読むという行為がもたらす重力に逆らってもらわなければいけないので……
更地 奥泉さんはデビューされて四〇年とのことですが、その間に読者の視座の変化、時代の変化などを感じてこられたのではないかと思うんです。僕は今の段階でも、同年代の他者が抱いている価値観と自分にズレが生じている気がしてならず、その不安で筆が止まってしまうことが多々あります。時代や、読者という存在に対して、奥泉さんはどんな意識をお持ちなのか伺ってみたいです。
奥泉 まず時代について言うと、そんなに意識してはいないです。もちろん時代の空気を吸ってはいて……空気というか、もっと具体的に言うと、時代の言葉ですよね。その影響は強く受けていると思うんですけれども、取り立てて意識はしていません。読者に関しては、考えてもしょうがないという立場ですね。読者を意識すると言ったって、普遍的な読者が存在しているわけではない。結局一人ひとりの読者でしかないわけで、見えない、というか捉えられない。もちろん、見える読者もいるにはいるんです。四〇年やってきたので僕の本が好きだという奇特な読者もいて、その都度感想を聞かせてくれるんですが、原稿用紙一二〇〇枚ぐらいの本だと「今回、短くないですか?」とみんな必ず言うんですよ。
更地 それは、基準が独特ですね(笑)。
奥泉 その基準に合わせて書くというのは、さすがにおかしいでしょう?
更地 読者が幸運にも自分の本を手に取ってくれたとして、最後まで読んでもらうにはどうしたらいいか、というところも悩みなんです。読むという行為がもたらす重力に逆らってもらわなければいけないので、ボルダリングみたいな壁があったとして、そこにどう石を配置するか、どうやったら登っていただけるかみたいなことを書きながら常に考えているんですが、それがつらいなぁという部分はあるんです。
奥泉 ボルダリングの比喩でいうと、壁を登る読者は体力も違えば、技術も違うわけじゃないですか。それ、考えてもしょうがなくない?
更地 ……そうかもしれません。
奥泉 さっき更地さんがおっしゃったように、細かく分断された価値観を持つ人たちが並存する状況の中で、他人に合わせるなんてことはそもそもできない。となると、自分が「読んで面白い」と思うものを書く、それしか基準はないんじゃないかな。自分が「書いて面白い」もの、ではなくてね。「こんな小説が世の中にあったら絶対自分は読むぜ」というものを書いたらいいと思う。
更地 今のお話を聞いて、吹っ切れました。
奥泉 今、次の作品を書いているところ?
更地 一作目の反省から二作目を書いたので、次の三作目も同じようにしようかなと思っていたんです。アイデアとしてずっとこねくり回しているものはあるんですけれども、『粉瘤息子~』に対する反省を終えてから書き出すのがいいのかな、とぐずぐずしていて……。正直、サボっていました(苦笑)。
奥泉 じゃあ、すぐ書かないと。せっかく賞をもらったんですから。
更地 奥泉さんのおかげで課題が見えてきたので、もう反省は終わりにして、次作に取り組みます。ただ、明日から一週間、旅行なんですよ。友達から「明日パスポートを持って空港に来い」と言われたので、海外に行くのは確かだと思うんですが、どこかは教えてもらっていないんです。行き先については一応「宇宙ゴミ」というヒントをもらったんですが、それも訳が分からない。不安でたまらないです。
奥泉 それはすごい状況ですね(笑)。でも、その旅で、また新しい言葉と出会えるかもしれない。これから書かれる作品も楽しみにしています。
粉瘤息子都落ち択
更地 郊
2026年2月5日発売1,870円(税込)四六判/176ページISBN:978-4-08-770044-2第49回すばる文学賞受賞作。異形の“底辺青春小説”誕生!
「本当に久しぶりに、ただただ面白い小説を読んだ」金原ひとみ氏
「もっとも読む快楽を感じた」岸本佐知子氏
(選評より)
上司のパワハラで退職し、アパートに引きこもっていた野中。
ある時、大学時代の友人・忍から「毎月10万渡すからスト6の対戦をしてくれ」と謎の提案をされる。
以来、月1のメンクリ通いと週4の忍とのオンライン対戦、そして、毎日最寄りの自販機でマウンテンデューを買ってはふらふら散歩する日々を過ごしていた。
九州の実家では父親が病気で死にかけていて、母親からは早く帰るよう懇願されている。
“都落ち”が近づくある日、いつもの自販機に貼られた、意味不明な文章が印字されたテープと出会う。
[じゃあ一生オマトゥマヘーオマヘマンヘーっつてろよ。]
野中は、自分の粉瘤の血が飛び散ってしまったそれを【呪物】としてフリマアプリに5000円で出品。
すぐに落札されたことをきっかけに、野中は更なる混沌に巻き込まれていく――。
だるくて切実、くだらないのに沁みてくる、令和最強の“底辺”青春小説。

