1991年3月7日、『ストリートファイターII』(ストII)がゲームセンターでの稼働がスタートした。伝説の格闘ゲームはゲーセンカルチャーに何をもたらしたのか。当時を知る業界のカリスマがシーンの転換点を振り返る。
ストⅡは操作性が抜群だった
ゲーセンカルチャーは「ストII」登場の以前と以後で分けられる。
伝説の格ゲー「ストII」が起こした革命とは何だったのか。東京都板橋区にあるゲームニュートン大山店オーナーで、数々の格ゲーイベントを主催するユニバーサルグラビティー代表取締役の松田泰明氏は当時の衝撃を振り返る。
「ストⅡは今も続く格ゲーのフォーマットの原点にして頂点。あのタイトルがなければ格ゲーの文化がここまでになっていなかったと思いますよ」(松田氏)
1978年に起きた『スペースインベーダー』の社会現象により、以降、ゲームセンターに設置されるアーケード機はビデオゲームが主流となった。
『スペースインベーダー』ブームが下火になった80年代は『パックマン』『ゼビウス』『ディグダグ』などスコアアタック系のゲームが台頭。84年に格ゲーの元祖と呼ばれる『空手道』、85年に『イーアル・カンフー』、87年にはストⅡの初代タイトルである『ストリートファイター』が稼働したが、そのプレイヤーは限定的だった。
「初代の『ストリートファイター』は最初、アップライト筐体(立ってプレイするアーケード機)でレバーとパンチ・キックの2ボタンでした。ボタンを押す強さで弱・中・強が変わるシステムで、当時の不良たちは台パン(八つ当たりでゲーム機を殴ること)していたからいいストレス発散になってた(笑)。
しばらくして同じタイトルで座ってできる6つボタンのテーブル筐体版が出て、それがそこそこ面白くてゲーマーの中で評判がよかった。その流れで91年にストⅡが出て大爆発したんです」(松田氏)
青春期を90年代のゲーセンで過ごしたゲーマーたちも、ストⅡリリース当時についてこう述懐する。
「ストⅡ発売の2年前くらいから(ゲーム雑誌の)『ゲーメスト』の発売予定リストに載っていて、『Ⅰ』にそれなりにハマっていたからリリースされたら初日にやろうって決めてました。期待以上の面白さで、気づいたら毎日バイト代で稼いだ7000円をその日のうちにスト2で溶かしてました(笑)」(50代男性・IT関係)
「『Ⅰ』はリュウとケンしかプレイできなかったけど、『Ⅱ』は敵を含め8人のキャラクターを選択できることにすごく感動した覚えがあります」(50代男性・飲食)
「『Ⅰ』に比べると操作性が抜群にアップした印象でした。地に足がついているというか、操作すると挙動としてしっかり反応してくれる感覚があって、“自分で動かしてる”感が強かったんですよね」(50代男性・出版)
その中でも革新的だったことについて、松田氏がこう語る。
キャビネット型対戦台という革命
「なんといっても対人対戦でしょう。『Ⅰ』でも一応、対人対戦はできたんだけど、見知らぬ人と戦うって文化が確立されたのは『Ⅱ』からですね。
リリース当初は1台の筐体に並んで座って、肩をぶつけながらプレイする“なかよし台”しかなかったのが、ある時から映像と操作系を分配した背中合わせの2台の筐体に、それぞれプレイヤーが座って戦う“通信対戦台”(キャビネット型対戦台)が登場します。これが格ゲーの歴史の中でターニングポイントでした」(松田氏)
『ゲーセン戦記-ミカド店長が見たアーケードゲームの半世紀』(池田稔著/中央公論新社)によると、このキャビネット型対戦台はゲームメーカーではなく、福岡にあったゲーセン「モンキーハウス」が発明したものとしている。
顔を合わせなくても対戦できることがシャイな日本人に合っていたのか、キャビネット型対戦台は爆発的な勢いで全国に波及する。そして、社会現象となることでそれまで不良のたまり場とされていたゲーセンに変化が訪れる。
「僕は小学生だった80年代からゲーセンに入り浸ってましたけど、ストⅡの登場でゲーセンの雰囲気も客層も徐々に変わっていきました。それまでのゲーセンは台パン、台蹴り、カツアゲ、不良ってイメージで学校の先生からも絶対行っちゃダメと言われてた。
それがストⅡ以降はオタクも含めた一般層が出入りできるような場所になった。女性キャラが同人誌にも扱われるようになって、アニメ文化とも融合したおかげかな」(松田氏)
とはいえ、ヤンキー色が払拭しきれない90年代初頭のゲーセンは、決して治安がいい場所とは言えなかった。
「負けて腹を立てたヤンキーが、ガイルのソニックブームみたいに灰皿を投げる“灰皿ソニック”は日常茶飯事(笑)。ゲームでオタクに勝てないヤンキーはリアルストリートファイトに持ち込んでた……なんて景色もありましたね」(松田氏)
それでも90年代半ばにはそんな殺伐とした雰囲気は薄らいでいき、かつて薄暗かったゲーセンの照明は小学生でも安心して入れるほど明るくなっていった。

