バブル期の終わり頃から日本中を席巻した「女性タレントグループ」ブーム。C.C.ガールズをはじめとした数多くのグループが活躍したが、その中のひとつ、シェイプUPガールズに所属していたのが中島史恵さん(57)だ。
還暦を前にして今年1月に17冊目のグラビア写真集『#57 感じる史恵』(双葉社)を発売。今年2月には「終活を念頭に」千葉県に移住したという。そんな中島さんにインタビューを行ない、バブル期から現在までを振り返ってもらった。(前後編の前編)
今年2月に千葉に移住「もっとシンプルに生きたいなと」
中島さんが所属していたシェイプUPガールズは、オスカープロモーションに所属する女性タレントからなるグループ。
青田典子さんなども所属するC.C.ガールズの妹分として1994年に結成され、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』をはじめ体当たり系番組に多く出演して人気を博した。
中島さんはグループ解散後も女優やタレントとして活動する中で、49歳からグラビア活動を再開。その中で守ってきたのは「脱がないこと」なのだという。
「かなり前から“脱ぐ脱ぐ詐欺”と言われてきましたけれども(笑)。私の中でグラビアといえば、やはり水着だと思っていまして。そのほうがシェイプUPガールズのコンセプトであるヘルシーなセクシーさを妄想していただけるかなと思って。
今回の『#57 感じる史恵』も、撮影前に無理に体を絞ることなく57歳の普段の私のまま挑みました」
グラビア以外では昨年9月に千葉県鴨川市にディスコ『FOOMYS(フーミーズ)』でDJとしてデビュー。昨年までは都内と千葉を行き来する暮らしだったが、今年2月に千葉に移住した。
「若い頃って東京に住んでて仕事をするのが当たり前だと思っていました。でも年齢を重ね、もっとシンプルに生きたくなったんです。
2拠点より拠点が1つのほうが身軽だし、出張中の夫(実業家の渡邉明氏)とも『移住しちゃおう』ってところで意見が一致して。徐々に終活していこうってなったんです」
終活を考えるようになるほど落ち着いた中島さんだが、シェイプUPガールズとしてデビューする前はかなり「ヤンチャ」だったそうだ。
「10代の頃は空前のディスコブーム。地元の長野にあった『MAHARAJA(マハラジャ)』の常連でした。エアロビのインストラクターだったので、ボディコンに運動靴でダンスレッスンに行くような感じで踊ってましたね。髪型は前髪をかきあげるほどではないですが、ワンレンボブでした」
「ハイレグにベンチコートを羽織ってワゴン車で移動してました」
六本木の印象が強い『MAHARAJA』が長野にあったことが驚きだが、地元長野でヤンチャな時代を過ごしていた中島さんは、そこで人生の分岐点となる出会いを果たす。『MAHARAJA』のVIPルームにいたイケイケ男性のA氏にナンパされたのだ。
「狭い街だったので彼は私の家の電話番号を調べて電話してきたので、再び会うようになって。そして勢いで駆け落ち同然で沖縄に家出しました。好きになったら一直線なんですよね。
彼と沖縄の『MAHARAJA』で住み込みで働き、長野時代よりも少し洗練したPINKY&DIANNEやNOVESPAZIOのボディコンで仕事の合間に踊ってました。親には『もう私のことはいないものと思って』なんて言ってしまって親不孝だったと思います……」
沖縄の『MAHARAJA』で勤務中に知人から「東京で働かないか」と誘われ、Aさんと共に上京。そこで初めて東京の地を踏み、渋谷の街頭でスカウトされたことをきっかけにシェイプUPガールズに所属することになった。
「芸能には憧れがあったので、デビューと共に『彼のために』という思いが『自分のための活動に専念したい』という思いに変わって、スパッとAさんとは別れました」
セクシーさを売りにしていたC.C.ガールズとは異なり、シェイプUPガールズのコンセプトは「美と健康」。衣装はレオタードが多かったという。
「番組出演時も新聞社さんなどに取材を受けに行く時も常にハイレグだったので、ハイレグにベンチコートを羽織ってワゴン車で移動してました。デビューして最初の仕事は4時間のフルマラソン完走でしたし(笑)。運動ものが多かったので、ハイレグをローアングルで撮られるのはメンバーみんな嫌がってましたね……。
『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)では吊り下げアップダウンクイズとか体を張ってましたし、『芸能人水泳大会』(フジテレビ系)などにも出ましたが、やはりハイレグの水着で水に濡れることが多く、体当たりなお仕事が多かったですね」

