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農業は世界各地の人類を同じ方向に進化させた

農業は世界各地の人類を同じ方向に進化させた

農業は世界各地の人類を同じ方向に進化させた
農業は世界各地の人類を同じ方向に進化させた / Credit:川勝康弘

人類が世界の各地に広がっていったとき、それぞれの地域で全く違う暮らしが待っていました。

暑い地域、寒い地域、海に近い地域や、山奥の地域。

食べ物も違えば病気のリスクも異なり、当然、進化もそれぞれ異なる方向に進んだように見えます。

しかし、今回発表された古代DNAを使った研究によると、人類が農業を始めてから、遠く離れた地域同士であっても、似たような進化をしていたことが示されました。

農耕社会という新たな時代が「環境」として作用し、世界各地の人類にが遺伝子レベルでの「収れん進化」のような現象を起こしていた可能性があるのです。

アメリカのペンシルベニア大学(UPenn)とミシガン大学(UMich)で行われたこの研究の詳細は、2026年1月8日にプレプリントサーバーの『bioRxiv』で発表されています。

目次

  • 農業は、人類をバラバラではなく「似た方向」へ動かした
  • 農業の始まりで食とお酒にかかわる遺伝子も同じように変化した
  • 現状を維持するための「進化」も起きていた

農業は、人類をバラバラではなく「似た方向」へ動かした

農業は、人類をバラバラではなく「似た方向」へ動かした
農業は、人類をバラバラではなく「似た方向」へ動かした / Credit:川勝康弘

古代人のDNA研究というのは最近になってようやく力を発揮しはじめた分野です。

この分野では、昔に生きていた人たちのDNAを遺骨などから収集して直接読み取り、時系列順に並べることで、過去の進化を「リアルタイム」で追うことができます。

化石から古代人の暮らしぶりを想像するのに似ていますが、こちらはもっと直接的に遺伝子という生き物の設計図の変化を追えるわけです。

今回、研究チームは過去1万年ほどの間に生きたアフリカ、東アジア、南アジア、ヨーロッパ、そして中南米の5つの地域にわたる古代人に加えて、現代人の合計7244人分のDNAデータを解析しました(古代人5535人、現代人1709人)。

これまでの古代DNA研究の多くはヨーロッパを中心に進んできましたが、この研究は規模と地域を大幅に広げ、広い地域をまたいで人類進化の傾向を比較したという点で画期的です。

解析の結果、チームはなんと31個もの「強い進化のシグナル」を発見しました。

「進化のシグナル」とは、簡単に言うと、特定の遺伝子が自然淘汰によって急速に広まったことを示す痕跡のようなものです。

たとえばある環境で「筋力が強いと生き延びやすい」ならば、その種に対して筋力が強くなる方向へ遺伝子が変化していき、それ以前との比較で変化した部分が「進化のシグナル」として検出できるわけです。

しかし人類の解析結果はもっと意外なものでした。

驚くべきことに、みつかった進化のシグナルの多くが、異なる大陸の間で共通していました。

たとえばヨーロッパと東アジアという全く異なる場所で同じ遺伝子が広がっていたのです。

特定の遺伝子タイプを持つ人が増えるということは、その遺伝子を持つことが生存において有利に働く自然淘汰が発生した可能性を示します。

つまり遠く離れた地で、人類に対して似たような淘汰を起こす「環境」が出現した可能性を示唆します。

といっても、ヨーロッパと東アジアが「巨大などこでもドア」で接続されたり、ヨーロッパと東アジアの環境が謎のリンクを始めた、という話ではありません。

研究者たちは有力な説明のひとつとして、約1万年前から世界各地で始まった「農業」を挙げています。

農業が始まると人々はそれまで狩猟や採集を中心に暮らしていた状態から定住し、作物を栽培し、家畜を育てるようになります。

この変化は食べ物の種類や栄養バランスだけでなく、人の数や病気の流行、人と人との関係性までを大きく変えました。

例えば、農業が始まると人が集まって村や町をつくり、人口密度が高まることで感染症が広がりやすくなる、という具合です。

また、狩猟生活で動物の肉が中心だった食事が植物中心の食事に変われば、それに適応した遺伝子が有利になるでしょう。

つまり農業は、人類にとって「暮らし方の大変革」であると同時に、遺伝子に刻まれる「進化の圧力」となっていたわけです。

石器時代の勇者
石器時代の勇者 / たとえば狩猟採集時代で優秀とされていた猛者が、農耕社会では攻撃性の高さや粗暴性から厄介者になるケースもあったはずです。/Original character:銀河英雄伝説・オフレッサー上級大将/ Illustration:川勝康弘

遠く離れた地域に住む異なる集団で、似た環境への適応の結果として、同じ遺伝子や似た機能に選択がかかったという意味では、遺伝子レベルの「収れん進化」に似た現象と言えます。(※より厳密には並行進化あるいは「共有された適応」という言葉が当てはまります)。

研究チーム側はさらに、今回の研究が「これまでで最も詳細な人類進化の知見」だと強調しています。

農業の始まりで食とお酒にかかわる遺伝子も同じように変化した

農業の始まりで食とお酒にかかわる遺伝子も同じように変化した
農業の始まりで食とお酒にかかわる遺伝子も同じように変化した / Credit:Canva

ここまでの話は「人類の進化」というスケールの大きな話でしたが、研究の中身をもう少し具体的に見ると、ぐっと身近なテーマが出てきます。

それが「食べ物」と「お酒」にかかわる遺伝子です。

まず登場するのが、脂肪酸という栄養を体の中で作り変える働きに関係した遺伝子「FADS1(ファッズワン)」です。

油の正体を細かく見ると「脂肪酸」といういろいろな種類の脂が集まっていますが、ここではざっくりと「短めの脂肪酸」と「長めの脂肪酸」の2種類があると思ってください。

植物のタネや穀物には、短めの脂肪酸がたくさん入っています。

一方、肉や魚には、体がそのまま使いやすい“完成した長めの脂”が多めに入っています。

この遺伝子(FADS1)の役目は、植物由来の短い脂肪酸の材料から、体に必要な長い脂肪酸を作るのを助ける役割があります。

狩りをしていた頃の人間は肉や魚をよく食べていましたから、もともと長い脂肪酸を直接取ることができました。

しかし農業が始まると、食事は植物を中心としたものに変わり、動物由来の長い脂肪酸をとる機会が減っていきます。

すると、植物に多い材料になる脂肪酸をうまく長い脂肪酸に作り変えられる人、つまり遺伝子(FADS1)の機能が高い人がより生存に有利になります。

今回の研究では、この遺伝子(FADS1)の「植物中心の食事に適したタイプ」が、ヨーロッパでも東アジアでも増えていることが確認されました。

この結果は、人類は農業という環境に対応するために離れた地域であっても、似た遺伝子のタイプが選ばれていた可能性を示しています。

また、これとは少し別の形で、農業のはじまりと深く関連した遺伝子も注目されました。

それは「ADH1B」というお酒を分解する酵素に関係する遺伝子です。

このADH1Bのある型を持っている人は、お酒を飲むとすぐに体の中でアルコールを分解します。

こう聞くとお酒に強い遺伝子に思えますが、逆です。

ADH1Bのある型は、アルコールを素早く「アセトアルデヒド」という物質に変えてしまい、それが顔の赤みや気分の悪さの原因になるのです。

(※日本の大学などで行われるアルコールパッチテストは、主にALDH2という別の遺伝子の働きの違いをみる簡単なテストです。お酒はまずADH1Bの働きでアセトアルデヒドに変わり、そのあとALDH2の働きで分解されます。つまりこの2つに限れば、ADH1Bが強く、ALDH2が弱いと、反応が強く出やすい組み合わせです。)

この「お酒に弱い体質」は、特に東アジアでよく見られます。

今回の研究で、このADH1Bの遺伝子にかかる自然選択が、東アジアでは「100〜150世代前」、つまりおよそ3000〜4000年前から急に強くなっていることがわかりました(※穀物は、発酵すると簡単にお酒ができます。)。

この変異はお酒に弱くなることで、お酒を飲まないようにさせる淘汰圧が広まったと考えられています。

面白いことに、これまでの研究と今回の解析から、ADH1B遺伝子は東アジアだけでなくヨーロッパでも、長い時間をかけて自然選択の影響を受けてきたことが示されています。

ただし、実際に押し上げられている遺伝子の型そのものは東アジアとは少し違っているらしく、まったく同じ変化が起きているわけではなさそうです。

それでも、お酒の分解にかかわる同じ遺伝子が、遠く離れた地域でそれぞれ選ばれてきたという事実は、農業にともなう食生活や飲酒習慣の変化など、共通した環境の影響があった可能性をうかがわせます。

配信元: ナゾロジー

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