日本に世界で一番近い海外の映画祭として、今年30周年記念の開催を迎えた釜山国際映画祭。1996年に始まった韓国初の国際映画祭として、今や来場者数や会場の規模から、上海国際映画祭と並びアジア最大級の映画祭として名実ともに拡大し続けている。古くから港町として世界に向いている釜山は、文化芸術都市でもあり、韓国政府がサポートして自国の映画を世界に発信するために、また海外からも話題の映画をお披露目する場所として、毎年多くの映画人達が釜山に集結してきた。今年は、オープニング作品であったパク・チャヌク監督の最新作『NO OTHER CHOICE (英題) 』に出演するイ・ビョンホン&ソン・イェジン (「愛の不時着」など) が開幕式に登場、華やかに祝祭ムードを盛り上げ、来場者数も最終日には去年から約2万人の増加を記録した。スイスを拠点にエンターテインメントの魅力を発信している高松美由紀が、世界の様々な映画事情などを綴る『映画紀行』。今回は、記念すべき釜山国際映画祭の”変貌と今”をお伝えします。
日本から映画人が大集結
今年の各部門には、日本映画や日本人映画人らが参加している作品が多く食い込んでいた。ここまで日本映画が注目されている釜山は、今までの比ではないと回顧する。これまではショーケースの映画祭として拡大し続けていた釜山国際映画祭だったが、30周年を記念してか、今年初めて「コンペティション」部門を設置、『愚か者の身分』(永田琴監督) 、『猫を放つ』(志萱大輔監督) 、そして先日開催されたロカルノ国際映画祭でもすでに世界上映を果たしている『旅と日々』(三宅唱監督) がその賞レースにノミネート。現地時間9月26日(金)の最終日には『愚か者の身分』(永田琴監督) に出演の北村匠海、林裕太、綾野剛がそろって最優秀俳優賞を受賞という嬉しいニュースも飛び込んできた。
『愚か者の身分』永田琴監督、林裕太とジュリエット・ビノシュ(中央) 提供:Koto Nagataそして、より一般のお客様向けに世界の話題作を紹介する「ガラプレゼンテーション」には、もはや日本国内での社会現象になっている映画『国宝』で李相日監督、吉沢亮と黒川想矢が釜山入り、記者会見やオープン・トークの会場では、日本の熱狂がそのまま映画祭に運ばれたかのように、観客からの大きな熱気に包まれていた。また今年、新しく「Vision」部門という枠も開設され、合計23作品のワールド・プレミア作品が勢揃いしたが、ここでは『万事快調〈オール・グリーンズ〉』(児山隆監督)と『TIGER』(アンシュル・チョウハン監督) が出品され、現地時間9月25日(木)に行われたアワード・セレモニーにて見事『TIGER』がハイライフ・ビジョンアワード (Hylife Vision Award) を受賞した。「アジア映画の窓」部門という、釜山 (映画祭) の中で最も国際色豊かな作品をショーケースで上映する部門では、日台米合作の『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』(真利子哲也監督)、フランスと日本の合作である『恋愛裁判』(深田晃司監督) 、今年のカンヌ国際映画祭のコンペティション作品で日仏シンガポール合作の『ルノワール』(早川千絵監督) 、そして釜山から立て続けにスペインの第73回サン・セバスチャン国際映画祭でも上映されていた『災 劇場版』(関友太郎、平瀬謙太朗監督) というバラエティ豊かな作品が揃った。
その他、カンヌ国際映画祭で鮮烈なワールド・プレミア上映を飾った『8番出口』(川村元気監督) は、ここ釜山でもミッドナイト上映枠を確実に押さえて二宮和也も釜山入り、「アクターズハウス」というイベントで大観衆の前に登壇、現地でも話題になっていた。「オープンシネマ」部門では『秒速5センチメートル』(奥山由之監督) 、『兄を持ち運べるサイズに』(中野量太監督) 、『盤上の向日葵』(熊澤尚人監督) が、「オン・スクリーン」部門では、Netflixシリーズ「イクサガミ」(藤井道人、山口健人、山本透監督) 、日韓インドネシア合作であるNetflixシリーズ「匿名の恋人たち」(月川翔監督) が上映、「ショートフィルム・コンペティション」部門では『INTERFACE』(川添彩監督) が、「ドキュメンタリー・ショーケース」部門ではアメリカと日本の合作で今年のベネチア国際映画祭でも話題になった『The Ozu Diaries』(ダニエル・レイム監督)、『沼影市民プール』(太田信吾監督)、日韓合作である『空と風と星と島』(キム・ミョンユン監督) 、その他「特集プログラム上映」で『ケイコ 目を澄ませて』(三宅唱監督) 、『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)、『誰も知らない』(是枝裕和監督) 、『ユリイカ』(青山真治監督)など、今韓国で大流行している”90ー20年代のリバイバル映画”の波をタイムリーに取り上げて上映されていた。
今年、釜山で選ばれた日本映画の傾向と対策を見ていると、現地入りした多くの監督やキャストたちは、日本のテレビドラマで活躍している以上に、Netflixなどの配信ドラマで活躍している方々がより多く観客の注目度を浴びていたようだった。昨今、海を渡る世界の俳優たちは、みなNetflixやAmazon、Apple TVなどを初めとするグローバル・デジタルプラットフォームのドラマなどを通じて世界マーケットで知名度とパワーを爆上げしているのだ。ディカプリオ然り、ジョージ・クルーニーやブラッド・ピットもバランス良く映画とデジタル配信のドラマに出演して俳優パワーを持続しており、今年の釜山 (映画祭) でオープニングを飾った『NO OTHER CHOICE (英題) 』(パク・チャヌク監督) もNetflixが製作に関わっている。釜山国際映画祭終了と同時の9月24日から韓国で公開、翌日の韓国映画振興委員会の発表によると初日だけで約33万人以上の観客を集め、韓国での興行ランキング1位を記録、パク・チャヌク監督自身の最高成績での公開となり、ヴェネチア国際映画祭から釜山国際映画祭での精力的なPR活動が功を制したと言える。
こういったトレンドに当てはめると、今年の釜山での超人気俳優の一人であった坂口健太郎 (『盤上の向日葵』) は日本メディアが追いかけているような色恋沙汰のスキャンダルの話題からではなく、2024年に彼が主演した配信ドラマ「愛のあとにくるもの」でのイ・セヨンとの共演が、韓国の若い観客のハートを掴んで釜山で話題を呼んでいた結果であることが伺える。今回、釜山で上映されていた『盤上の向日葵』で坂口と同行していた渡辺謙も坂口の現地での人気の高さに「驚いた」とコメントしていた。
映画祭の公式グッズ・ショップで即完したと言われている数量限定の「是枝裕和監督」スペシャル・パッケージ。55,000ウォン (日本円で約5,500円)
本年度の釜山国際映画祭のチョン・ハンソク執行委員長は、ラインアップ記者会見で「現在、韓国映画が危機に瀕していることを皆が知っている」として「今回の映画祭で韓国映画の危機克服と再飛躍を模索する」と話した。映画祭閉幕後、映画関係者や海外のジャーナリスト達からコメントを聞くと、「もうあと数年で、Netflixなどで世界的知名度をあげる俳優や役者達が今までの既存の映画業界に戻ってくるのではないか」というポジティブな意見もありつつ、「今年は韓国映画の壊滅度を誰もが認めざる得ない状況だった。Netflixが映画祭をプロモーション利用する流れは、もはや全面降伏として受け入れるしかなく、記念すべき釜山 (映画祭) を救ったのはバラエティ豊かな日本映画の出品とNetflixだったのでは」と冷静に分析する人も多くいた。
子供向けイベントや上映会も実施。映画祭への招待で、子供達が引率されて参加 提供:Akiko Yasutake30周年記念を迎えた釜山、受け継がれるものと変わっていくもの
先日行われたヴェネチア国際映画祭では、世界的に注目されているイスラエル・ガザ戦争での”ジェノサイド(大量虐殺)”について、映画祭を通して色々な映画人たちの政治的な発信が相次いだことが話題になっていた。実は釜山国際映画祭も、過去には多くの時事的な話題に巻き込まれていることが多く、今年初めてコンペティション部門を開設することに関しても国内外からは大きな話題を呼んでいた。2011年に釜山に建設された”映画の殿堂”と言われる文化施設のメイン会場は約4000人を収容できる圧巻の会場となっており、上映作品数も増え続けている中、今年は世界64ケ国から出品された328作品(関連上映含めて)が上映され、うちワールド・プレミア作品が90作品に及ぶという、堂々たるアジア最大の映画祭に成長している。
映画祭の客層は若く、本年度の来場者数は238,697人を記録
今年30周年記念を迎える釜山国際映画祭の歴史を振り返ると、彼らは実に様々な波を乗り越えてきている。最も強烈な事件として本映画祭の歴史に刻まれているのは、やはり2014年だろう。その年の春、多くの修学旅行生らを乗せた旅客船・セウォル号が沈没、当時発表された死者数は295人、行方不明者9人という記録的大惨事が起きた。沈没の原因や死者数の多さは人災からくるものではないかと世論からの追及が加熱していた中、この事件を取り扱った『ダイビング・ベル セウォル号の真実』というドキュメンタリー映画が同年10月の釜山国際映画祭で上映された。当時の釜山市長がこの映画の映画祭での上映について「政治的な中立性を欠く」という理由から映画祭側に正式に上映中止を求めたが、映画祭は断固として文化の自由を求め上映を決行、当時の釜山映画祭は熾烈なマスコミや一部の市民からの吊し上げにあっていた。そして、真理と信じて上映を決行した本映画祭の組織委員長が後に更迭されるという”報復”と言われる人事が施行され、この一連の動きに対して長く賛否両論が巻き起こった。その後、当時エグゼクティブ・プログラマーを長年務めてきた釜山出身の”映画祭の顔”と言えるキム・ジソクが、2017年のカンヌ国際映画祭の期間中に心臓発作で急死するという、韓国映画業界にとって衝撃的な出来事もあった。キム・ジソクは、2014年以降の政治的な映画祭利用を強く懸念しており、彼の死去は映画祭での心労からきたものではないかとも言われた。その後、釜山(映画祭)には彼の功績を讃え「キム・ジソク賞」という特別賞も設けられている。そういう歴史をトラウマ的に体験している映画人たちにとっては、今年はなんとも感慨深い30周年記念であった。
映画祭併設の映画&映像マーケットACFMも参加者が大幅に増え、30,006人の映画プロフェッショナルが参加映画祭は、どの国においても”治外法権”的なポジションで言論の自由を守り、作り手のメッセージが国境を超えて発信できる、本来は規制のないイベントである。釜山国際映画祭は、韓国エンタメの世界進出のスピードと同様に規模が急速に大きくなっており、観客と作り手と世界のマーケットの間でバランスを取る難しさを常に体現している映画祭の顕著な一つの例かもしれない。
最後に、今年の映画祭の終盤には、”女性目線からの映画”というテーマも浮き上がってきた年であった。今年の最優秀作品賞は、長年韓国で映画製作を続ける韓国系中国人のチャン・リュル監督の最新作『Gloaming in Luomu(原題)』が受賞。過去に別れを告げずに去っていった恋人から受け取るポストカードを手にLuomuという街を旅するロードムービー。恋人を想う女性の機微がユーモア溢れて描かれている作品として映画祭期間中も評価の高い作品だった。
そして監督賞には、台湾の巨匠・侯孝賢監督のDNAを受け継いだ女優・スーチーの監督デビュー作『Girl(原題)』が見事に受賞。また映画祭の後半には、フランス映画『ポンヌフの恋人』(1991、レオス・カラックス監督)と彼女自身の初監督作品『In-I In Motion』をいう新作を紹介するために、ジュリエット・ビノシュが登壇、”映画と愛”について自身の過去と現在の経験を交えながら語り、映画祭を大いに盛り上げた。
文・写真 / 高松美由紀
第30回釜山国際映画祭2025今年秋に開催されるアジア最大の映画祭で、今年は30周年記念を迎えた。付帯イベントなどでの上映作を含めると全体で328作品が上映され、2024年から17作品増え、また今年初めてコンペティションを設置し、規模拡大を続けている。本年度のオープニング作にはパク・チャヌク監督の新作映画『NO OTHER CHOICE(英題)』が選ばれ、同作主演のイ・ビョンホンが開会式の司会も務めた。
開催:韓国、釜山
映画祭:2025/09/17 ~ 2025/09/26
公式サイト https://www.biff.kr/kor
