東京で暮らす落ちぶれた俳優フィリップは、日本での生活に居心地の良さを感じながらも、本来の自分自身を見失いかけていた。そんな中、“レンタル家族”として他人の人生の中で“仮の”役割を演じる仕事に出会い、想像もしなかった人生の一部を体験する。最初は戸惑いつつも仕事を通して出会った人々と交流していくうちに、彼の心も少しずつ変化してゆくーー。
注目の日本人監督HIKARIがメガホンをとり、アカデミー賞®主演男優賞に輝いたブレンダン・フレイザーが、日本を代表する多彩なキャストとともに、「家族」の意味、「人生」の意味を問う。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『レンタル・ファミリー』でレンタルファミリー会社の社長・多田信二を演じた平岳大さんに、本作品や映画への思いなどを伺いました。
極めて日本的な「レンタルファミリー」というビジネス
池ノ辺 今回の作品『レンタル・ファミリー』ですが、こういうビジネスってアメリカには無いそうですね。日本特有だとか。
平 ないですね。僕もロンドン映画祭に行った時に聞かれて、ハッとしちゃったんです。その時 に言われたのは、“レンタルファミリー”っていうビジネスは、サービスを提供する方とされる方、双方にある種の信用というか相手を信頼していないと成り立たないサービスじゃないかと。確かにそうかもしれないなと。もちろんそれは日本人しかできないとは思わないけれど、日本人ならできそうな感じはするなと思ったんです。
池ノ辺 実は、本作の宣伝プロデューサーとお話した時に、日本人の「見栄と虚栄」がこの“レンタルファミリー”のビジネスを成立させているんじゃないかという話題が出たんです。それよりも「日本人同士の信頼関係」があるんじゃないかということですね。
平 まあ、でもその裏には確かに「見栄と虚栄」があるかもしれないですよね。アメリカ人というか外国の人から言わせると、なぜ息子とか兄弟とかの親族に頼まないで、わざわざお金を払ってそういうサービスに頼むんだ? というのがすごく疑問みたいです。けど、日本人の感覚からすると、親族だからこそ迷惑をかけちゃいけないとか、さらけ出したくないとか、それは見栄なのか虚栄と呼ぶものなのかはわからないですが、そういうわだかまりみたいなものがある。それだったらもう全くの赤の他人に、表面的なことだけ求めて依頼するということは、このビジネスが成り立っている理由の一つかなとは思います。
池ノ辺 このサービスを提供している会社って、日本で300社くらいあるらしいです。その会社でサービスとして家族を演じる人たちの関係が、まるで家族のような強いつながりになることもあるんだとか。本当にこの映画みたいなことが現実にあるんだなと思って驚きました。
平 そうなんです。でも考えてみると、日本の会社って、昔から「会社は一つの家族です」みたいなノリってありますよね。社長がお父さんで、その女房役の専務とか取締役がいて、社員は子どもたち。日本の社会の作りとして、そういう擬似ファミリーみたいなものを一つの単位とするような、そういう土壌がそもそもあるのかもしれないですね。
こだわりの監督とのハードで楽しい現場
池ノ辺 今回の出演は、オーディションを経て決まったんですよね。
平 そうです。
池ノ辺 本作では、“レンタルファミリー”の会社の社長を演じられていますが、演じるにあたってはどういう気持ちだったんですか。
平 最初は、この映画のちょっと絵空事的な部分が前面に来て、ちょっといかがわしいというか「本当にこんなビジネスあるのか? 」というような、半信半疑の感じでした。それが、劇中で僕の部下の役をやった山本真理ちゃん、彼女は女優でもあるけれどジャーナリストでもあって、自分で本を書いたりもするんです。彼女が、実際に“レンタルファミリー”業をやっている人に取材したいといって、その現場の声を聞いてきて教えてくれたんです。それが本当にリアルで‥‥そうしたら、今までただ読んでいた台本に出てくる事柄が、すごく腑に落ちたんです。なんというか、自分の中で納得できた感じでした。これは決して空想の話ではなく、本当に、あの人たちの話なんだと、そう解釈できました。
池ノ辺 HIKARI監督のもとで演じるというのはどういう体験でしたか? 監督は結構こだわりがあると思うので、細かく演出が入るんじゃないかと思っていたんですが、本人は「そんなことはない」と言ってました。「こう演じてください」と言うのではなくて、「この状況がこうで、こうなっているから」という説明だけして、あとは役者さんが「演じる」のではなく「その人になってその場に現れる」、それを私は見たいんだ、なんて言ってました。その辺りはどうだったんですか。
平 アメリカでは、そういう演技法、つまり「演じる」のではなく「その人になりきる」というのは主流ですね。ただ、監督は結構こだわっていましたよ (笑)。
池ノ辺 そうでしょうね (笑)。だって監督は本当にこだわる方ですもんね。
平 今回「ADR (アフレコ)」をやったんですけど、それを6時間通して、ご飯も食べずにやったんですよ。
池ノ辺 うわー! 。
平 だいたいADRって、そのセリフのところに雑音が入っていたり滑舌が悪かったり、あるいはセリフを変えるとか、何か難があった時にやるものなんですけど、HIKARI監督はそうじゃないんです。例えば、今は笑ってこのセリフを言っているけど、その同じセリフを怒って言ってみて、とか言ってくるんですよ。「でも僕、顔笑ってますよね? 顔が笑ってるのにセリフ怒ってたら、なんかちょっとヤバい人じゃないですか?」みたいな (笑)。
池ノ辺 確かに (笑)。
平 そういうのがどんどん来るんですよ。「こうしたらどうなんだろう? もしこうなったらどうなる?」って、とにかく全部の可能性をやり尽くさないと、監督はたぶん、この映画を世に出せなかったんだと思います。
池ノ辺 やり尽くして、「これでOKだ」って言われた時は、平さんは「なるほどな」って思ってたんですか。
平 いや、もうその時点では僕はわからないです。だからとにかく、自分が持っている引き出しを全部開けて、それを全部提供しました。でも、その中のどれが使われたかはわからない。ほとんどは使われていないような気がする (笑)。
池ノ辺 初号試写を観た時はどうでしたか。あれが使われたんだとかって思いながら観ましたか?
平 そのADRでやったところは、1箇所2箇所はあったかもしれないですけど、あとは撮影の時のセリフをそのままを使っているんじゃないかなと思います。でも監督としては、最後の最後まで納得がいかなかったんでしょうね。特別難しいカットがあるわけじゃない、ファイトシーンやスタントシーンがあるわけでもない、いわゆる「ウォーキートーキー (walkie-talkie) 」ですよ、歩いて話してっていう映画。それでポストプロダクションに1年半かけたんです。
池ノ辺 そうだったんですか。
平 だからもう、盆栽を例えに出すと「ここをちょっと切って、今度はこっちをちょっと切って」っていうことが、止まらなかったんだと思います。
池ノ辺 まあ、本人も「こだわるのが監督」とおっしゃってましたから (笑)。じゃあ、実際に一緒にやってみた感想はいかがでしたか。
平 大変でしたけど、すごく面白かったですね。いろんな可能性を引き出してくれましたから。自分としては、セリフの言い方なり表現の仕方なりで、A、B、Cくらいのパターンは考えて準備していくわけですが、現場で全く違うことを言われたり変化球を投げられたりしたので、まだまだ考え尽くしてなかったんだ。もっともっと考えなきゃいけないなと思わされたりして、そこはすごく楽しかったですね。
池ノ辺 じゃあ、HIKARI監督とまたやりたいですか。
平 もちろん、またやりたいですね。
池ノ辺 それはよかった。今回はHIKARI監督の作品でしたが、日本で演じるのとアメリカで演じるのとでは何か違いはあるんですか。
平 日米の違いというよりも、今回は日本での撮影でしたけど、基本的にHIKARI監督の頭の中は海外なので、映画のペースとか感覚が、他とちょっと違うというか‥‥。
池ノ辺 どんな感じなんですか?
平 泣かせる映画だけれど御涙頂戴でもない。センチメンタルでもないしウェットでもない。その匙加減とかスピード感は、どちらかといえばアメリカ的ですよね。役者のアップを撮ることもあまりない。アメリカって基本的にワンシーン・ワンカットなんですよ。日本のようにシーンを細かく分けてここからここまでを撮って、というよりワンシーンの撮影の流れの中で出てきたものをピックアップするといった手法で、それは日本での撮影でもそうでしたね。
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