「心臓が口から飛び出すんじゃないか」と思うほどの緊張感
「チームに迷惑をかけないように」という一心で戦ってきた今江にとって、絶望でしかなかった。
「日韓戦って闘志のぶつかり合いで。独特の雰囲気があるなかで前のラウンドでも負けていたし、次は絶対に勝ちたかったなかで、ああいうプレーをしてしまったんで。日本に帰るのが怖かったですね」
日本の敗退が確実視されるなか、アメリカがメキシコに敗れるという波乱が起きた。全勝の韓国を除く3チームが1勝2敗と並び、当時の順位決定方式で「失点率が最も少ないチーム」として、0.28だった日本が九死に一生を得て準決勝進出が決まった。
この時の今江は、恐怖を簡単に払拭できるほど日の丸は軽くないと思っていた。しかも準決勝の相手は、また因縁の韓国なのである。
グラウンドに向かうたびに心臓が脈打つ。比喩ではなく、本当に「口から飛び出すんじゃないか」と思うくらい呼吸が困難になるほどだった。手が冷たく、体に血が通っていない様子もわかる。まるで全身がプレーすることを拒絶しているようだった。
そんな状態で、今江はスタメンに選ばれた。
「もうね、『勘弁してくれよ』って思う自分がいて。でも、周りは勝利に向かって前に進んでいるし、前の試合のミスを取り返すチャンスでもあったんで『みなさんにしっかりついていかなきゃ』っていう想いでしたね」
本当の意味で今江を救えるものがあるとすれば、勝利以外にない。試合は0-0の膠着状態のまま7回を迎え、1死二塁のチャンスで汚名返上の打席が回ってきた。
ここで日本ベンチが動く。今江に代え福留孝介が代打に送られたのである。スタメンを確約された左の好打者もまた、準決勝までの6試合で19打数2安打と苦しみ、この韓国戦ではスタメンから外れていたのである。
今江は純粋に思いを託すことができた。
「高校(PL学園)の先輩でもある孝介さんが自分の代打で行ってくれるっていう……野球であれだけ他の選手を応援したっていうのは、後にも先にもあの時だけでした」
福留は起死回生のホームランを放ち、今江とチームを救った。均衡を破る2点を先取した日本はこの回、一挙5点をもぎ取り6-0で雪辱を果たしたのである。
「孝介さんはもちろんですけど、先発して7回まで無失点って超好投してくれた上原(浩治)さんとか、今思い出しても泣きそうになるくらい、みなさんに救われました」
チームとともに、今江も生き返った。
WBC関連の話題を極力、避けてきた理由
キューバとの決勝戦。その手には、韓国戦での決勝弾で自分の救世主となった先輩のバッティンググローブが、無意識に装着されていた。初回に放った、4点目を演出するセンターへの2点タイムリーは、迷いなくバットを振り切る、今江らしい一打だった。
10打数2安打、4打点。大会を通しては決して誇れる数字ではないかもしれない。だが今江は、最後の最後でチームの勝利に貢献し、自らの手で呪縛を解き放った。
初代王者の一員として手にした、チャンピオンリング。だからといって、急に雄弁になったわけではない。WBCを見るたびに、敗因の一端となるミスをしてしまった選手の落胆は他人事と思えなかったこともあり、大会関連の話題を極力、避けてきた。
苦難と栄光へのストーリーを包み隠さず話せるようになったのは、ユニフォームを脱いだ最近になってからだという。
「『そんなこと、あったっけ?』って言われることが多いんですよ。意外とそんなもんなんだって……」
安堵と同時に、やや不満も漂わす。それもまた、日の丸を背負って戦ったからこそ得られる幸福なのだと、今江は噛みしめている。
文/田口元義

