お別れだよ」と告げられたF氏は自身への刑執行宣告とは露ほども疑わず、こう問い返したという。「これは騙し討ちだ」が最期の言葉と伝えられる。享年40。

菊池事件の裁判のやり直しを求めた第4次再審請求(死後再審)。今年1月の判決で熊本地裁(中田幹人裁判長)は、F氏を裁いた特別法廷の違憲性について、当時はすでにハンセン病の特効薬が広く普及しており特別法廷を開くには慎重な判断が必要だったのにそれをしなかったのは「合理的な理由のない差別」と認定。「法の下の平等」を定めた憲法14条1項に反し、「裁判の公開」を規定する82条1項違反の可能性も指摘した。

にもかかわらず地裁は、たとえ憲法に沿った形の公開法廷で審理したとしても「確定判決の証拠関係等に変動はない」と切り捨てた。

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違憲を認めつつ再審拒否という「恥の上塗り」

憲法違反の特別法廷での審理について「確定判決の事実認定に誤認を来すとは認められない」と再審開始の理由にならないと断じたが、被告以外が予防衣を着用し火箸で証拠品をつまむ前述の異様な法廷風景や、国が全患者の強制隔離を目指して都道府県を競わせ、住民の密告すら奨励したハンセン病を取り巻く当時の世情への想像力が決定的に欠けている。

弁護団はまた、特別法廷の違憲性以外にも、凶器とされた短刀について「遺体に短刀では付けられない傷が複数ある」との新たな鑑定書や、F氏から犯行を打ち明けられたとする親族2人の供述の不自然さなど、有罪認定そのものへも疑問を呈したが、地裁はさしたる反論も示さないまま退けた。

違憲の法廷で裁かれたならば裁判をやり直すのが当然だが、まさしく結論ありき。かつて秘密裏にF氏への刑執行を着々と準備した司法権力の冷徹な妄執は、今回の判決にも脈々と受け継がれている。

特別法廷への謝罪を口にし違憲性を認めながら再審の扉を頑なに閉ざし続けるその姿勢は、ハンセン病というだけで患者を憲法の人権規定の枠外に置いた恥の上塗りと言うべきだ。菊池事件の弁護団は2月2日、判決を不服として福岡高裁へ即時抗告した。

菊池事件で特別法廷が置かれた菊池恵楓園では、1965年までに死亡した入所者のうち少なくとも389人の遺体が解剖されていたことが明らかになっている。

医学研究の名目で「解剖願(同意書)」を入所者から求めていた時期もあったとされる。2005年に全国の療養所で114体の胎児のホルマリン漬け標本が発見された事実も想起させる。

さらに一昨年、同園で第2次大戦中から戦後にかけて、旧陸軍が寒冷地での作戦用に開発中だった「虹波(こうは)」と呼ばれる薬剤が入所者に繰り返し投与されていた事実も判明した。激しい副作用や死亡例すら出たにもかかわらず、医師らは中止の判断を取らず「医療倫理の在り方に疑問が持たれる」と同園の報告書は指摘している。

他にも全国のハンセン病療養所には入所者女性への強制不妊や男性への強制断種、生まれた胎児の命を奪う強制堕胎などの記録も残る。治療法が確立した戦後も脈々と続く差別的な「絶対隔離」の中で放置された、数々の不条理。菊池事件はその極北である。

取材・文/岡本萬尋

配信元: 週刊実話WEB

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