毎年秋に新宿区神楽坂で実際に行われている祭りを、時期を春に移してほぼ完全に再現したうえでロケを行った。この撮影の実現には、映画やドラマのロケの調整を行い、撮影をバックアップする東京都のロケ支援窓口である「東京ロケーションボックス」の尽力があるのは言うまでもない。映画の公開を機に、『レンタル・ファミリー』エグゼクティブ・プロデューサーの1人である小泉朋、「化け猫フェスティバル」主催者の1人として知られ、パペット作家、役者、イラストレーターと多岐に渡って活動している表現者・おかめ家ゆうこ、そして「東京ロケーションボックス」の遠藤肇の3人に、神楽坂ロケの舞台裏やメイキング的エピソードの数々を語ってもらった。

アメリカ人俳優のフィリップ(フレイザー)は、東京に移住して7年。かつてはCMでインパクトを残したが、いまは鳴かず飛ばず。日本に居心地の良さを感じつつ、俳優としては岐路に立っているのを感じていた。そんなある日、エージェントから葬儀場で弔問客を演じる仕事が舞い込む。その帰りにレンタルファミリー社を経営する多田(平岳大)からスカウトされたフィリップは、結婚式の新郎やゲーム相手のいない男性の友人といった“役”を演じることに。やがて、母子家庭で育つ少女・川崎美亜(ゴーマン シャノン 眞陽)を名門私立学校に入学させるため、生き別れた父親役を請け負うが、潜在的に父という存在を求めている美亜の心に呼応するように、本当の父娘のような絆を深めていく。
■「『え、ハリウッド映画?ダマされてない!?』っていうリアクションもありました(笑)」(おかめ家)

――劇中では、「神楽坂化け猫フェスティバル」(以下、「化け猫〜」)に参加することでフィリップと美亜が“父娘”としての距離を近づけていくさまが描かれています。ところで、数多くある東京のお祭りのなかから、なぜ「化け猫〜」に白羽の矢を立てたのでしょうか?
小泉朋(以下、小泉)「脚本制作の割と早い段階からフィリップと美亜が“猫まつり”に行くシーンは組み込まれていたんです。ただ、それがHIKARI監督の想像上の“猫まつり”だったか、あるいは『化け猫フェスティバル』だったのかは思い出せないんですけど、漠然とかわいらしい雰囲気のお祭りの描写にしたい、ということは初期のころから話していて、台本の準備稿にも“化け猫祭り”と記してあったんですよ」
おかめ家ゆうこ(以下、おかめ家)「共同脚本のスティーブン(・ブレイハット)が一度、『化け猫〜』に来たことがあったんです。その時に撮った膨大な写真を見せてくれて(笑)、『この纏(まとい)を使わせてもらえないか?』『これはどうか?』といったことを聞かれまして」

小泉「そもそもHIKARIさんとスティーブンの間で、いわゆる単に伝統的な祭りじゃないけれども、日本的な雰囲気のあるイベントがいいという話をしていたのと、以前スティーブンが実際に観ていたこともあって、『化け猫~』はどうかということになって。当初は実際に開催される10月に劇中シーンも撮るつもりだったんですけど、SAG(-AFTRA=全米俳優組合)のストライキと重なって延期になってしまったんです。ブレンダンたちの芝居は別撮りで、お祭りの実景だけでも撮ろうか考えたんですけど、結局、1回白紙にしましょうとなってしまって。東京ロケーションボックスさんとも神楽坂でロケをする場合、どうすればいいでしょうか、といったお話もしつつ、関東近郊にオープンセットをつくって、ゆうこさんたち『化け猫〜』の方々にも来ていただいて撮る、ということも検討はしていました。ただ制作担当のスタッフは『“化け猫〜”チームは神楽坂のほうがやりやすいんじゃないか』と見立てていたので、ならば神楽坂でロケを敢行しようという方向に舵を切った感じでしたね。仮に、もしオープンセットで撮っていたら、実際の『化け猫〜』のスケール感に及ばなかったと思います。そういう意味でも神楽坂でロケが出来てラッキーでしたし、アメリカのプロデューサー陣も大興奮していました」
遠藤肇(以下、遠藤)「最初に『レンタル・ファミリー』というタイトルで、HIKARIさんが監督を務めると聞いたのが実は相当前で、冬の時期だったんです。その時点では、わりとスムーズに撮影の準備に入っていくと制作部からは聞いていたんですが、音沙汰がなくなってしまって。そしたら、小泉さんがお話されたように、いろいろとあって一旦白紙になったわけですけど、HIKARIさんたちは『化け猫〜』を気に入っている、と。できれば、これを撮りたいということで、東京ロケーションボックスとしては神楽坂の商店街に話をつないだり、所轄の警察署にも話をして。本当はスパイダーカムを使って鳥瞰とか俯瞰の映像を撮りたかったらしいんですけど、それはちょっと許可が下りなかったんですよ。でも、お祭りの再現はできると。再現にあたって、商店街やパフォーマーの方々にも集まっていただき、ロケができるのなら道路使用許可も出しましょう、という具合に街ぐるみでやります、という流れになっていったんです」

おかめ家「神楽坂の人たちもロケが実現できるように、みんながそれぞれにできることをやっていったんです。東京ロケーションボックスさんが警察に許可願いに行く時は、私たちも一緒についていって。どういう状況なのか分かっていれば、『化け猫〜』側としても準備がしやすくなるよねって、いろいろな人たちが動いてくれたんです」
遠藤「商店街はたいてい警察の交通課とつながりがあって、交通規制担当の方もいらっしゃるんですよ。そういう方が僕らと一緒に来てくださって、話を通しやすくしてくれたのも大きかったですね。信頼関係ができあがっているので、『それなら、いいですよ』みたいな感じで話がまとまりやすいんです」
――資料によると、商店街を50m以上の道を丸々使っていて、大規模なんですよね。
小泉「エキストラさんの着替え場所をどうするか、動線も事前にしっかりと決めて。そこでも、ゆうこさんたちが労力を割いてくださって。実際の『化け猫〜』を開催する以上に大変だったと思います」

おかめ家「一番苦労したのは、化け猫の仮装をしているメンバー集めでしたね。毎年、『化け猫〜』をやる当日に自然と全国各地から集まってきていたので、名簿もなかったですし、仮装している写真ばかりなので、素顔がわからないんですよね(笑)。なので、SNSで『化け猫〜』に参加したことがある人たちを検索して、お一人ずつ『今度、ハリウッド映画のロケをするから仮装行列に来ませんか?』ってメッセージを送っていったんです。『え、ハリウッド映画?ダマされてない!?』っていうリアクションもありましたけど、全部で200人くらい集まってくれました。
それまではお祭りの日に会って、『また来年!』っていう関係だったんですけど、初めてパフォーマーの方々がどこに住んでいらっしゃるのか知ることができました。結構、全国各地にいらっしゃって、遠くからやってきてくださるのがわかったのも興味深かったですし、実際にたくさんの方がエキストラで参加してくれたので、苦労が報われました(笑)」
■「ブレンダンは再現度に対して、心から感謝の意を表してくれていました」(小泉)
――撮影が行われたのは2024年3月24日の日曜日ですが、この日に決まった経緯というのは?
小泉「単純に撮影スケジュール的な諸事情を鑑みつつ、神楽坂の商店街を歩行者天国にできる週末のどこかでと絞っていった結果、『3月24日は晴れる!』と信じて(笑)、その日に定めました。その後も天草ロケが控えていたり、ブレンダンのスケジュールもありましたけど、それこそ日にちを決めないとエキストラさんを集めることもできないんですよね」
おかめ家「当日のカメラがまわっている間は曇っていたんですけど、カットが掛かった瞬間に雨が落ちてきて(笑)」
小泉「そうなんですよ!それもちょっとした奇跡だったんですけど、結果的に『化け猫〜』のロケを撮影期間の前半に撮ることができて、制作としても良かったと感じていて。すごく一体感がある撮影でしたから…」

おかめ家「撮影クルーがレールを敷いたり準備しているのを見て、『化け猫〜』チームのエキストラ陣も大興奮していました。『ホントにハリウッド映画だったね!』って(笑)」
小泉「ただ、本番前に何回もテストをするじゃないですか。しかも本番もリテイクすることがありますし。みなさん、すごく積極的にご協力していただいたんですけど、だんだん口数が少なくなっていかれて…」
おかめ家「『次で最後だよ〜』なんて言って、がんばってもらいました!商店街の人たちも当日を楽しみにしていて、みなさん見に来てくださって。撮影の本番中に『おかめ家さ〜ん!』なんて呼ばれちゃった時もあって、『(いま、撮影中なんです〜)』ってジェスチャーで伝えるっていう(笑)。でも、みなさんが終始好意的にお力添えしてくださって、それがうれしかったですね。あと、神楽坂へたまたま観光に来たり遊びに来た人が、『あれっ、“化け猫〜”って3月だっけ?』と言っていたのも印象深かったです」

――フレイザーさんと美亜役のシャノンさんは、どんな様子でしたか?
小泉「ブレンダンは、本当にお祭りをやっているところでロケをしたかと思えるくらいの再現度に対して、心から感謝の意を表してくれていました。街ぐるみの手作り感あるあたたかさというのが、アメリカ映画らしからぬ雰囲気だったことと、映画としても良い画が撮れたので、それをすごく喜んでいて。シャノンは…撮影した2年前はまだ9歳だったので、現場の熱気と雰囲気に興奮していましたね」
おかめ家「撮影日はエキストラ陣にカイロを配ったり、『○○がない!』『いま持ってく〜』みたいにてんやわんやだったので、直接ブレンダンさんとはお話できなかったんですけど、後日ちょっとだけお会いすることができて。その時もすごくうれしそうに感謝の気持ちを伝えてくださったんです。すごく紳士的で気さくに話してくださいましたし、アカデミー賞主演俳優とは思えないくらい、良い意味で普通でいらっしゃったのがすてきだなと思いました」
小泉「余談ですけど、ブレンダンは電車が大好きで、日本に滞在中はいろいろな路線に乗っていましたね。九州から帰ってくる時も新幹線に乗りたいと話していて(笑)。さすがにこの日は飛行機で戻りましたけど、山梨でのロケからの帰りは電車(中央本線)で帰ってきていましたよ」
――遠藤さんは、いかがでしたか?
遠藤「僕は今回ブレンダンさんとは関わりがなくて、神楽坂ロケに立ち会った際、お姿を拝見しただけでした。そもそも東京ロケーションボックスは事前に調整を行って、撮影が成立したら現場でトラブルが起こらないように目配せするのが役割ですので(笑)。フィルムコミッションとは各所との交渉や相談を進めていくのが仕事で、東京都のロケ相談窓口として撮影現場で失敗するわけにはいかないんですね。でも、ロケの日って細々としたトラブルや軋轢があったりするので、それを回避することに神経をつかっているんです。ただ、クリエイターの方々って現場でアイデアが閃いたりするじゃないですか。急きょ撮影内容を変えたいという話になるんですけど、我々の立場的には事前に聞いていないことをやられちゃうのは、本音を言うと困ってしまうんですよね。事前に所轄の牛込署とやりとりをして撮影許可をもらっているわけですから、それを反故にすると信用問題に関わってきてしまう。そういうことが起こると神楽坂でロケができなくなってしまう可能性もあるので、監督しに行くわけです。もちろん、思いついたアイデアすべてにNGを出すわけでもなくて、その場で問題になりそうにないことや後々のクレーム対象にならないことであれば、許容範囲として認めることもあります。ただどうしてもできない場合もあるので、準備段階ではどういう約束事を交わして、現場でそれが遂行されているかをチェックするという感じです。ちなみに今回の神楽坂ロケでは、そういうトラブルはありませんでした」

小泉「実際にロケをしてみて感じたんですけど、神楽坂だったからこそ、あれだけの人数と規模感でもまとまることができたんだな、と。それと東京ロケーションボックスさんが間に入ってくださるようになって、以前は撮影が難しかった地でもロケができるようになったと感じていて。例えば、新宿でのロケってかつては難しかったんですけど、できるようになってきましたし、難しい場合も『こういうふうにしてみたら、どうですか?』と可能性を探ってくださるんです。その積み重ねが、今回の神楽坂ロケに結実した気がしているんですよね。
スタッフのなかには『こんな大規模なロケを、人がたくさん歩いている日曜の神楽坂で本当にできるのか?』と不安視する人がいましたし、私も正直、確かにリスクはあると思っていたんですけど、そこに関してはおかめ家さんの存在が大きかったと思っていて。ゆうこさんたち『化け猫〜』を主催する皆さんが一緒につくってくださって、助けていただいたなと実感しているんです。でも、もし実際の祭り期間にロケしていたら、こんなにうまくいかなかったかもしれないですよね?」
おかめ家「そうですね、やっぱり人出そのものがもっと多くなりますし、仮装行列の撮り直し(リテイク)もできなかったですから…やっぱり別個にロケができて良かったなと私も思います」

小泉「ちなみに、当日はスタッフが映り込んでもいいように、猫の耳を着けたりしていたんですよ(笑)」
おかめ家「かわいかったですよね、耳だけじゃなくてヒゲも描いたりして(笑)」
遠藤「雨はパラついたけど、本降りにならずにギリギリ持ちこたえて」
小泉「HIKARIさんが晴れ女でもあるんですよ。『大丈夫、私の現場は降らないから〜』って冗談まじりでおっしゃっていたんですけど、本当に天気がもつんですよね〜(笑)」
■「映画業界では『東京はロケがしづらい』と言われているんですけど、そういう印象を変えていきたいという想いがある」(遠藤)
――実際の『化け猫フェスティバル』とロケ用、映画仕様で特別に設えたものに違いがあったりもしたのでしょうか?
おかめ家「毘沙門天内の縁日のセットは実際とは少し違っていましたけど、『化け猫〜』の備品を使ってもらっているので、ほぼほぼ実際のお祭りとは変わっていないです。ただ、スティーブンが観に来てくださったのが結構前だったようで、いまはもう使っていないものが写真に映っていたんですね。それは美術監督の磯田(典宏)さんが写真からデザインを起こして再現してくださって」
小泉「そこはスティーブンのこだわりですね。『どうしても、この備品がいいんだ』って」
おかめ家「なので、2024年は『化け猫〜』を2回開催した感覚があるんですよ(笑)あと、1つ誤算だったのは、この年は桜の開花が早くて…」

小泉「そうでした、映り込まないようにするのが大変で。あと思い出したんですけど、神楽坂の阿波踊り(『神楽坂かぐら連』)の方々もエキストラで来てくださって。スタッフの1人がかつて阿波踊りの団体に入っていたらしくて、そのつながりで来ていただいたと聞きました」
遠藤「実を言うと、僕も今回こうして関わるまで『化け猫〜』のことは恥ずかしながら知らなかったんです。でも、『レンタル・ファミリー』という映画の重要なシーンとしてフォーカスされることで注目を集めるんじゃないかと思いますし、そもそもディズニー配給の映画で、アカデミー賞俳優のブレンダン・フレイザー主演の作品がオール日本ロケで撮影されていること自体が、結構異例だったりするんですよね」
小泉「そうなんですよね、このオール日本ロケはHIKARI監督ならではだと思います。大阪で生まれ育って、思春期でアメリカへ移住されているからこその2つの視点が全編に投影されていて」
遠藤「映画における画づくり的にも、東京の見せ方もいわゆる邦画とは違う切り撮り方をしているように感じていて」

――都電荒川線の撮り方もおもしろかったですし、すみだリバーウォークの見せ方も新鮮でした。
小泉「東京再発見的な見方もできるんですよね。そこもおもしろくて」
遠藤「海外の文化的素養のある日本人監督が東京を撮ると、こういう画角でこういうショットになるんだというおもしろさもありますし、フィリップの住んでいる団地の撮り方も日本的じゃなくて」
小泉「近所の描き方が日本的じゃないんですよね。窓から見える向かいの建物に住む、様々な家族をフィリップの視点で見せていくのは、まさしくHIKARI監督ならではだと思いました」
遠藤「東京という題材がこういうあたたかく優しく撮れるのだなというのが、僕には新鮮でしたね」

――今回、東京ロケーションボックスさんが関わられたのは神楽坂ロケのほかですと、どのシーンになりますか?
遠藤「それこそ都電荒川線沿線の撮影だったり、愛子(山本真理)のマンションでの撮影にも立ち会いました」
小泉「わりと大がかりな撮影の時に、東京ロケーションボックスさんがいらっしゃる印象です」
遠藤「基本的に行政だとか自治体といったところが絡む時に、東京都のロケ相談窓口として我々が顔を出すと、わりとスムーズに話が運びますので。基本的に映画業界では『東京はロケがしづらい』と言われているんですけど、そういう印象を変えていきたいという想いがあるんです。少しずつでも東京で映画やドラマのロケがしやすいように働きかけているわけですが、そもそもは『ブラック・レイン』が東京で撮れなくて大阪ロケになったことに端を発していて。国内外から『東京では撮れないし、許可が下りても撮りづらい』みたいに言われてきたので、その評価を変えたいと言うとおこがましいですが、少しでも実績を積み上げていければ、と。その関連でイベントを開催するんですが、おかめ家さんたちのご協力をいただいて、2月22日と23日の2日間、歌舞伎町のド真ん中で『化け猫〜』をやったんですよ」
おかめ家「私たちとしても、こうしたイベントに呼んでいただけるのは、すごくありがたいんです。それこそスティーブンが知っていたみたいに、国内よりも海外の方が知っていてくださることが多くて、この『レンタル・ファミリー』のポスター(キービジュアル)に『化け猫〜』のシーンが採用されたのをきっかけに、結構全国から『ポスター見ました』と連絡をいただいていて。

もともと最初は10数人ぐらいでパレードしたところから賑やかし的に始まったんですけど、年々増えていっていまでは1000人を超える人が仮装して来てくださるようになって。それを見物に来る人が1万人ぐらいなんですけど、映画というずっと記録として残る文化作品に、『化け猫フェスティバル』をモチーフにしていただいただけでも、幸せだなと感じています」
取材・文/平田真人
