
3.11。東日本大震災から15年。時々ふと思い出す。関口訓充がスパイクに刻んだ言葉を【コラム】
3月11日。東日本大震災から15年が経った。
当時を振り返ってみる。関東のJクラブでインタビュー取材をしていた。突然の激しい揺れ。詳しくは覚えていないが、慌てふためいて、別の部屋の様子を見に行くと、他の選手たちもかなり狼狽していた。
何が起こったのか分からなかった。当然、インタビューは中止。これほどの大惨事になるとは想像もできなかった。クラブハウスから帰る途中、すでに道は渋滞していた。
2011年、ベガルタ仙台も担当していた。チームは4月に関東でキャンプを張る。指揮官の手倉森誠は、被災地の“希望の光”となって戦う覚悟を決めていた。リーグ再開を前に「旋風を巻き起こしたい」と宣言。真意は、優勝争いに絡む。タイトルには手が届かなかったが、前年は14位だったベガルタは4位でフィニッシュした。
クラブにとって特別なシーズンをまとめた『サッカーダイジェスト』の増刊の制作に携わった。取材を通じて感じたのは、誰もが「続けていくこと」の大切さを自覚し、覚悟していたことだ。
石巻市出身のあるスタッフは言った。「本当の意味での復興はできないんじゃないか」。それほど辛い現実を突きつけられたのだと思う。15年の月日が流れ、取り戻せた日常がある一方で、いまだ多くの行方不明者がいるという。
続けていくこと。簡単なようでいて、実はそれが一番難しいのかもしれない。平時にはつい忘れがちになる。でも、時々ふと思い出す。「共に歩み 未来に向かって」。かつてベガルタに所属し、自身も被災者の関口訓充がスパイクに刻んだ言葉だ。
3月11日。関口は自身のXを更新。今も現役の40歳が伝える。
「あれから15年...忘れてはいけない出来事。絶対風化させてはいけない そしてあの日から子供達の笑顔こそが日本を明るい未来に導いてくれると思い 一人でも多くの子供達に夢や希望を与えたいと思ってやってきた。15年たってもその思いは変わらずピッチに立ち続けている!」
被災地を忘れないでほしいと願い、フットボーラーとして揺るぎない矜持を持ち続ける男の思いに、いつも気づかされる。
文●広島由寛(サッカーダイジェストWeb編集部)
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