50代にして美しいプロポーションを保つタレントの中島史恵さん(57)。バブル崩壊直後に誕生したシェイプUPガールズとして芸能活動をスタートし、解散後も「美と健康」について発信し続けている。インタビュー後編では、常に「無理しすぎず、向き合ってきた」という自分の体とのつき合い方について聞いた。(前後編の後編)
42歳で不妊治療、53歳で子宮全摘…「もちろん抵抗感はありました」
42歳で初めての結婚をした中島さん。妊娠のタイミングとしては遅めだが「子どもがほしい」という思いはあった。そのため結婚後、すぐに不妊治療を開始した。
「最初はもちろんタイミング療法というのを実施しましたが、すぐに体外受精を始めました。夫の協力が必要不可欠な治療だからこそ、ここで衝突するご夫婦も多いなか、夫はとても協力的でした。
彼はすでに前の奥さんとの間に子どもがいましたが、私の『子どもがほしい』という思いに全面的に協力してくれたんです。42歳から46歳まで不妊治療をしていました」
不妊治療に取り組んだ中島さんだが、「不妊治療には着床や妊娠成立以外のゴールがない」という。結果的に子どもには恵まれなかったが、新たな目標も定まった。
「もちろんあの当時は毎月、採卵し着床の結果を聞くたびにショックは受けてはいました。でもちょうど同じタイミングでヨガスタジオ『avity代官山スタジオ』を始める話をいただいて。
スタジオ運営をしながら治療は続けられないし、ちょうどその時に採卵した卵子にうまく着床しなかったこともあって、『不妊治療はここで終了』という区切りもつきました。スタジオの開店準備に夫が協力してくれたのもありがたかったですし、気持ちの切り替えになりました」
その後、スタジオは10年間続けることに。常に「心と体の健康」を気遣ってきた中島さんだが、53歳の時に子宮を全摘出する手術を受けた。
「私、今でも毎年1回は必ず人間ドックを受けているんですけど、52歳の時に子宮筋腫が9㎝くらいまで大きくなっていることがわかったんです。30代の時からずっと診ていただいている婦人科の先生に聞いたら『今後、ホルモン治療を続けるなら、子宮を全摘出したほうがいい』と勧められました。
もちろん子宮を摘出することに抵抗感はありました。女性のシンボルのような臓器と思っていたから。でも先生からは子宮をとることのメリットを聞き、納得して全摘手術を受けました」
「40代の頃まではものすごくブランド物への執着があったんです」
当時はまだ生理があったという中島さん。医師から説明があった子宮全摘のメリットは「月経による煩わしさがなくなり、筋腫の再発もせず、子宮頸がんなどのリスクも大幅に下がる」といったものだ。
だが、子宮全摘は人によって更年期障害などの症状が突然出るケースもある。中島さんはどうだったのか。
「実は私は49歳の時にグラビア復活した際に女性らしさや艶感を出すために保険適用のホルモンを補うジェルを塗布していました。皮膚からホルモンを補うジェルで、1か月1000円から3000円未満と続けやすいんですよね。その効果もあってなのか、摘出手術前も後も更年期障害のような症状の自覚は一切なかったんです」
中島さんは自身の経験を通して、更年期障害対策について次のようにアドバイスする。
「女性の皆さんは、何か症状が出なくても常に経過観察してもらえるような婦人科系のかかりつけ医を見つけるととてもいいと思います。私もかかりつけの先生の勧めで子宮全摘出を行える大きな病院を紹介していただきました」
今年2月に千葉県に移住し、身も心もますます楽になっていくのを感じているという中島さん。終活についても聞くと、50代から変化があったという。
「こちらに住んでからはのびのびとして、空気も水も美味しいなと感じています。40代の頃まではハイブランドが好きで物にこだわっていました。
でも50代になってからはブランド物への執着がなくなり、お気に入りのものだけ残してあとは処分してしまいました。どんどん身軽になっていますね。人に喜んでもらったりすることに生きがいを感じるようになったんです」

