寝ている時以外は仕事だった国会議員生活
――現在の「中道改革連合」という政党の在り方については、どのように感じていますか。
正直、よって立つ政党がグラグラしているような不安定な感じはツラいです。今回、反応も良くて小選挙区で勝てるという思いもあったのですが、まさに冬の嵐のような突風に煽られたような結果になりました。
いくら自分が頑張っても、政党がしっかりしてくれないと精神的にももたない。現職衆議院議員の皆さんには国会でしっかり評価される仕事をしてほしい、そう期待しています。
――国会議員時代の生活は、それほど過酷なものだったのでしょうか。
想像の何倍も忙しかったです。寝ている時以外は常に仕事。プライベートも家のことをやる時間もありません。家事も育児もほぼすべて夫に頼りきりでした。
国会の会期中は拘束時間が長く、自分の仕事(質問準備やSNS発信)ができるのは夜8時以降で10時以降になることもありました。半年弱に一度は、過労によるめまいで動けなくなり、点滴を受けるような状態でした。
でも、これって本当に幸せなことなのかな、と自問自答することもありました。私は子宮頸がんの闘病を経て、不妊治療や流産を経験し、出産の際に子宮を摘出しています。
娘は私にとって唯一の、奇跡のような宝物です。その子を過度に犠牲にしてまでやるべきではない、という葛藤が常にありました。
――落選によって職を失い、収入が途絶えるという現実についてどう思われますか?
議員はハイリスクな仕事です。落選すれば翌日から無収入になり、キャリアの保証もありません。私の周りでも、落選した仲間たちがみな苦悩しています。「落選したらどこか紹介してもらえるコネがある」なんてこともありません。
今は夫の収入と貯金を切り崩して生活するしかありませんが、私自身も今後、政治活動を続けながら看護師、助産師としての資格を生かしつつ、これまでの社会福祉の課題に取り組めるような社会貢献の在り方を考えていきたいと思っています。
「再起への想いは変わっていません」
――幸福度という面では、今はいかがですか。
プライベートの幸福度は、正直に言えば(落選後)少しだけ高くなりました(笑)。
娘と一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったりできる。そんな当たり前の日常を大切にしながら、しっかり休んで、また次の戦いに備えたいと思います。
多様な人が活躍できる議会にするためには、まず私自身がこの経験を糧にしなければならない。再起への想いは変わっていません。
――現在は朝の駅立ちを続けながら、どのような活動をされていますか。
月・水・金と駅に立って報告をしています。あとは、支援者の方々との「対話の集会」を始めました。落選の結果を受け止めるのに時間がかかっている有権者の方も多い。
彼らと話をすることで、「不安に思っているのは自分だけじゃない」と感じてもらえる場を作りたい。こうした地道な対話こそが、今の政治に最も必要だと感じています。
――最後に、今後の政治活動への意欲をお聞かせください。次回の選挙への出馬は考えていらっしゃいますか。
引退という考えはいま、全くありません。私は国政に挑戦する際、「10年は頑張らなきゃいけない」という決意で総支部長になりました。今回の結果だけで判断するのは早いと思っています。
今の「中道改革連合」という組織が不安定なことへの不安はありますが、野党第一党が政権交代可能な候補者を擁立できたこと自体は大きな一歩です。
今回負けてしまったことで期待に応えられなかったお詫びはしなきゃいけないし、それはもう向き合うしかない。でも、これからもその歩みは続けていきたいと思っています。
中道改革連合が歴史的大敗を喫した今、酒井氏が直面しているのは「無収入」という峻烈な現実だ。かつては点滴を打つほど過酷な公務に追われたが、現在は一市民として家事や育児に向き合いながら再起を模索している。
落選し、「普通の人」になった時間は、彼女に新たな視点を与えることになるだろうか。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

