
パリ五輪は落選「選ばれなくて当然というか...」“遠慮がち”な田中聡はメンタル面でもより逞しく「すべては自分次第」【独占インタビュー③】
2026年北中米ワールドカップまで約3か月。日本代表を率いる森保一監督のメンバー選考作業も最終段階に突入しているはずだ。
これまでボランチ陣はキャプテンの遠藤航(リバプール)、守田英正(スポルティング)、鎌田大地(クリスタル・パレス)、田中碧(リーズ)の2022年カタールW杯組が主軸だったが、ここへきて遠藤が負傷離脱。守田が約1年、代表から遠ざかり、田中も所属クラブで出番を失うなど、指揮官のシナリオとはかけ離れた方向に進んでいると言っていい。
彼らに代わって頭角を現してきたのが、佐野海舟(マインツ)や藤田譲瑠チマ(ザンクトパウリ)ら2000年代生まれの選手たちだ。パリ五輪代表の川﨑颯太(マインツ)、山本理仁(シント=トロイデン)も欧州で自己研鑽に励んでおり、北中米W杯以降の争いは相当に熾烈を極めそうだ。
希少な左利きのボランチである田中聡(デュッセルドルフ)も有望株の1人。彼はご存じの通り、2024年パリ五輪では最後の最後でメンバーから落選。大舞台に立てなかった。
「当時の僕は湘南(ベルマーレ)でプレーしていましたけど、湘南での僕は落ち着きがあって、自分の良さも思い切り出せて、気持ち良くプレーできていたんですけど、五輪代表に行くと自分の良さが出せなかったし、選ばれなくて当然というか...。同世代の選手の前であんまり良いプレーをしたことがないんで、そういう判断になってしまうのも仕方ないと思いますね」と悔しさを吐露する。
ただ、この頃のパフォーマンスが悪かった印象はない。2024年3月に北九州で行なわれたU-23ウクライナ戦で強烈な左足シュートをお見舞いするなど、レフティの強みを存分に見せつけていたからだ。
「確かに北九州の試合は調子が良かったですけど、直後のアジア最終予選(U-23アジアカップ)は練習の時から自分らしさを出せなかったですね。韓国戦には出してもらいましたけど、決勝トーナメント進出が決まっていたあとの試合だったし、大岩(剛)監督から使われないのも『そうだよな』という感覚で受け止めていました」と振り返る。
田中はもともと遠慮がちな性格だという。加えて、サッカー後進県の出身という引け目もあったのかもしれない。彼の故郷・長野県は田中隼磨ら数人の日本代表選手しか輩出していない地域。中学卒業のタイミングで湘南のアカデミーに赴いたエリートであるはずの田中も、同世代の輪に入ると知らず知らずのうちに自信が揺らいでしまうところがなかったとは言い切れないだろう。
「ジョエルなんかはピッチ内でメチャクチャ声を出して周りを鼓舞して、本気でトレーニングをやっていましたし、颯太君もリーダーとしての姿勢を前面に押し出していた。自分もそういうプロフェッショナルなところが身につけば、上に行ける可能性があるんだと強く思った。ずっとそこに取り組んできました。
メンタル面の課題があったからこそ、ベルギー時代にナメられたし、シーズン途中に監督が代わった後、使われなくなってしまった。今、思い返すと、監督が代わる直前のパフォーマンスも良くなかったんですよね。
僕の場合、メンタルバランスが悪くなると、プレーに波がすごく出る。乗っている時は何も考えないで伸び伸びできるというか、“ゾーンに入っている状態”になるんです。でも、乗ってない時はボールを受けるのをためらったり、いろんなことを考えすぎて負の連鎖に陥ってしまう。すべては自分次第なんですよね」
自らの課題にしっかりと目を向け、湘南、サンフレッチェ広島、デュッセルドルフで必死に高みを目ざしてきた田中。2025年には広島の一員としてルヴァンカップ制覇の原動力となり、E-1選手権でA代表デビュー。着実に階段を駆け上がり、自信は大いに深まったはず。この先は同世代、年長者とも堂々と競争に挑んでいけるに違いない。
「パリ五輪の後、いろんな経験をして、今はメンタル的な落ち着きが出てきたし、成長も感じています。湘南時代の浮嶋(敏)さん、(山口)智さん、広島の(ミヒャエル・)スキッベさんと、近年の僕を指導してくれた監督さんたちは、メンタル的に落ちていたり、ミスをしていても、試合に使ってくれました。
特にスキッベさんは『好きにやっていい』と背中を押してくれました。ボールを下げたり、プレッシャーに行かない時はすごく注意されましたけど、それ以外は『積極的にチャレンジしろ』という感じだった。
今のデュッセルドルフの(マーカス・アンファング)監督も『ボランチはボールを取ったら前を見ろ』『フリーの選手に出せ』というのはしつこく言うので、広島で学んだ前への意識を活かしながら、パス出しを磨けている。自分にとってはプレーの幅を広げる絶好の機会ですね」と彼は目を輝かせる。
どちらかというと「守備的ボランチ」という印象の強かった田中だが、前述のU-23ウクライナ戦に象徴される通り、強烈な左足から繰り出すシュートは一級品。FKからも点を取れるし、パス出しも決して下手ではない。
今はアンカーを主戦場にしている分、縦につけるパス出しを繰り返し、取り組める。その環境を活かしながら、これまでになかった強みを作り出せれば、本当に近未来の欧州5大リーグへのステップアップ、そして代表定着は十分に考えられるのだ。
「ドイツ2部だと相手がデカかったりするので、駆け引きしながら前の選手に鋭いボールを通すところは、まだ模索中ですね。それでもスタメンでずっと使ってもらっているので、自信と手応えは感じていますし、もっともっと上のレベルに到達したいという欲も出てきました」と本人も非常に前向きだ。
かつて遠藤はシュツットガルト時代にはボランチからスタートして、インサイドハーフ、時にはトップ下のような役割もこなし、勝負を決定づける大仕事をこなしていた。田中も同じように多彩なMFになれる可能性は確実にある。
「今のデュッセルドルフではボランチ、アンカーしかやってないですけど、これまでの自分は左サイドバックとか最終ラインもやったことがあります。航さんみたいに前目で使われることもあるかもしれないけど、今はボランチで勝負していく気持ちです。
そのためにも攻撃にもっともっと関与して、ビルドアップ、パス出しの精度を高め、ゲームメイク力を引き上げないといけない。自分の守備、インターセプトからゴールに直結するプレーを増やして、チームを勝たせたい。もともとの性格はなかなか変わらないですけど、安定したマインドでハイレベルのプレーを維持できるようになっていきたいと思っています」
そう語気を強めるには昨年、力強いパートナーもできた。2度目の異国では食事面のサポートも受けられるようになり、メンタル面もより落ち着いた状態でサッカーに向き合えるはずだ。
「2度目の欧州挑戦で挫折して、すぐ日本に帰るわけにはいかないので、できるだけ長くプレーしたいと思っています。早く上のリーグに行きたいという気持ちもありますけど、僕はあんまり先のことを見すぎるとダメなタイプ。自分のペースで成長していきたいというのが今の本音です」
慎重なスタンスを貫く田中。ただ、過去の日本人選手を見れば、長友佑都(FC東京)のようにチェゼーナ移籍からわずか半年でインテルにステップアップした先人もいる。それを見習って、貪欲に泥臭く高いレベルへ突き進んでいくべき。田中が欧州で圧倒的な存在感を示す日が早く訪れることを心から祈っている。
※このシリーズ了(全3回)
取材・文●元川悦子(フリーライター)
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