モータースポーツ……特にピットストップの絡むレースでは、チームの戦略判断がとても重要だ。ドライバーをピットに呼び込むタイミングが1周早かったり、もしくは1周遅かったりするだけでも、最終的な順位が大きく変わったりする。最近はフォーミュラレースを筆頭にコース上でのオーバーテイクが難しくなっているカテゴリーも多いため、ピット戦略は順位を上げる最大のチャンスであると言えるかもしれない。
そのためにはもちろん、タイヤ交換などピット作業を洗練し、ライバルよりも早くコースに戻せるようにするということも重要だが、どの周回数でピットに入るかという戦略・決断も大事。これを見誤ると、ピットアウトした時に厄介なライバルの後ろに回ってしまってタイムをロスしてしまったり、先にフレッシュタイヤに交換してプッシュしていたライバルに逆転を許してしまうかもしれない。
そして適切な戦略判断を下すためには、見ておかなければいけないデータがあまりにも多い。ピットストップでのロスタイムは何秒か、自分たちとライバルはどんなペースで周回をしていて、それを踏まえてこの周でピットインした場合、誰の前/後ろでコースに合流することができるのか……。
エンジニアたちがレース中にこれら大量の情報を処理するのは大変。そのため最近では、レーシングチームがレース戦略用のソフトウェアを活用する例も見られる。日本でも、国内トップカテゴリーに参戦するセルブスジャパン(TGMGP)が昨季途中より、ドイツのPACETEQ社が提供する戦略ソフトを使用している。
「レースの戦略を組み立てるにあたっては、各種ギャップが可視化されたツールが必要になってきます」と語るのは、セルブスジャパンの星学文エンジニアだ。
彼らが使用するソフトでは、各車両の位置情報が分かるトラックマップはもちろんのこと、近くを走るマシンとの詳細な位置関係、ライバルたちのラップタイム推移、特定の周回でピットインした場合の順位予測などが表示される。この辺りの情報を、通常のタイミングモニターの情報だけで迅速に整理していくのは簡単ではない。
「現状は(国内の)どのレースカテゴリーでも、タイミングボードに並んでいるラップタイムデータを見ながら、自分たちやライバルのペースを確認し、エンジニアがイメージを持ちながらレースを組み立てているところが多いと思います」
「ただ、ピット戦略でコンマ数秒を争う世界においては、タイヤ交換を終えて自分たちがどの位置で出られるかが可視化されていないといけません。そうでないと、ピットアウト後にクリーンエアで走れず、ニュータイヤのグリップを活かしたアンダーカットの戦略がとれないかもしれません。また、(ピットのタイミングを)引っ張ってオーバーカットの戦略をするにしても、他のクルマに対して自分たちのペースがどのくらいあるのか可視化できていないといけません」
その他、レース時間が指定された耐久レースを走る場合にも、各車のラップタイムから残りの周回数を予想しつつ、ピットウインドウと戦略オプションも提示してくれるという。こういった作業も元々エンジニアが自分たちでやっていたことではあるが、ソフトを活用したことで以前よりも迅速で効率的な戦略判断が可能となる。
さらに、このソフトにフューエルエフェクト(燃料搭載量によるラップタイムへの影響)などのパラメータを任意で入力することで、より精度の高い予測が可能となる。
「実際のラップタイムの落ち込みに対してフューエルエフェクトを差し引いた分をタイヤのデグラデーションとした場合、燃料を1kg、10kgと使うとこのくらいラップタイムが改善する……という傾きの値を入力してあげると、それらを汲み取った上で、後半スティントはこうなるだろうと予測してくれます」と星エンジニアは言う。
役立つのは決勝だけじゃない
そして、このツールが活かされるのは何も決勝レースだけではない。例えば、決勝に向けてマシンのセットアップを煮詰める作業においても、フリー走行や予選で各車のタイムをセクターごとに整理してくれるツールが役立っているという。
「クルマのセットアップをするにあたって、ドライバーがバランスの悪さを訴えていたとしても、それが本当にタイムに影響しているかどうかは、エンジニアがきちんと導き出さないといけません。例えば若干アンダーステアであっても、ポールポジションを獲れるのであれば問題ありませんから。我々は結局のところラップタイムで争っているわけです」
「鈴鹿サーキットを例に挙げると、各セクターでそれぞれ特徴が違います。セクター1はS字をどれだけ速く走れるかが重要で、後半セクターはストレートスピードを稼がないといけないのでL/D(いわゆる空力効率)も大事になってくる……その中でドライバーのコンプレインだけでなく、実際にどこでタイムを落としているか、他車に比べてどのセクターが速いか、遅いかという見極めが大事になります」
「レースウィークでの各チームのエンジニアは、各セッションのタイミングデータを各々エクセルなどに落とし込み、マクロを組んだりして分析をしていると思います。ただ、次のセッションに向けてスピーディかつ効率的に分析をやらないといけません。その点で、我々の使っているソフトのユーザーインターフェイスはかなり優れていますね」
そしてタイムアタックを行なう予選でも、他車の位置関係を“見える化”してくれるツールが活躍するという。というのも、複数のマシンがほぼ同じタイミングで一斉にアタックに入っていく予選では、前後のマシンと適切な間隔をとりながら、クリーンエアの状態でアタックに入ることが求められる。その位置取りを失敗すると、前のマシンに引っかかってしまい、タイム計測自体を諦めなければいけないことだってある。
「私もこのツールを使っていないときは、ストップウォッチで前の車との距離を計ってドライバーにインフォメーションを入れていましたが、それも前後1台くらいが限界かと思います」と星エンジニア。ソフトを活用すればセッションに参加している全車の全体的な位置関係が可視化される上、しかもライバルが現在アウトラップかインラップなのか、アタックラップなのかを自動で判別して表示してくれるのだという。エンジニアがモニターのセクタータイムとにらめっこしながら逐一判断する必要はない。
これにより、リアルタイムでの車両間隔だけでなく、数台先にいてこれから自分たちが追いついてしまいそうなマシン、もしくは数台後ろにいて追いつかれてしまいそうなマシンも早め早めに把握できる。そうすることで、アタックする上で最適な位置取りをしやすくなる。
このように、戦略ソフトウェアの活用はマルチタスクに追われるエンジニアの負担を軽減することができる。したがってヒューマンエラーの削減にも繋がるだろうし、よりレベルの高いレースを実現する一助となっていきそうだ。星エンジニアは「こういったものが世界的な標準ではあるので、これを活用することで、より高度なレース戦略になっていくんじゃないでしょうか」と語る。
「トラックエンジニアも、セッション中にはオペレーションとデータの分析、メカニックへの指示など色々な仕事があります。マルチタスクをこなさないといけない中で、こういう風に色々なものが可視化してくれることは大きいですね。セッション中の効率は圧倒的に良くなると思います」

