
「脳を鍛えると認知症を防げる」とよく言われます。
では、その方法は何なのでしょう?
クロスワードパズルや計算ドリルを毎日続けることだと思う人も多いかもしれません。
しかし近年の研究では、脳の健康にとって本当に重要なのは、特定のトレーニングを繰り返すことよりも「脳をさまざまな方向に伸ばすような活動」を続けることだと考えられています。
この考え方は、研究者の間で「脳をストレッチする」という表現で説明されることもあります。
つまり、一つの能力だけを鍛えるのではなく、多様な知的経験を通して脳全体を活発に働かせることが重要だというのです。
では、脳をストレッチするとは具体的にどのようなことなのでしょうか。そして本当に認知症のリスクを下げる可能性があるのでしょうか。
目次
- パズルだけでは足りない?脳を「広く使う」ことが重要
- 脳を守る「認知予備能」という仕組み
パズルだけでは足りない?脳を「広く使う」ことが重要
「脳トレ」と聞くと、クロスワードや数独のようなパズルを思い浮かべる人が多いでしょう。
確かにそれらは脳を使う活動ですが、同じことばかり続けていると、その課題自体が上達するだけにとどまる可能性があります。
近年の研究では、脳にとって重要なのは「多様な知的刺激」を受けることだと指摘されています。
読書や文章を書くこと、新しい言語を学ぶこと、チェスをすること、パズルを解くこと、美術館を訪れることなど、さまざまな知的活動が脳の働きを刺激します。
他にも、
・歴史・科学など、興味のある新しい分野を学ぶ
・楽器を演奏する
・歌う
・絵を描く
・バードウォッチング
・手芸・工作
・講演会や展示を見に行く
・天体観測
・ガーデニング
など多岐にわたります。
こうした活動を子どもの頃から高齢期まで続けることが、認知機能の健康に関係している可能性があるのです。
米ラッシュ大学医療センター(Rush University Medical Center)の神経心理学研究チームは、この問題を詳しく調査。
研究では、53歳から100歳までの約2000人の高齢者を対象に、生涯にわたる学習や知的活動の習慣を調査し、8年間にわたり追跡しました。
参加者には、教育歴や趣味、知的活動などについて質問し、さらに神経心理学的なテストも実施されています。
その結果、生涯にわたって知的活動が多かった人ほど、アルツハイマー病を発症する時期が平均して約5年遅かったことが報告されました。
また、中年期以降も精神的に活発だった人ほど、認知機能の低下がゆるやかである傾向も見られました。
チームは、こうした活動について「脳や思考をストレッチするようなもの」と説明しています。
さまざまな認知機能を使うことで、脳の複数のシステムが働くようになるためです。
脳を守る「認知予備能」という仕組み
さらに興味深い結果は、研究に参加していた人のうち、亡くなった948人の脳を調べた際に得られました。
解剖の結果、アルツハイマー病に特徴的な脳の変化が見られた人でも、生涯にわたって知的活動が豊富だった人ほど、生前の記憶力や思考力が比較的高く、認知機能の低下もゆるやかだったことが確認されたのです。
研究者たちは、この現象を「認知予備能(cognitive reserve)」と呼んでいます。
これは、学習や知的経験によって脳の神経ネットワークが強化されることで、老化や病気によるダメージがあっても脳が機能を補いやすくなるという考え方です。
つまり、脳がダメージを受けても「別の回路」で働く余裕が生まれるというイメージです。
この予備力が大きいほど、認知症の症状が現れるまでの時間を遅らせる可能性があると考えられています。
ただし、研究者たちは重要な点も強調しています。
この研究は知的活動と認知症リスクの関連を示したものであり、直接的な因果関係を証明したわけではありません。
それでも、楽器演奏や脳トレーニングなど、脳を活発に使う活動と認知機能の健康の関連を示す研究は、ほかにも増えてきています。
また、注意力や反応速度を鍛えるコンピュータートレーニングが、脳の処理速度に影響する可能性を調べる研究も進められています。
脳の処理速度は、運転やマルチタスクなど日常生活の能力にも関係していると考えられています。
参考文献
Brain ‘Stretching’ Is The Secret to Protecting Your Mind From Dementia
https://www.sciencealert.com/brain-stretching-is-the-secret-to-protecting-your-mind-from-dementia
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

