
馬のいななきといえば、誰もが一度は聞いたことのある「ヒヒーン」という特徴的な音声です。
高く鋭いようでいて、同時にどこか低く響く不思議な声を、私たちは当たり前のものとして聞き流してきました。
ところが最近、デンマークのコペンハーゲン大学(University of Copenhagen)などの研究チームがこの声を詳しく調べたところ、馬は声帯で声を出しながら同時に喉の中で「ホイッスル(笛のような音)」も鳴らしていることが分かりました。
つまり馬のいななきは、2つの音が同時に生まれる「二重の音声」だったのです。
この研究成果は、2026年2月23日に科学誌『Current Biology』で発表されました。
目次
- 「馬のいななき」の不思議。大型哺乳類なのになぜ高い高い音が出る?
- 馬は「声帯」と「ホイッスル音」の組み合わせで鳴いていた
「馬のいななき」の不思議。大型哺乳類なのになぜ高い高い音が出る?
哺乳類の声には、一般的に「体が大きいほど低い声になる」という傾向があります。
声を生み出す喉頭(こうとう)の大きさが体のサイズに比例し、声帯が長くなるほど振動が遅くなるからです。
この考え方は多くの動物に当てはまりますが、例外もあります。
馬のいななきは、その代表例です。
馬は体重数百キログラムにもなる大型動物ですが、いななきには1000ヘルツを超える非常に高い成分が含まれます。
これは、もっと小さな動物で見られる高さの音なのです。
そして以前から知られていたことですが、さらに音を詳しく分析すると、馬のいななきには低い音と高い音の2つの基本周波数が同時に含まれています。
このように同時に2つの基本周波数が立つ現象は「biphonation」と呼ばれます。
低い音については、声帯の振動によって生まれる普通の発声だと説明できます。
一方で、高い音がどのように生まれるのかは長年はっきりしていませんでした。
そこで研究チームは、高い音が声帯の特別な振動で生まれるのか、それとも空気の流れが作るホイッスル音なのかを、複数の方法で見分けようとしました。
まず研究者たちは、スイスの牧場で飼育されている種牡馬の喉の動きを内視鏡カメラで観察しました。
細いカメラを鼻から挿入し、喉頭の上部に置いた状態で、雌馬のいななきを再生したり、雌馬を短時間見せたりして自然ないななきを引き出します。
すると、いななきの瞬間に喉の中で2つの動きが同時に起きている様子が見えてきました。
声帯が振動して低い成分を作る一方で、その周辺の軟骨構造が気道を狭め、空気が高速で抜けるような状況が生まれていたのです。
ただし映像だけでは、それが本当に空気の流れによるホイッスルなのか、それとも組織の振動なのかを決めることはできません。
そこで研究チームは、食肉業者から提供された馬の喉頭を使い、そこに気体を流して発声を再現する実験を行いました。
すると喉頭だけでも、低い成分と高い成分の両方を再現できることが分かりました。
そのうえで決定的な検証として、空気の代わりにヘリウムを用いました。
ヘリウムは空気より軽く音速が速いため、ホイッスルのような音は周波数が上がりやすい一方、声帯振動の周波数は基本的に気体の密度に左右されにくいからです。
結果は明確でした。
低い成分はヘリウムに替えても統計的に有意な変化が見られず、高い成分だけが有意に上昇しました。
つまり、馬のいななきの高い成分は声帯ではなく、喉頭内で生じるホイッスル音であることが実験的に示されたのです。
では、このホイッスルは喉のどこで、どのように生まれているのでしょうか。 より詳しい結果については、次項で見ていきます。
馬は「声帯」と「ホイッスル音」の組み合わせで鳴いていた
研究チームは、馬の喉頭の構造をCTスキャンで詳しく調べました。
その結果、声帯の長さは平均で約24ミリメートルでした。 声帯を振動体として考えた場合、このサイズから生理的に現実的な範囲で出せる周波数は主に数百ヘルツ程度に収まり、いななきの高い成分に相当する高さを声帯だけで説明するのは難しいと考えられます。
この点も、高い成分が声帯振動ではないという見立てを補強します。
さらにCT画像では、声門付近の構造として小さな空洞のような領域も報告されています。
研究者たちは、この周辺で空気が狭いすき間を高速で通過し、渦のような流れが生まれてホイッスル音が安定する可能性を挙げています。
ここは今後、流体力学的に詳しく確かめる必要がある部分です。
もう1つ、重要な裏付けになったのが病気の馬の観察です。
研究者たちは「反回神経麻痺」の馬の鳴き声も分析しました。
この病気では片側の声帯の動きが悪くなることがあり、声帯振動由来の成分は乱れたり欠けたりしやすくなります。
実際に、病気の馬では低い成分が弱くなったり途切れたり、場合によっては欠けたりすることが多く見られました。
一方で高い成分は保たれており、低い成分と高い成分が別の仕組みで生まれていることを強く示しています。
ここまでの結果をまとめると、馬のいななきは次のような同時進行で生まれていると考えられます。
まず声帯振動が数百ヘルツ帯の低い成分を作ります。
そして同時に喉頭の一部が狭いすき間を作って高速気流を生み、その気流が喉頭内のホイッスル音として1000ヘルツ以上の高い成分を立ち上げます。
言い換えるなら、馬は声を出しながら同時にホイッスルも鳴らしているのです。
では、なぜそんな複雑なことをするのでしょうか。
研究者たちは、この二重の発声にはコミュニケーション上の利点がある可能性を指摘しています。
2つの成分が同時に存在すると、音の組み合わせが増え、個体ごとの特徴が出やすくなるかもしれません。
また、2つの成分を使い分けることで、異なる種類の情報を同時に重ねて伝えられる可能性もあります。
今後の課題は、高い成分が喉頭内のどこで、どのような渦や共鳴によって生まれるのかを、より直接的に解明することです。
加えて、2つの成分が実際のやり取りの中でどのような役割を担い、相手にどんな影響を与えているのかも、再生実験や伝播実験などで検証が進むでしょう。
私たちが何気なく聞いている「ヒヒーン!」は、馬の体の中で同時に組み立てられている、想像以上に精巧な二重のメッセージなのかもしれません。
参考文献
Neighhh! What Makes a Horse’s Whinny Nature’s Strangest Double Voice
https://www.zmescience.com/science/news-science/neighhh-what-makes-a-horses-whinny-natures-strangest-double-voice/
How horses whinny: Whistling while singing
https://www.eurekalert.org/news-releases/1116037
元論文
The high fundamental frequency in horse whinnies is generated by an aerodynamic whistle
https://doi.org/10.1016/j.cub.2026.01.004
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

