
子どもの歯はやがて大人の歯に生え変わる、という事実を知って「どうせ生え変わるなら、乳歯のうちはそんなに神経質に歯ブラシしなくてもいいんじゃない?」と考える人は多いかも知れません。
確かに生え変わるなら、子どもの頃の歯の健康は大人になった後の健康とは無関係のような印象を受けます。
しかし、北欧デンマークのコペンハーゲン大学(University of Copenhagen)のニコリン・ニガード(Nikoline Nygaard)氏ら研究チームによると、約57万人という非常に大規模なデータを用い、子どもの頃の歯科記録と成人後の発症記録を長期にわたって照合した結果、子どもの頃に重度の虫歯や歯ぐきの炎症(歯肉炎)を経験した人は、大人になってから心筋梗塞や虚血性脳卒中などの動脈硬化性心血管疾患を発症する可能性が高くなることを発見したという。
私たちの口の中で起きているトラブルは、単に歯だけの問題にとどまらず、将来の全身の血管を守るための重要な要因となる可能性があるようです。
子ども時代に歯ブラシをサボると何が起きるのか、その怖い影響を見ていきましょう。
この研究の詳細は、2026年1月付けで科学雑誌『International Journal of Cardiology』に掲載されています。
目次
- 57万人の記録が語る、子どもの歯と大人の血管の意外な関係
- なぜ子どもの頃の口内状態が、数十年後の心臓や脳にまで影響を及ぼすのか?
57万人の記録が語る、子どもの歯と大人の血管の意外な関係
大人の歯周病(Periodontal disease)が心臓病のリスクを高めることは、これまで多くの研究で指摘されてきました。
しかし、乳歯から永久歯へと生え変わる時期、つまり子どもの頃の口内環境が、数十年後の健康にどう影響するかについては、まだ詳しく分かっていないことが多くありました。
米国疾病対策センター(CDC)のデータでは、6〜9歳の子どもの4割から6割が虫歯を経験しているとされ、この問題は非常に多くの人にとって身近なものです。
これまでの研究では、参加人数が少なかったり、アンケート調査に頼っていたりといった課題があり、子どもの頃の状態が一生の健康にどう関わるのかを正確に把握することは困難でした。
そこでデンマークの研究チームは、国が管理する膨大なデータベースを活用し、この「空白の期間」を埋める大規模な調査を実施しました。
対象となったのは、1963年から1972年の間に生まれたデンマーク人、約57万人です。
研究チームは、1972年から1987年にかけて記録された「全国児童歯科登録(SCOR)」から、彼らの子どもの頃の虫歯の数や歯ぐきの腫れのデータを収集しました。
そして、それから約30年後の1995年から2018年にかけて、彼らが心臓や脳の病気で入院したかどうかを「全国患者登録(LPR)」で照らし合わせたのです。
この調査の結果、子どもの頃に重度の虫歯や歯肉炎(Gingivitis)があった人は、そうでない人に比べて、大人になってから動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)を発症する割合が高いことが示されました。
具体的には、虫歯のスコアが最も高いグループでは、将来の心血管疾患のリスクが男性で32%、女性で45%上昇するという関連が見られました。
また、一度きりの検査結果だけでなく、子ども時代を通じて中等度から重度の口内トラブルが見られた群では、その推移パターン自体も将来のリスクと関連していることが分かりました。
これは、子どもの頃の口の健康が、単なる一時的なトラブルではなく、将来の重大な病気の要因となっている可能性を示唆しています。
なぜ子どもの頃の口内状態が、数十年後の心臓や脳にまで影響を及ぼすのか?
研究チームは、主に2つの道筋を考えています。
一つ目は、口の中で起きている「軽度の慢性炎症(Low-grade inflammation)」です。
歯ぐきの炎症が続くと、そこから作られた物質が血液に入り込み、全身の血管を少しずつ傷つけていく可能性が指摘されています。
こうした微細なダメージが長年積み重なることで、大人になった時に血管が硬くなる動脈硬化が進みやすくなるという考え方です。
二つ目は、口の中の「細菌の拡散(Bacterial dissemination)」です。
虫歯や歯肉炎の原因となる細菌が、血管の中に直接入り込み、血液の流れに乗って全身をめぐることがあります。
実際に、心臓の血管を詰まらせる原因となる「プラーク(血管の壁にできるコブ)」の中から、口の中に住んでいるはずの細菌が20種類以上も見つかったという報告もあります。
子どもの頃に口内環境が悪化し、こうした細菌が繰り返し血管に入り込むことが、将来の血管トラブルの種をまいているのかもしれません。
さらに、子どもの頃の習慣が「一生の土台」になるという側面も無視できません。
子どもの頃に身についた歯磨きの習慣や、甘いものを好む食習慣、そして定期的に歯医者さんに通う習慣は、大人になってもそのまま引き継がれることが多いものです。
今回の研究では、教育レベルなどの社会的要因を考慮して分析を行っていますが、それでも子どもの頃の口内環境と将来の病気との間には、明確な関連が残りました。
これは、幼少期のケアが将来の健康を守るうえで大きな意味を持つ可能性を示唆しています。
ただし、この研究には注意点もあります。
今回の結果は、あくまで「関連がある」ことを示したものであり、「虫歯が直接、脳卒中の原因になった」という完全な因果関係までを証明したわけではありません。
喫煙や食事内容といった個人の生活習慣のすべてを把握することは難しいため、それらの要因が結果に影響を与えている可能性も残されています。
それでも、これほど大規模な調査で示された関連性は、私たちが口の健康を考える上で非常に重要なメッセージを含んでいます。
「たかが子どもの歯」と侮らず、日々の歯磨きや定期検診を大切にすることが、数十年後の自分や家族の命を守る一歩になるのかもしれません。
元論文
Childhood oral health is associated with the incidence of atherosclerotic cardiovascular disease in adulthood
https://doi.org/10.1016/j.ijcard.2025.134151
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部

